第四話 楽しい楽しい魔法教室(3) - 締めは魔女狩り -
望みがために魔女を探して進むノゾミ。
ダンダリオンの魔法講座もこれが最終日、らしい。
次なる魔女は、導きの魔女。
契約する魔なるものは『ナフラ』
器用さを与える悪魔であり、その魔女は杖を創り近くの村に卸し、必要なものを取引して生活をしている。
村の人々に受け入れられ良好な共存関係を築いているらしい。
「見えた。アレだよね。」
朝からずっと悪魔の魔眼を使い歩くノゾミ。
お昼ごはんにはまだ早い時間に、その右目がようやく木々の間に小さな家屋を捉える。
勤勉な魔女は自身の魔力の向上のためにも自然に囲われて暮らすことは多いと聞いた。
そうでなくても今回の魔女は杖作りを生業にしているのだから、良質な材料を探し求めるならこうなってしかるべきである。
コンコン。
慎ましい、質素、それ以外の感想が出てこない。
大木の根本にこさえられた小屋、外から見える大きさだと寝室しかないような小ぢんまりとした庵。
本当にこんな小屋に人が住んでいるのだろうか?
返事はない。
扉に手をかける、なんの抵抗もなく開いた。
部屋の中は薄暗く、人気がない。
真新しい木を切った時のような、木材のような独特の匂いがする。
森の中の湿った木々の匂いとはまた違う良い香り。
応接室、だろうか?
テーブルとイスが二人分。
棚に蝋燭や綴じられた紙の束。
もしここに住んでいるのなら正気の沙汰ではない、ベッドすらない。
しかしよく見るとテーブルの影に木造の階段があった。
下へ、地下へ伸びている、これは思ったよりも広さがあるかも知れない。
そして地下にいるのなら扉を叩いても返事がないのも頷ける。
枯れ木の杖を軽く構え灯の魔法を使い地下へ進む。
階段を降りきった先にある扉を開く。
ここも鍵が閉まっていない。
そこは工房だった、壁一面に少し短い枯れ木がたくさん立てかけられている。
恐らく全て魂の宿る木材なのだろう、積まずに立てかけてある、そんなところに気遣いを感じる。
綺麗に整理整頓されている広いテーブルの上には用途のよくわからない機材が並んでいる。
形状からして木材を削ったり、細かい細工をしたりするものと予想はできる。
硝子玉に見える石や飾り布もたくさんある、男性でも女性でも使いやすそうなシンプルな布。
長杖ではなくステッキや指揮棒のような長さの杖が主らしい。
机の下に山ほど、短い枯れ木がさらに半分に折られ捨てられていた。
……。
その山が異質だった。
これまで見てきたものから庵の主は善い人なのだろう、と薄々感じていた。
なのに、この足元にある折られた杖の山。
その異質さに気づき背筋を寒気が駆け抜ける。
奥へ進んでみる。
生活の場なのだろう、お風呂はないらしい。
クローゼットも寝室も綺麗に整っている、少々埃っぽいけども、今すぐここに住むことだってできる。
腐敗集がした。
肉や野菜の類が少ないながらも貯蔵されている調理場、食材から酸っぱい匂いがするし、色が明らかに傷んでいる。
主がしばらくこの場所を離れているということ、それも無計画に。
やはり誰もいないのを確認して工房に戻ってくる。
入ってきた時は気づかなかったが、棚に紙束がある、あれは手紙だ。
手紙の中身は謝礼。
思ったよりも良い杖で喜んでいる、これからも頑張って作り続けて欲しい、そんな内容の手紙がたくさんあった。
宛先はサボエナ村の導く魔女 エレノア、この庵の主人宛て。
同じ棚の別の段にも手紙がある。
そんなにたくさんの感謝を貰える人物なんだ、と少し羨ましく思いそちらも開いてみる。
ノゾミはすっと目を細める。
その手紙の並んでいたのは、呪いの言葉だった。
『貴方が作った杖のおかげで、娘は魔法を使うことができなくなり、今日も部屋から出てきません。』
『多少値がはっても良いものをと思い、噂を信じてみましたが、見事に裏切られました。二度と創らないでください。』
『その辺の枯れ木と大して変わりありませんでした。店では返金してくれません、お金を返して下さい。』
……。
ここ数日のダンダリオンの講義をちゃんと聞いていたから理解できる。
誰にだって魔法を使うことができるし、誰だって魔女になることができる。
ただしお金を詰めば良いわけではない。
良い杖を得ても、心得次第では宝の持ち腐れになる。
そういう意味ではノゾミ自身は恵まれていた、僅かながら才能はあった方だし。
眠りの呪いから目覚めてからは、ダンダリオンが不思議がるほどの強い力がある。
