婚約の証
そして、酒を飲みすぎた父がエラン様に絡み始め、兄がエラン様に義理でも弟になるのだからと言いながら抱きついたところでそれぞれ母と姉に自室に連れて行かれた。
今日は特別に給仕で残っていてくれたメリーさんも奥で食事をしていたのでエラン様とふたりきりになった。
エラン様は机に置かれたナプキンを見て微笑んでいた。
エラン様の侍従はずっと家の外にいるらしく、本当に二人きり。
「そうだ、セイラちゃん、これを」
そう言って、胸ポケットから何かを取り出した。
小さな箱だ。
指輪のケースのような…にしては少し細長い
。
エラン様が私に見えるように蓋を取って中を見せてくれた。
ネックレスだ。
白い布の貼られた木の箱をエラン様が開けると、日本でよく見るようなバネ式ではなく、蓋を上に開けるタイプのアクセサリーケースだとわかった。
、中のホルダーは黒い布張りの綿が入ったものだ。
前世もらう機会はなかったから記憶のある40年で初めて男性からアクセサリーをもらうことになる。
その箱の中に新品ではなさそうだが大きな緑の石がハマっているネックレスが入っている。
兄がくれた髪飾りとは比べ物にならない。
一センチあるだろうかというくらいの大きさだ。
しかもかなり澄んだ色をしている。
「君が掘る宝石や鉱石にはかなわないかもしれないけれど、私が用意できる最上のものを捧げます。これは母上方の祖母の形見分けでもらったのだよ。君の瞳の色に似ているだろう?」
私の瞳の色より美しい黄緑色の石。
マジか。
形見って新品を貰うよりも遥かに高価なものなような気がしますが。
しかも、この緑は…エメラルドでは?
兄がくれた髪飾りはおそらく翡翠とかの濁った緑だった。
そして、まだ能力でエメラルドは出ていない。
パイオニア版のエメラルドといえば交易に必要なものだ。
って、そうじゃない!
地球上でエメラルドは硬度が3で非常にもろく壊れやすい。
そのため大きいのに傷が入っていないものは希少だ。
とっても大きい…。
心臓がバクバクしてきた。
婚約指輪のようなものだよね…
私がエメラルドのネックレスとエラン様の顔を何度か往復すると目が眩んで冷や汗が流れてきた。
「つけてあげるよ」
そう言ってエラン様は箱からネックレスのチェーンを引き出し持ち上げるとエメラルドが机のろうそくの光を反射してキラリと光った。
外は真っ暗だが、いつもより多めにランプをつけているので室内は思ったより明るい。
それでもオレンジ色の明かりで艶めかしく輝くエメラルドグリーンに酔いそうだ。
立ち上がり私の後ろに立ってネックレスをつけてくれる。
エラン様の指が首筋にあたり、体がはねた。
恥ずかしい!
「ふふっ…ごめんね。はい、できたよ。」
エラン様はそう言ってまた斜め右側の席に座ると私を見た。
耳が熱い。
「いつちゃんと結婚できるかわからないけど、ずっと君と一緒にいたい。それはお守りだよ。」
美しく笑うエラン様。
私はどんな顔をしてるのだろう。
こういうときどんな顔をしたらいいかわからない。
「ありがとう…ございます」
お礼だけは言えた。
そして、エラン様が私の頬に触れた。
どうやら私は涙を流していたらしい。
それを拭ってくれた。
ニッコリと微笑んだエラン様に私も微笑み返した。
なぜ涙が出たのか私にははっきりわからない。
お母さん、お父さん、生まれ変わってやっと今他人に愛される幸せを知りました。
私は今幸せを感じています。
その後、現在の母と姉が戻ってきたところでエラン様は帰ることになった。
外に出るとすぐにどこからともなくヨーが現れた。
今日のヨーは軍の制服を着ている。
深い紺色の詰め襟だ。
確か、セスさんが同じ服を着ていたような。
ヨーは出てくるのがわかっていたような速さで
、そこに停めてあった質素とは呼べない程度のそれなりに装飾のされたシックな馬車の扉を開け、足場を出す。
「そうだ、明日は一度学校に行ったほうがいいかもしれない。そろそろ収穫祭について話がありそうだしミレーナ殿に聞いておいたほうがいい。特にセイラちゃんは貴族街にも呼ばれるかもしれないからね。」
エラン様はそう言って最後に誕生日おめでとうと言って颯爽と馬車に乗ると笑顔で去っていった。
「はー、緊張したわー。それにしてもエラン様の正装は王子という感じするわね。さすが、コアナキア王家とサイファ皇家の血を継いでるわ。」
そう呟いたのは母だった。
うん?サイファ皇家?
コアナキア王家の話は聞いたことあるけど。
「サイファ皇家の血ってどういうこと?」
私がそう聞くと母は驚いた顔をした。
「セイラ、知らなかったの?エラン様の母君のマルティーナ様の母君、つまりエラン様の祖母に当たる方は先代皇帝の妹君よ。マルティーナ様が輿入れなさった際は皇帝の血筋だーって騒がれたものよ。」
産まれてないし知らんがな。
それってマルティーナ様の一番上の子が20歳以上だったはずだから20年以上前の話よね。
「私もマルティーナ様が高貴な血だとは知っていたけれど、それは知らなかったわ。ということはエラン様の曽祖父は先々代皇帝となるわね。」
そう言うのは姉さんだ。
「そういうことね。」
なんか曽祖父まで来ると実感がわかないんだが。
「ちなみにあなたの家系はどちらも商家よ。農民出の人もいるけどね。魔法が使えた人はいないわ。前世があるとはいえ、なんで魔法が使えるのか不思議ね。精霊様の思し召しかしら。」
「ほんとねー」
母と姉はそう笑いながら家に入っていった。
精霊かー。
転生したのは精霊のせいなんだろうか?
転生したとわかって一月も経たず婚約者ができました。
闇の精霊オーキュリタ、貴方の御心はどこにあるんでしょう?
私はその晩エラン様に貰ったエメラルドのネックレスをどう保管するか迷った挙げ句、箱にしまって持ってる中で一番長いリボンでぐるぐる縛って端を枕の下に敷いて、箱は枕元に置いて寝た。
金目の物を持つってのは覚悟がいるね。
日中はつけてもいいけど、服の中に隠しておこう。




