第四話 楽しい楽しい魔法教室(1) - 様々な用語 -
13番目の魔女との闘いの結果は痛み分け。
得たものは真実と嘘、失くしたものは力。
それでも魔女はまだ、歩くことができた。
たった1つでも、信じられるものが傍らにあるなら。
豊かな自然と人を拒む深さ、小さなせせらぎ温暖な気候、それは動植物にとって楽園に違いなかった。
歩いても歩いても代わり映えしない道なき森を一人の魔女が行く。
魔女殺しの魔女、名をノゾミ。
契約する魔なるもの、叡智の悪魔ダンダリオンの講義を聞き流しながら。
<さーて姫。今姫に必要なものはなんだかわかるかい? 答えは杖さ。口のするのを少々躊躇うが、あの薔薇の杖は良い力を持っていた。ならば代わりの良い杖を探さなければならない。>
「わかってる。でもしっくりくるのがないんだから仕方ないでしょう。」
あれから薔薇が生えてくることはなかった。
そして森の中で一度魔女と遭遇し殺した。
13番目の魔女と比べ物にならない程に弱かった。
しかしそれでも杖がなくて手間取ったのも事実だ。
方角は概ね東南東、大きく道を外れればダンダリオンが指摘してくれる。
なのでノゾミは杖に仕えそうな木を探しながら歩くことに集中していた。
<では杖を探すにあたって、おさらいをしよう。と言ってもー姫は魔女達の講義をまーったく覚えてなさそうだから1からの勉強だよ。つまりキミが真面目に講義を受けたのも杖を探したのも、ボクが初めての人となるわけだ。素晴らしい!>
「あー……はいはい。」
聞き流したい、しかし、それは必要なことだから聞かざるを得ない。
思えばそうやって必要ないと思ったことを見ず、聞かずにいた自分の行いがこんな事態を引き起こしているのかも知れない。
『知らないで済むことじゃないわ』
『ほんっとに、いつまでたっても子供ね。』
『そんなことも知らないわけ?』
13番目の言う通りだった。
さて。まずこの世界に存在するものは3つに大分別される。
1つ、事象 2つ、魂 3つ、肉
わかりやすいところから行こう。
・まず『肉とは』
姫、つまり動物だ。他に爬虫類や魚類、虫なんかもそう。
発生するのと同時に魂を持つもの、それが肉だ。
・次に『魂とは』
この世界には多くのものがある。姫の服、靴、鞄など人が創り出したもの。そして石や砂、植物や川、雲、風。
それらに宿る意志がある、それが魂だ。
目に見えるものから見えぬものまで、概ね人と言葉による疎通ができないものとして分類されている。いや疎通できる人間も中にはいるけどもね。
しかし全てのものに魂が宿るわけではない。
例えば姫が着ているカナデのローブ。それは特別な手製のローブの上に長年愛用されてきたものだから小さな魂が宿っている。
逆に姫が着ているドレスもといワンピース、それはそもそもは量販品の掛布、血の通う手でではなく、機械的な手で生み出されたもの、ゆえにそこにはまだ魂はない。
しかし長年愛用していれば魂が宿ることもあるだろう。魔女に限らず多くのものがものを大事に使うわけの一つでもある。
そこに打算なく愛着があるのなら、ひとつ、長く付き合ってみてはいかがかな?
つまり魂は器を選んで後から宿る。
そこが肉との相違点だ。
道に転がっている石や砂ですら魂が宿っていることもある。
植物などもそうだ。
・そして『事象とは』
どこにでも在り、どこにも無いものを指す。
例えば炎や水、風、光や闇。他にはボクのような魔なるもの。天魔、悪魔なんかがそうだ。
大地や海などの魂の群体として在るものも事象に分類される。
<姫。ここまではいかがかな? これらは大分別されてはいるけども、事象に近い魂や、肉と魂の境目が曖昧なものだってある、上から下まで範囲が広く、やや曖昧とも言えるね。>
「う、うん。さすがにそのくらいは知ってる。」
<あ、姫。右手の方に進みたまえ。あの黄色い果実は食べられるだろう。>
「うん。……ミカン。こんな季節にもあるんだね。
果実を額に当てて礼をして頂く。
少し休憩することにした。
鞄はほとんど空に近かったので助かる、ダンダリオンに教わり食べ物に困ることはなかった、が、野草と獣肉にうんざりしていたのもある。
<それにしても姫は案外、動物でもあっさりと殺しちゃうんだね? もっとカワイソーとかこんなのできないとか、乙女らしいリアクションを期待していたのに!>
「魔女と違って、肉と魂を頂くために殺してるんだから感謝するよ。それに私がやったことだもん。……もう目を逸らしたりはしない。」
ノゾミが目覚めてからだいたい3週間、久ぶりに食べた果物はほっぺが落ちそうになるくらい美味しかった。
思わず笑みが零れる。
<そう、それじゃあ続けるね。>
この講義さえなければ、もっと美味しく感じられたかも知れない。
・『生命力=魔力』について
とても単純だが様々な要素を併せ持つ、生あるものが持つエネルギーの総称さ。
それは例えば元気であり、体力とも言う。
一般的に病人や怪我人はこの生命力が弱まる。
肉体労働や知能労働をした際にも疲労という意味で生命力が低下する。
例え寝ているだけでも目減りしていく。
回復する手段も多種多様だ、美味しいものを食べる、睡眠を取る、湯浴みをする。
総じて休息を取るというものだ。
そして魔力とは……実はこの言葉は異世界人がもたらしたものだ。
魔力とか精神力とか、マジックパワーとかスペシャルパワーとか、その呼称は多岐に渡る。
この世にあるいくつかの魔法を記した書物でも、筆者によって記述はばらばらさ。
さてこの魔力とは何か、実は生命力なんだ。
魔法を使うのに必要なのは魔力=生命力なのさ。
では人によってその差があるのは何故なのか?
