F.A.K.E.
1-2
――事件が起こる数分前――
「リッド、ちょっと銀行寄ってく」
「ん、あぁ」
片田舎の町の平日の昼間、道行く人々の疎らな影のうちの二つが銀行の前で一時足を止め、進行方向を変え入口に向かう。
小さな人影は、あまり手入れのされていない長い金髪が特徴的な小柄な少女。
飾り気のない質素な白いワンピースを着、腰にはベルトで小さめの白いポーチを付け、膝上の白いソックスに可愛らしい白いシューズを履いていた。
そしてその可愛らしい格好にふさわしい小さな手には、可愛らしい格好に似合わない、ボロボロの布に包まれた少女の身長からすればやや長い細身の剣が握られていた。
名はユリシス・マーティン・ティスキーと言った。
そしてもう一つの、やや大きい影。
赤みがかった短髪を逆立たせた髪型でやや人を引く細身で高身長の青年。
赤いシャツに黒のジャケットを羽織り、焦げ茶のカーゴパンツと厳つめの黒いブーツを履いている。
カーゴパンツの背面側のベルト部分には鞘に収められた短剣が携えられていた。
青年の名はリディアント・ベルキュレスと言うが、ユリシスや周りからはリッドと呼ばれている
「どうしたの、お金降ろすの?」
「んーん、残高確認。どれくらい溜まったかなって思って」
「あぁ、そういえば何か買いたいって言ってたっけ」
「うん。マギアライド」
「あれ、一台持ってなかった?」
「アレはそういうとき用で、扱いが面倒なの。楽に乗れる普段乗りがほしいなって」
「へぇ」
そんなことを言いながら二人は銀行のドアをくぐる。
マギアライドとは『あの出来事』の前、旧時代でいうところのオートバイのようなもので、その動力源がガソリンや電気ではなく『魔素』と一般的に呼ばれているものになっている。
『あの出来事』以降、原油不足は以前に増して深刻化し、燃料としてそれを使うことはほぼ禁忌のようなものとされている。
代わりに地球にもたらされた未知の成分、正式名称は別にあるが、一般的には『魔素』と呼ばれる物の研究が進み、それらを動力源などとして使用する物が増えてきた。
オートバイ代わりのマギアライド、自動車代わりのマギアヴィークル等がある。
風力や水力などによる発電で得られる電気もありそれらを利用しているものもあるが、多くは『魔素』を利用したものに変わり始めている。
二人は店内に入ると、四台置かれたATMの内二台をそれぞれが操作し始めた。
「あれ、リッドも?」
「あぁ、俺はちょっと降ろす」
「カード使えばいいのに」
「使えないとこもあるんだよ」
「ふぅん」
ユリシスは残高を確認し、リッドはいくらかの現金を引き出そうとしたときだった。
ユリシスは窓の外に乱暴に停められた車に気が付き一瞬手を止め、わざとらしくない様にそちらの方を横目で確認する。
(2…5…10人…強盗、かな)
「リッド」
「え?」
手早く手続きを中断し、ユリシスが返却されたカードをポーチの中にしまいながら隣で現金を引き出している青年に声をかけるのと、乱暴に入り口のドアが開かれて黒い覆面をかぶった男たちが店内に流れ込んでくるのはほぼ同時であった。
「ぅわ…ッ」
「全員そこを動くな、妙な動きすんじゃねぇぞ!」
リーダー格の男が手に持った自動小銃を一発天井に撃ち、店内で慌てふためいている客や係員に告げる。
その男は自動小銃とは別の拳銃で監視カメラを的確に打ち抜いている間に、二人が客をロビーの隅に集め、三人がカウンターの中へ押し入り係員を脅す。
残りの四人のうちの一人はリーダー格の男の横で状況を確認しつつ最低限の指示を出し、一人は店内にあるシャッターのボタンを操作し入り口以外のシャッターを下ろし始める。
残りの二人は店の奥のオフィスの方へ向かった。
「ユ、ユリシス、どど、どうする!?」
「取り敢えず指示に従って、あと、一般人の『フリ』ね」
「わかった…ッ」
突然の出来事に慌てるリッドに対し、ユリシスは至って冷静であった。
と、急にユリシスがリッドに抱きつき、横腹のあたりに顔を押し付ける。
「やぁッ!おにいちゃぁん!」
「えっ!?」
突然のユリシスの変化にリッドが戸惑っていると、ユリシスは顔を少し上げ、冷静に答える。
「合わせて、あと、これ持ってて」
「あ、あぁ、って、これ」
「大丈夫、抑えるようにしてある…やぁだぁ!おにぃちゃぁぁぁっ!」
ユリシスは手に持っていた布に巻かれた剣をリッドに渡す。
リッドはそれが一体何なのかを知っているが故に受け取ることを躊躇ったが、半ば強引に渡され恐る恐るそれを握った。
受け取ったことを確認するやいなや、再びユリシスは態度を変え、リッドを兄と呼びながら泣きつく。
「おいガキ、喚くんじゃねぇ!てめェらもさっさとこっちに来い!早くしねぇとぶっ殺すぞ!」
「は、はい、すみません…!ユ、ユリシス…」
「やぁあぁぁあぁ、おにいぃちゃぁあぁ」
「だ、大丈夫だから、えっとー…お、お兄ちゃんが付いてるから、ほら、こっち」
「うぅ…ふえぇ…おに、ちゃぁ…」
(演技…なんだよな…なのか…?)