あらゆる意味で持たざるもの達からの、呪いの言葉が綴られているであろう手紙の山は。
先ほどの善い山よりも多い。
「ダンダリオン。話が違う。ここに住む魔女は良い杖を創るって言ってなかったっけ?」
<……間違いない。察するにそれは無償ではないからだと思う。彼らはみな期待して杖を購入するという対価を先に払っている。にも関わらず期待通りに行かなければ損をしたと思うだろう。例え期待通りだったとしてもそれは支払い済みの対価に対する見返りを確認しただけだ。本来はその上で謝礼など必要ない。そちらの手紙が少なくなるのは道理。損をしたと感じるものほど物申すために筆を取るだろう。>
「それならこの魔女は悪くない、使い手が悪い。なのに、なんでこんなことを言われなくちゃいけないの。」
<姫がそう思ってくれて嬉しいよ。その通りだよ理不尽極まりない。無知故に勝手に希望を抱き、勝手に絶望する。そして一旦は拳を地に振り下ろす、しかし何も響かない、そこにあるのは空虚だけ。だから打てば響くものを探し振り下ろすのさ、響いたらまた打つ何度も何度も。何故だと思う? 愉しいからさ! 人など所詮は動物。言葉を操り理屈を並べたところでやってることは獣と変わらない、叩いたら音が出た愉しい、この手紙の差出人がやっているのはその程度のことなのさ。それが肉の世界であり限界なのかも知れないね?>
とても愉快な調子で話すダンダリオン。
そんなことはないと否定できないノゾミ。
<姫。ボクは無知なものが好きではない。嫌いでもないけどね。しかし人を名乗り言葉を操るのであれば、その名に恥じぬ格を持って欲しいとは思うのさ。>
つまりダンダリオンがずっとしゃべり、色んなことを教えてくれるのは、そういうことなのだろう。
復讐のために魔女を殺すために旅をし、その道中で災いの種である魔女は手当たり次第殺す旅。
血に飢える獣と言われても否定できない。
でも仕方がない、私にはまだ他には何もないのだから。
「つまり、私は人間になれっていうこと? カナデと同じように別の道を見つけて欲しい、そう言いたいの?」
<ボクは姫の生き方を否定はしない、けれど予感がするのさ、姫はボクに未知の世界を見せてくれる、そんな予感が。だから智慧を授けたい。智慧がなければ選択肢があることにも気づけないからね。>
「……そういうことにしといてあげるよ。」
<ありがたき幸せ。>
呪いの手紙を元に戻す。
他に目につくものはなく、戦利品と呼べそうなものもない。
杖は少し気にはなるが短いのはあまり好きではない。
すごく個人的な理由で収穫なしと判断し、庵を後にする。
魔女はいなかった、そんなこともある。世界は広い、すれ違いだってあるだろう。
しかし、いなかった理由がわからない。
<もしかすると先週、返り討ちにした魔女がそうだったのかもしれないね!>
13番目の魔女を追って森を進んでいた時、一人の魔女と出会った。
水浸しで読めなくなった地図とにらめっこをしていた折、彼女は親切に村への道を教えてくれた。
しかしその道はでたらめな道だった、ダンダリオンが看破した。
その夜に襲われたわけだが、夜の帳こそノゾミの闇が、悪魔の魔眼が真価を発揮する刻。
杖がなくても返り討ちにできた。少々時間はかかりはしたが。
あんな性格の悪い魔女が、件の導きの魔女とは思えなかったが、考えても仕方ないことだった。
ガサリッ
反射的に音がした方向へ杖を構えるノゾミ。
そこに全身が真っ黒な熊が立ち上がっていた。
体長は3mだろうか。ノゾミの倍はある。
黒い毛皮ではない、闇を全身に纏っているような、影のように思える動物。
輪郭が熊だから熊と判断した、その瞳は赤、瞳孔のようなものがない、ただただ赤い瞳。
<鞄は捨てないで逃げたまえ! 木の上へ。>
ダンダリオンの指示。
初手がまさかの逃げろ、だった。
しかし大人しく従う。
あんな得体の知れない動物は見たことがない。
焦る、まだ空を飛ぶ魔法は使えない。
近くの木々の根を伸ばし身体を持ち上げてもらい木の上へ上げてもらう。
熊が突進してくる。
ノゾミが木の上に立つと同時に木が大きく揺れる。
木が折れた、みしみしと音を立て、ゆっくり倒れ始める。
浮遊の魔法を続けて使う。
まだ飛べない、しかし最初に高度さえ取っていれば木から木へ浮遊の魔法で跳び移ることはできる。
「ダンダリオン! あれなに!?」
<あれは……悪魔ナフラの顕現体さ。>