そこで『変換効率』という言葉が出てくる。
・『変換効率』?
自信の生命力を他者に与える際に、どれだけ目減り……ロスが生じるか。
逆に増幅……ブーストがなされるか、だよ。
これは持って生まれたものもあるし、センスが試されるものでもある。
例えば姫がもつミカンを他人にあげたとしよう。
ボクは大喜びさ、しかし他の人はどうだろう? これが持ってうまれたもの、相性とも言うね。
ではそのミカンを例えば可愛らしい小箱に入れれば?
ミカンの皮をむいて渡せば?
調理して別のものにしてみたら?
もちろん受け取り手によって反応は様々だろう。
それを上手くマッチングさせることができれば、喜んでくれるよね。
ここがセンスであり、技術として経験と共に磨くことができる部分だ。
魔女は概ねこの技術を磨くことを忘れない、常に向上心を持ち取り組むものが多い。
贈り物を喜んでもらえるセンスや技術と考えれば、ね。
持ってうまれたものの比重も小さくはない、技術やセンスだけでは覆しがたい差が出る部分でもある。
しかしこちらもやりようはある。
魂を磨くことさ。
善行でも悪行でも、それは魅力となりうる。
行動をすることで存在感を示すことができる。
そしてこの変換効率が良いほど、少ない生命力で他者に大きな生命力を与えることができる。
・そして『魔法とは』
魂に魔力(=生命力)を与え事象を生じてもらう、これが魔法だ。
13番目の魔女は自身の肉に宿る魂に魔力を与え、自身の身体能力の強化をしていた。
姫の操る闇は例えば森の影、自身の影、これらは魂の領域であり、夜が満たす影は事象の領域だ。
まあこのあたりは細かく考え出すと哲学的な問題を避けられない。
捉え方次第でもあるのさ。
空気の中にある水を操ることは、では事象であるか魂であるか、区別したとしてそこに大きな違いはない。
石は魂でも、その群体である大地は事象なのだから。
姫が今着ているワンピースを裁縫したのは、カナデが長年愛用していた針とハサミが宿した魂を操る魔法だったりするよ。
ここで大切なのは、『魔力を与え事象を生じてもらう』、という点。
どんなに美味しいものを目の前にぶら下げられても、命令が気に入らなければ魂は応じてくれない。
命令者が気に入らなければ応じてくれない。
よっぽどの場合、美味しい魔力だけもらって何もしない、なーんてこともある、よっぽど人徳がない上にむちゃくちゃな命令をすればね。
だから多くのものは頼む、お願いをする。
姫はどっちかというと命令形の方が多いね。
どちらが一概に良いかと言えば、頼む、お願いの方だ。
命令を好むものももちろんいる、それはわかりやすいからとか、正当な取引だからと応じる魂もいるからね。
しかし一般的には少数派なのは確かさ、統計の上ではね。
……。
休憩をした気にはならなかったが、ノゾミはまた歩き始める。
命令系の方が多いと言われて、少しだけ考えてしまう。
いつのまに自分はそんなに傲慢になっていたんだろう。
もしかしてずっと前から、気づかずにやっていたのかも知れない。
正直、ダンダリオンがいてくれてよかった。
自分では気づかないことを教えてくれる。
それは、それだけ見てくれている、ということなのだから。
それを臆さず口にしてくれる、姫であった時にそんな者がどれだけいたかはわからない。
……得難いもの、と今は思っている。
もう少ししゃべる量を減らしてくれれば言うことはないのだけども。
そう、今もずっとしゃべっている。
不思議なことに煩わしさは感じなかった。
<姫、ストップ。右の方を向いてくれるかい?>
言われた通りにゆっくり右を向く。
何か見つけたのだろう、なら自分もそれを見つけるべく注意深く見るべきだ。
右目の悪魔の魔眼を発動させる。
視力が変化する。
映像は鮮明に繊細なり情報量が大幅に増す、注視してより良くみることもできる、水の中や霧の中でもかなり解像度があげることができる。
多少疲労感があるけども大したことではない、半日も使っていれば負担を感じる程度の魔力消費だ。
もっとも、それは私自身の魔力量と回復量によるものであって、普通はこうはいかないらしい。
<今、視界の中央にある木だ。姫の背より高い場所、大きな爪痕がある。>
言われてみあげると確かに、大木に深く鋭い爪痕が残っている。
しかしこれは。
<グリズリーの類かも知れない。それにしてもかなり大きい。念のため、気に入らなくても杖を一本持っておきたまえ。より良い杖があれば交換すればよい。>
それはなんだか使い捨てをするような感じで、あまり良い感じがしないけども。
ダンダリオンがわざわざ確認して、念のためという程なのだから、と手近な枯れ木を一本手にする。
<うん。ないよりは全然マシだろう。明日にはこの森を抜けた先にある村と共存している魔女の庵に辿り着く。それまでに良い杖が見つかるといいね。>
あと数時間もすれば夜が訪れる。
今日は良く寝れるだろうか。