あまりにも態度が急変したユリシスに戸惑いながら、リッドは肩を震わせ脇腹に顔をうずめてしがみついているユリシスの背中を押しながら、強盗たちの指示に従い、人質が集められている場所へ移動した。
ユリシスとリッドは人質が集められている中の隅の方に座り、ユリシスはリッドの背後に腕を回して抱きつき、彼の胸に顔をうずめる。
監視をしている強盗メンバーの二人から一番離れた場所であるその位置には、泣きじゃくりながらリッドにしがみついているユリシスが駄々をこねるふりをしながら誘導した位置だった。
「大人しくしてろよ、次大声で喚いたら容赦しねぇぞ」
「ひぅっ…ぅ、うぅ……ぐす…お、おにぃちゃぁん…」
「す、すみません、ユリシス…妹、だけは…」
「大人しくしてりゃぁすぐ終わる、黙って座ってろ」
「は、はい…」
「ぐす…おにいちゃん…」
監視がユリシスとリッドに向けていた注意を全体に行き渡らせるようにしたのを見計らい、ユリシスはリッドの服を引っ張る。
「ユリシ…ッ!」
リッドがユリシスの背中を撫でようとすると、ぎゅうっとユリシスがリッドの背中をつまんだ。
リッドは胸に顔をうずめているユリシスを見ると、ユリシスは冷静な表情で此方を見る
「慰めるふりをして顔を近づけて」
「あ、あぁ、…よしよし、大丈夫だ、兄ちゃんがいるからな…」
そう言うとリッドは、やや躊躇いつつユリシスの背に手をまわし、ユリシスを抱き寄せる。
ユリシスのややボサついてはいるものの、細くサラッとした髪がリッドの頬に触れる。
「ぐす…うぅ………、よし、そのまま聞いて」
「あぁ」
「人数は十人、動きからしてだいぶ手慣れてるから、常習犯かな。
武器は全員ハンドガン持ってる、それとリーダー格がとボクらの監視してる窓際の方がポンプアクション式ショットガン、カウンター奥に行った三人と監視のもう一人アサルトライフル。
シャッター締めて外確認してるのと店内奥に行った二人はサブマシンガン。全部魔導式じゃなくて実弾式だからこいつらはただの強盗」
「ただのって…っ」
「黙って聞いて。あとフリ、忘れないで。怪しまれる」
「っ…」
背中を再度摘まれて言葉を遮られたリッドは、ゆっくりとユリシスの背中をさする。
冷静に話しながらもユリシスの背中は小刻みに震え、小声が聞こえなければ本当にただの怯えている少女にしか思えなかった。
「リーダー格の隣にいる男、アレ、多分『使い手』…っていうか『狩人』だね。上着で見にくいけど腰の右側に魔法剣差してる。
覆面してるから顔分かりづらいけど、あの目元と腕の入れ墨、『はぐれ』のリストで見たことあるかも。名前さえわかれば確定なんだけど…
もしアレが『はぐれ』ってわかったら、ボクが動くから合わせて。違ったら管轄外だから大人しくしてる。
…あと、背中だけじゃなくてお尻も撫でてるの、わざと?」
「っ!!」
リッドは慌てて背中の下の方をさすっていた手を上に持ち上げる。
特に意識していたわけではないが、背中を擦る手が少しずつ下の方に下がっていってしまっていたのだろう。
しかしユリシスの背、そして意図せずとも尻を撫でてしまったリッドは僅かな違和感を覚えていた。
とその時、シャッターを閉めて外を確認してた男がリーダー格の男に声をかける。
「ボス、ちっとまずいかもしれません」
「何だ」
「警備隊が近づいてきてます。数はすくねぇですが…」
「何だと…?クソ、いくらなんでも早すぎる…、巡回時間を変えてやがったのか……?」
「どうします?」
リーダー格の男は数秒考えたあと、傍らに立つ男に声をかける。
「レギ、カールを呼んできてくれ」
「あぁ、解った」
レギと呼ばれた男は店の奥に行き、リーダー格の男は渋い顔をしながら人質が集められている所に行くと、乱暴に一人の女性客の腕を掴み、引っ張る。
「いやァッ!」
「黙れ、騒いだら殺す。妙な真似をしても殺す。表のクソ警邏共が何かしても殺す。黙って祈りながら従ってろ」
