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 次の日、幸いと言っていいのか昨日の記憶が残っていた自分は再度彼女に仕事を始めていたことを伝えると、彼女からは何もお咎めがなくただ「先に言って欲しかった」と言われた。謝罪はハグをして済んだ。

 それからは彼女も夜勤が増え、顔を合わせる時間が減った。休みの日が重なった時だけ一緒に風呂に入って抱いてを繰り返す日々が続いた。


「私、仕事辞めてきたよ」

「は?」

「借金があったの、全部払い終わったから、やめることが出来た」

「……そっか」


 その話は突然だった。彼女の顔は店を変えた時よりもすがすがしい顔をしていて、一緒に海に行った時の顔を思い出す。借金は知らなかったが大したヤツだと思った。

 下手くそに笑っていたそれはだんだん無邪気に笑えるようになっていた。


「前を向けていられたの遥祐のおかげだよ。ありがと」

「俺のおかげじゃあ、ないだろ」

「これで、私遥祐だけのものだよ」


 腕を絡めとられた時、自分はふと彼女の言葉に違和感を抱いた。

 彼女は自分のモノじゃないし、自分も彼女のモノではない。彼女は何か誤解しているのではないか。


「俺は……」


 所詮自分が蒔いた種だ。最初は彼女に優しく接する嘘だったが、そろそろ勘違いや誤解を解いてもいいだろうか。

 ついでにこの関係を断ついい機会だ。自分も仕事は順調だし、お互いにお互いは必要がない。なんて清々しい別れ方だ。


「俺は、お前の恋人になったつもりはないよ」

「――え?」



―――



「近いうちに俺引っ越すから」


 雇い主である石井に喫煙室で引っ越す話をする。

 そう言えば自分は働いて給料を貰っている身だが住所を届け出たことはあっただろうか。一応アルバイトだと思うがまあいいかと自分の煙草の煙が換気扇に吸い込まれるのを眺めた。


「へえ、結婚でもすんのか」

「いや、俺が出て行く」

「……お前仲良さそうにしてたじゃないか、なんで」

「アイツやっと風俗辞めたんだよ。もうお互い依存する必要もないだろ」

「お前本気で言ってんのか」

「はあ?」


 煙草を咥えながらすごい剣幕な態度を示す石井の顔に自分は意味が分からなかった。

 左手の薬指には指輪がきらりと光っており、もう籍を入れたんだなと思う。

 自分は彼女を利用していたんだから、要らないなら捨てるまでだろう。


「風俗やめろって言ったのお前がそうして欲しかったんじゃないのか?」

「アイツが快方に近付いてるならそうするべきだと思った」

「この前包丁向けられてもちゃんと話したんだろ?」

「ああいうのは不安だからそうなるのであって」

「お前、これまでどうやって女と付き合って別れた」


 自分がこれまでどうやって女と付き合って別れたか思い出して苦い顔を思い出す。だけどあれは美佳よりも危険だった。

 だがこれまで彼女も自分を監禁することはあった。確かによく生き延びたなと過去の自分に拍手を送りたくなる。

 だがそんな暢気な自分に石井が追い打ちをかけた。


「遥祐、それくらいお前はそのミカチャンのことが大事なんだと気付け」


 帰ったら謝るんだなと灰皿の穴に吸い殻を置いて石井は喫煙室から出て行った。

 石井からの言葉に自分は呆然とし、煙草の灰が足元に落ちたのに気付かなかった。


 その状態は帰りの駅のホームに立つまで続き、自分はこれまでの彼女との思い出を反芻するように思い出した。

 そう言えば、なぜ自分は彼女に風俗をやめろと言ったんだっけ。

 急行電車がホームに止まり扉が開く。いつまで経っても乗らない自分を追い越して乗り込む大勢の人間の波に揉まれ、ぶつかった後舌打ちの音も聞こえる。

 脳裏に彼女からの問いが過ぎった。


『なんで、私の隣に居てくれるの』


 彼女を選ぶ顔も見たことの無い客に嫉妬したんだ。


 そこからは自分の行動は早かった。自分も電車に乗り込み、がむしゃらに自宅まで走った。

 言い訳させてほしい。自分はお前のことが好きだって自覚してなかった。体もただ自分の都合のいいところにお前がいると思ったからだ。だからもう一度やり直させてくれ。


『おかえり、遥祐』


 その顔が毎日見たい。見たかったはずなのに玄関を開けても返事はなかった。

 もう仕事は辞めたから今日はずっと家にいるはず。きっと落ち込んでいるんだろう。本当に悪いことをしたから謝らせてくれ。

 部屋の電気はついていなかった。呼んでも返事はない。

 手さぐりで部屋の電気を付けると、彼女はテーブルに突っ伏している。寝ているのかと思った。


「み、か……?」


 だが呼んでも揺さぶっても返事はなく、だらりと体はテーブルの横に大きく倒れた。テーブルには水の張ったグラスに薬を保護していたフィルムが散らばっていた。



ここまで読んでいただきありがとうございました。

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