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第一話 古城に眠るお姫様(1) - 王子様なんていない -

深い森を抜けた先にあったのは、薔薇に覆われた古城だった。

気味が悪い。とても、気持ち悪い。月明りが差してその正体を理解した。

無数に花開く薔薇は透き通るように蒼い。

しかしその花弁は内にいくほど濃い紫色になり影を作る。黒く黒く。


そして青年は気づいてしまった、薔薇はみな青年に向けて花を開いている。

見られていると思ってしまった。

無数の魔性の瞳に囲まれじっと見つめられている。

そんな居心地の悪さ、気味の悪さを感じてしまう。


しかし立ち止まった青年を薔薇が襲うことはなかった。

そう、この薔薇は人を襲う。らしい。

古城に着いた途端襲われたもの、踵を返して襲われたもの、そして件のお姫様を見つけ襲われたもの。


『この古城には魔女に呪いをかけられたお姫様が今も眠っている』


青年はこの話を祖父から聞かされた。

床に伏せた祖父の最後の願い。

未来を誓い合うはずだった相手だったと。

そして自信の弱さ故に救うことができなかったと、託された。


青年はカンテラを掲げ、剣を抜き、一歩、一歩、油断なく古城へと踏み入っていく。

目指すは塔。

一目でわかる。

異常な量の木と蔓が内から壁を食い破っている一室。

城内はさほど広くはない。

行く手を阻むものもない。

壁は崩れているし、扉は傾き、階段に穴が空いている程度だった。

そんなものよりも絡みつくような視線に似た気持ち悪さのほうが問題だったが、どうにもならない。


『真実の愛を以て呪いは退けられ、姫は目覚める。ただし……なければ薔薇に喰い殺される。姿を見ることすらできないかも知れない。正直な話、止めておいたほうがいい』


姫に呪いをかけた魔女から祖父が聞きだした、らしい。

幸い祖父には命が残されていた。

5本の指と姫に謁見することができた数名の兵士の命と、姿を見ることすらなく喰い殺された兵士達の命を以て。


長く狭い階段にさしかかる。

祖父が上から下まで転がり落ちたという階段。

件の姫が眠る場所へ登っていく。


青年は20歳。

将来を誓い合えるような素敵な女性を心のどこかで求めながらも、「まだ興味はないよ」と出会いを遠ざけていた。

そんな時にこんな話を聞かされたのだ。

これが運命なのかも知れない、と心が浮ついた時もあったが、ずっと眠っているというのが青年に深く突き刺さった。


楽しい夢を見ているのならまだ良い、でももしも、悪い夢を見て、目覚めることができなければ。

どんなに辛いだろう。

夢の時、空想の地は、時に現実よりも凄惨な絵を見せる。


長い螺旋階段の終わりと月明りが差しこんでいるのが見えた。

さぞかし風通しの良い大きな窓が開いていて、もちろん扉もないのだろう。


青年は夢を見るたび、まだ見ぬ姫のことを想っていた。

きっかけは浅い同情心か親切心かも知れない。

それでも、悪い夢に囚われているのなら救ってあげたいと思っていた。

ら、ついにこんなところまで来てしまった。


いた


木々と蔓と薔薇に囲われたベッドに横たわっている。

少し珍しい真っ黒な長髪。背の低い女性。

剥き出しの肩に目を奪われながら青年は近づく。

顔立ちだけは幼く見える。その顔に陰りはなく、悪い夢を見ているようには見えない。

良かった。そして可愛らしい。


胸元に一凛の薔薇が添えられている。

寝具が朽ちていないことに違和感を感じるが助けられた。

100年近く眠っているのだから着るものくらい用意しておくべきだった。

自分の外套を受け取ってくれるだろうか。


足元の木々を忌々しく思いながらも、ようやく傍に立つことができた青年。そして思案する。

真実の愛とは一体どうすれば?

眠っている人にする行為に愛があるとは思えない。

そもそも触れていいかどうかもわからない。

ここで何か誓いを立てれば良いのか、耳元で愛でも囁けばよいのか。


祖父に聞いておくべきだった。青年は自身の考えの甘さに頭を抱える、しかし切り替えが早い。

ここまで来ることができたのだから、また来ればいい。

少し待たせてしまうけども、ちゃんと準備をしてこよう。


一時の別れの挨拶を、と。青年はベッドに腰を落とし、姫の頬に触れ顔を近づける。そして。


硬い。


ベッドの上、掛布の下の得体の知れない硬さが、青年を止める。ベッドの傍らへ身を下がらせる。

青年は上から下まで姫を凝視し想像した、掛布の下の様子を。

姫の胸元の薔薇が夜風で揺れた。

つい見てしまった。見えてしまった。

その薔薇には茎があって。

その茎は、その身体に突き刺さってて。

そんな風に見えてしまった。


じっと見られている。

胸元の一凛の薔薇と目が合った。


青年は直観的に掛布を一息で捲る。

凝視せざるをえなかった、身体を覆うように伸びる無数の蔓と茎がそこにあった、そしてそれらは全て姫の胸元の薔薇から伸びていた。

伸びて這って、それは青年が今立つ場所もそう。

この古城の薔薇は全てそう、姫から生えていた。


唾と一緒に言葉を飲み込む。

何度見なおしても、目を凝らしても結果は変わらない。

見たことも、聞いたこともない、知らない世界。


空気が変わった。

自分を囲んでいる一面の薔薇がざわりと動いた、そんな気がする。

硬直していた青年の脳が僅かに緩み動けと命じた。その瞬間に。


青年は剥ぎ取った掛布を丁寧に戻せた。

そしてそのまま踵を返し部屋を後にする。

去り際に一度だけ振り返る。姫は眠ったままだ。

そういえば生きているかどうかも確認していなかったことを思いだす、手に触れれば心臓の鼓動くらいはわかるだろうか?


薔薇と目があった。


青年は無事生還した。その後すぐ良縁に恵まれることとなった。

二度と古城に踏み入ることはなかった。

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