「ひっ…ぅ…っ…!」
ユリシスはその様子をリッドにしがみつきつつ、目の端で見ながら先程リーダー格の男が、横にいる『使い手』らしき人物を呼んだ時の名前を頭の中の『はぐれ』のリストに当てはめる
(レギ…レギ……レギ・シュラスカイン…、Bクラスの『狩人』、専門は魔獣、だったかな…目元と…腕の入れ墨……うん、当たりだ)
「リッド、当たりだ。ボクが動くからそれらしく合わせて。あとはボクが合図するまでは、兄らしい抵抗以外はしないで」
ユリシスは小声でリッドにそう言うと、リッドは返事をする代わりに背中を二度叩いた。
ユリシスはずるずると力の抜けたようにリッドの身体を滑り落ち、顔を伏せたままリッドにもたれかかるようにペタンと座る。
そのときにはレギが呼びに行っていた店の奥にいた別の男、カールがリーダー格の男から女性客を渡され、店外に出ていくところだった。
カールは女性を乱暴に抱えながら拳銃をこめかみに押し付け、ドアを乱暴に開けて警備隊に向かって怒声を浴びせた。
「チッ…めんどくせぇことになった……。いざとなったら頼むぜ、レギ」
(レギ、間違いない。腕の入れ墨も…うん、確定だね。)
ユリシスはうつむいてできた前髪のカーテンの隙間からリーダー格の隣りにいる男、レギの容姿を再確認した。
名前、覆面から覗く目元や口元の特徴、そして袖から覗く手の甲まである右腕の趣味の悪い入れ墨。
ユリシスの脳内にある『はぐれ』のリストの特徴と一致したことを再確認すると。
「う、うぅ…うぅ…、お、おにぃちゃぁ…ん…」
「ユリシス、静かにしてろって…」
「で、でもぉ…うぅ…」
「おい、静かにしねぇか」
様子のおかしいユリシスとリッドの様子を見、監視していた男の一人が二人に近づく。
ユリシスはぺたんと座ったまま俯いて、膝の上で手をぎゅうっと握りながらもじもじとしている。
「す、すみません、ほら、ユリシス…」
「うぅ…お、おといれぇ…」
「ションベンくらい我慢させろ、クソッ…」
「やぁ…も、もれちゃぅ……んゅ…ッ」
「ユリシス…ほら、兄ちゃんが背中さすってやるから…」
「だ、めぇ…っ」
「チッ…、ボス」
監視の男は仕方がなくロビーの中央にいるリーダー格の男を呼ぶ。
リーダー格の男は不機嫌そうな顔をしながら此方を振り向き、苛立った様子で反応する。
「あ?何だ」
「それが…」
「お、おといれぇ…」
「あ?」
「ひっ…!」
リーダー格の男の声にユリシスはビクリと体を震わせ、再度腿をこすり合わせるように動かし、尿意の限界をアピールする。
腕をピンと伸ばしてぎゅうっと手を握り、腿を少し大きめにこすり合わせ、小刻みに震える。
「…くそ…、おい、ベル」
リーダー格の男は短く舌打ちすると、シャッターの閉まっていない入り口のから外の様子を監視していた男を呼ぶ。
「どうしました」
「このガキを便所につれてけ」
「は?」
ベルは指揮をとっている男が発した言葉を聞き、思わず怪訝そうな声を上げ、リーダー格の男が指した先を見る。
そこには今にも漏らしてしまいそうな様子で座っている少女、ユリシスの姿があった。
「ここで漏らされても面倒だ、妙な動きしたらぶん殴って構わん。ただ、殺しはするな」
「解った…、おら、立て!」
「きゃうっ…!」
「ユリシス!」
「てめェは黙って座ってろ!」
ベルがユリシスの腕を掴み乱暴に立ち上がらせると、その隣りに座っていたリッドはユリシスの名を呼びながら慌てて立ち上がろうとするが、監視の男は持っていたショットガンのグリップでリッドの頭を殴りつける。
リッドは短い呻きを上げながら床に倒れ込んだ。
それは演技でもなんでもなく、強烈な痛みがリッドを襲い、視界が揺れる。
(痛ってぇ…!くそ…、思いっきり殴りやがって…!)
「おにいちゃん!」
「大人しくしてりゃァ殺さねぇよ。おら、さっさと済ませるぞ」
ベルは強引にユリシスの腕を掴み、店の奥にあるトイレへと連れて行った。