エランは美しい
その後、アレッサンドロ様と老師はいくつか注意点だけ確認してベレファ邸への引っ越しの段取りは追々と言うとそそくさと帰っていった。
注意点の1つ目はエラン様にはアレッサンドロ様のやらかしに関してや来たことはまだ黙っていてほしいこと。
2つ目は帝都のその貴族から横槍があるかもしれないが、コアナキア内では絶対に守るので商売に関すること以外は下手な約束をしないほうがいいということ。
3つ目は認定特級の証書ができるまで大々的に婚約の話をしないでほしいということだった。
この集落には知れ渡ってしまってる気がするけどな。
最後に老師からサンドボックスの能力を能力証なしにできるか試してほしいとのことを言われた。
どうやって?
そういえば、結界を広げるのを設定からじゃなくできてたからもしかしたら能力証はあくまで補助的な役割なのかもしれないなぁ。
二人が帰ってから姉が二人になって話しかけてきた。
「それにしてもアレッサンドロ様って思ったより…」
その後を言いよどんでいた。
「ポンコツ?」
「いや、そこまでではないけど…」
姉はそう言いつつ笑ってた。
私にとって義理の親になるのだから姉にとっても親族となる。
領主としての威厳はなくなったかもしれないけど、親族としての株は上がったんだろうな、姉にとってすれば。
その後両親と兄にも注意点だけは伝えた。
3人ともわからずとも商人なので納得してうなずいていた。
そして、私は姉に一張羅を着させられ気持ち化粧もされ、アクセサリーなんかも付けられた。
「可愛い」
姉は真顔で私を見て呟いていたけど、時間が迫ってたので出来の悪い鏡で遠目で見るくらいしかできなかった。
私が一番今の状態をわかっていない。
―チリン チリン
さっきのアレッサンドロ様が来たときに比べると少し控えめなベルの音がした。
髪を抑えスカートを整えたメリーさんが迎えに出たところで家族も全員玄関の中で少し離れて待った。
―ガチャリ…
「いらっしゃいませ。……ハっ…エラン・ユグレスト・コアナキア様ですね。こちらへどうぞ。」
声からメリーさんが一瞬緊張なのか見とれたのかわからないけど、固まったのがわかった。
私の位置からは何も見えない。
馬で来たのか、馬車で来たのかさえ見えない。
でもガラガラという音が聞こえてた気がするし馬車かな。
というのも婚約者は一番奥に並ぶことになってるらしく、私の位置は食堂の中だったからだ。
貴族の家なら玄関に並べるんだろうけどな。
うちは成り上がりの商家なので、家は少し前の経済状況を表すようにそんなに大きくない。
「本日はお招きありがとうございます。心ばかりの品ですがこちらをお納めください。」
エラン様の良い声が響く。
今日のエラン様はどこか張り詰めた声をしている。
それもまた美しい。
と、思ったところで両親に伴われてこちらに来た。
「狭い家ではございますが、ごゆっくりなさってください。」
母の声がして、母の右肩が見えたところでエラン様が促されて食堂の開け放たれた扉の前へ来た。
…
…ここは…天国かしら…
…
ハッ!?
一瞬思考が停止した。
エラン様は白銀の生地に金糸の刺繍の入った肩章付きの詰め襟に、濃い紫のキラキラ輝く裏地の鈍色のマントを羽織っていた。
マントの表には複雑な金糸の刺繍がされており、動くたびに美しく波打ち輝いていた。
そして、普段は付けていないたくさんの勲章に肩章に金糸の飾緒もキラキラ輝いていた。
髪もツヤツヤに整えられているし、指には銀の文様の入った指輪をしている。
イケメンすぎる!
目がくらみそうだけれど目線を外せない。
エラン様も私を見ている。
は!恥ずかしい!
「あの、エラン様?」
その兄の声がするまでどのくらい見つめ合っていたのかわからないが、やっと目線を外したところで両親に促されてそれぞれの席についた。
席はエラン様の左斜め前だ。
つまり私は右側に常にキラキラがあるわけだ。
長い机の端と端にエラン様と父が座り、エラン様の右の近い方から兄、母と座り、左の近い方から私、姉と座っている。
すでに食事はいくらかは並んでいたが、全員が並んだ時点でメリーさんが奥からメインとガランワインを運んできた。
その間にエラン様は目の前にあった自ら折った花の形をしたナプキンを解いて膝においていた。
これであとは正式に婚約の書類を交わすだけなんだ…。
メリーさんはメインの鶏の丸焼きを中央に慎重に置くと一人一人にグラスに注いだガランワインを配った。
「んん…本日はセイラの誕生日にお越しいただきありがとうございます。」
父は喉の調子を整えてあいさつを始めた。
緊張がジリジリと伝わってくる。
だが、挨拶の内容は結婚式の上司の挨拶のような雰囲気になりつつあった。
つまりおっさんの長話だ。
「あなた!」
と、母が止めると父はハッとして乾杯の音頭に移行した。
「では、おめでとう!カンパーイ!」
父はグラスを高く掲げたあとグビグビとガランワインを飲み干した。
ちなみに私にもワインが配られているのでちょっとだけ飲んでみたけど、かなり飲みやすい。
なるほど、悪くない。
10歳でグビグビ飲んでいいのかわからないので二口目は手をつけなかったけどね。
それを見越したのかメリーさんがそっと後ろからガランジュースと差し替えてくれた。
そのメリーさんの目線はエラン様のグラスに向かっていた。
エラン様もあまり口をつけていないようだ。
「エラン様はワインを飲まれますか?」
私はやっとエラン様に声をかけることが出来た。
「いや、実は酒はあまり得意ではなくて…。セイラさんと同じものをいただけますか?」
エラン様がメリーさんに向かって笑顔を向けるとメリーさんは少し固まった後に頷いた。
「かしこまりました。」
若干頬が紅潮している。
すぐにグラスを変えてメリーさんは今度は姉のところにもガランジュースを置いた。
両親と兄はワインをグビグビ飲んでいる。
ほどほどにさせておかないと醜態を晒しそうで怖い。
母はかなり強いし、酔っても可愛くなるだけだけど、父は少々絡み酒がひどい。
兄は抱きつき魔になる。
「ところで、今日は一段と可愛いね。」
はわぁ!?
私が父と兄の泥酔したときのことを思い出してたら不意打ちでエラン様が話しかけてきた。
しかも、なんだか目がうるうるしてる。
「えっと…その…ありがとうございます。エラン様こそなんというか美しすぎて目が潰れそうです。」
そう言うとハハハと笑って緊張が解けたようだ。
「私との婚約を受け入れてくれて嬉しいよ。こんなにトントン拍子で決まるとは思わなかった。ほんとに嬉しい。」
そう言ってエラン様は可愛い笑顔でニコニコしている。
「ほんとに出会って一月も、半月すら経ってないですからね。」
「それにしても父上も母上達もセイラちゃんをすぐに受け入れてくれたのは私もびっくりしたんだけどね。」
ギク!
「確かにそうですね。私は貴族ではないですから」
これうっかり発言しないように気をつけないと。
「君を見た瞬間に驚くほど胸が高鳴ったんだ。だから、コアナキアの名を捨ててでも君を守りたいと思って過ごしていたよ。」
甘い言葉にうっとりしつつも脳裏でアレッサンドロ様のやらかしの話が蘇る。
アレッサンドロ様は私と番えばコアナキアは安泰だと思ってるみたいですよ。
「私もエラン様はなんと美しくカッコいいかと思ってましたよ。」
あ、私甘い言葉というものがわかりません。
語彙ががががが…
エラン様はフフっと笑っている。
「セイラちゃんはいつも素朴で面白いね。見た目はとても可愛らしいのにいつも楽しい気持ちになる。能力には驚かされるしね。」
「私、面白いですか?」
私自身はわからない。
特にユーモアというものはよくわからない。
前世は真面目だと言われ続けてたけど。
「そうだなぁ、話が面白いとはまた違う感覚かもね。君がニホンジンの前世を持っているからかもしれないけど、興味をそそられるっていうのかな。この感情の表現は難しいかもね。」
なるほど…よくわからんが、好印象ってことかな?
私とエラン様がそんな話をしているとメインの鶏が切り分けられそれぞれの前に配られていて、すでに兄が食べ始めていた。
私は目線でエラン様に鶏の存在を知らせると、私達はその流れのまま鳥を食べていた。
「それにしても、期間短いのに随分仲いいな。貴族と商人の家の差があるってのに。」
話の流れが少し切れたところで兄はぶすっとした顔で私に話しかけてきた。
「私は市井出身のアドル老師と仲がいいですし、最近は城で過ごすことが少なくなってきましたからね。私は領主にはなれないですからある程度の年齢になったら家族の迷惑にならぬよう城を出て壁外で暮らそうと思ってたんですよ。ハンターとかでも暮らせそうですし、先生とか研究者とかもいいですよね。」
それを聞いた家族が微妙な顔をしていた。
「あ、変ですかね。もちろんセイラさんと結婚させていただくわけですから、なるべく貴族として過ごせるように模索したいと思ってますよ。ハッ…それとも商人となった方が良いでしょうか。」
そうじゃないんよ。
アレッサンドロ様のあの喜びようを見てエラン様のこの天然な感じを見たら、コアナキア領の現在の業務を続けさせるのは私の使命だなと感じた。
親や兄弟からは私に対して頑張れよという視線が送られてきた。
「エラン様、エラン様はコアナキアの頭脳といわれるほどなんですよ。きっと誰も仕事としては邪魔だと思ってないですよ。」
「そうですかね。兄弟たちは優秀ですし、私は必要ないように思います。」
笑顔でそう言うエラン様。
何故、そんなに謙虚なのか!
5男だから!?
何かトラウマがあるとしか思えない。
以前に兵士と話してるのを見てるけどそんなに自信なく指示してるようには思えなかったんだけどな。
しっかりしなきゃ、もっとちゃんとやらなきゃという気持ちが強いように思う。
「5人のうちの一人の特級なんですから、何を弱気になってるんですか。」
私が軽口という感じで笑うと少し目を丸くした後「確かにそうですね」ときれいに笑った。
そこからは特級魔術師についての話になり、私が認定特級になって確定になるまでの経緯について聞いた。
どうやら確定特級になるには皇帝への謁見が必要になるらしい。
皇帝の城には領主の城よりも大掛かりなメジャーが存在してるらしい。
まぁ、それもアドル老師の設計らしいけど。
そして、ベレファ邸への引っ越しの話や商材についての話など、みんなでした。
お忘れかもしれませんが、私の誕生日ですよ。




