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 夕飯は野菜炒めとパックのご飯だった。野菜を炒めるなら米も炊けよなんて内心文句をたれたが、そもそもこの家には炊飯器が無かった。

 野菜炒めの味は火は通っていたし、食べられないものでも無かった。文句があるとすればご飯におかず1品だけしか無かったので、せめてなにか汁物出せなんて思ったが敢えて黙った。


 食後彼女がテーブルに寝そべって動かなくなったのでシャワールームに突っ込んでおく。入れておけば勝手に体を洗い始めるので大丈夫だろう。食器の片付けは自分ですることにした。

 食器用洗剤をスポンジを付けて泡立てる。久しぶりに食器を洗った。

 小皿も大皿もきっかり2セットずつ置いてある食器たち。自分が部屋に転がり込む前からあったそれの重量感にだるさを覚えながら乾燥棚に置いた。

 毎日見ているはずのシンクは生ゴミとカップ麺のゴミを除いてもかなり汚れていたが、これも面倒なので何もしなかった。

 ビールを片手に部屋に戻ると、相当な体力を使ったのか布団をかけずすやすやと寝ている同居人がおり、彼女の寝顔を覗き込む。

 すっぴんになった彼女の顔は相変わらず荒れており、目元にはまだクマがあるものの、それでも幾分かはマシになっていた。


 どうせコイツがたまに話すあの精神科医に何か唆されたのだろう。彼女が主治医に何を話しているのかは知らないしどうでもいい事であるはずなのに、気になって仕方ない自分がいることに舌打ちをした。

 自分のことを話すことがあるのだろうか。あるならどんな風に話しているのだろうか。医者から何か言っているのだとしたら、せめて彼女に家から追い出すよう言うのは辞めて欲しかった。


 二組ずつある布団や食器や洗面用具。きっとこの女には自分が転がり込む以前に男がいた。自分がここに来た当初、満身創痍だった彼女に聞いてみたらヒステリーを起したので自分と同じようなクソ野郎がいたのだろう。


 彼女。美佳(みか)はどうしようもないバカ女だった。

 時々聞いた話から所々同情はしたものの、正直自業自得だなと思うところが多かった。むしろ自分と出会うまでよくもまあ生きてこれたなとも思う。自分と出会ったころには死ぬ寸前だったのかもしれない。


 男がいないと生きていけないない女と、お前のような女がいないと生きていけない男。嫌なマッチングだ。そんな相性で決まるなんてどこのマッチングサイトやアプリにも無いだろう。知らんけど。


遙介(ようすけ)……?」

「起こしたか」


 起き上がった彼女の体を見る。着ているグレーのスエットの袖口から白い肌が覗く。

 肌艶が良くなってきた。リストカットの傷が減った。目の下のクマが薄くなった。胸だけが大きい不自然に偏った体が全体的に肉付いてきた。


「……するの?」


 全体的に見た目は可愛くなってきている。本来なら喜んで抱いたのに2日連続で抱いていたから(しかも内一日はほとんど記憶がない)如何せんやる気が起きない。

 「ン」と両手を広げてきたが彼女から目を逸らした。


「流石に三日連続でヤる体力はねえよ」


 そういえばコイツは毎日野郎の相手をしているんだった。しかも一日何回も。

 好きでもないオッサンを相手にできることだけは感心出来るところだ。もし俺ならおばちゃんも相手出来ない。


「でも」

「いい、とにかくヤる気がねえ」


 彼女もその辺については一応プロだし、口でしてもらうこともあったが、そもそも今は抜く気力すらなかった。

 甘えたかったのか、少々不満げにまた布団に戻った。

 少し前なら自分のシーツを濡らす程に泣いていたから、自分があやしていたことが多かった。


 自分はそこまで好きでもない。それでも一緒にいたのはしょうもない罪悪感とタダの金蔓だ。

 金をせびる時、彼女も時々嫌な顔をしたがそれでも自分が家から出て行くという怯えからか、出せる分だけ出した。


「……オマエ俺のこと怒らねえの」

「なんで?」


 惚けた顔をするが、本当に分かっていないようだった。

 そういえば男の金の為に自分の体を売るような馬鹿女だった。

 もう既に微睡んでいる彼女を布団の上からぽんぽんと叩く。


「…………別に。もう寝ろ」

「ん……」


 ぽんぽん叩いていると彼女はすんなり寝てしまった。本当に疲れていたらしい。

 時計を見れば23時。今日は寝る時間が普段よりも早いことを知る。流石に自分はまだ眠るつもりもないが、適当な店に行ってこようか。

 だが前に自分が居なかったら泣いていたから、そうなったら面倒だがその時はその時でどうにかなるだろうと思いながら立ち上がったが、全身が何だかだるくなった。


「……あー、やっぱヤっておけば良かった」


 寝ている彼女の隣に自分も寝そべり、彼女を抱き枕にする。

 眠りにつくまで待つ。こんなにも居心地の悪い添い寝は初めてだった。



 夜中、彼女は目が覚めたらしく泣いてあやしたのが日付が変わった午前2時頃。

 その後しばらく眠れず煙草を吸いながらベランダで夜明けを拝んだ頃にはようやく彼女も眠りに着いていた。




「じゃあ行ってくる」


 そして仕事のため彼女が家を出て行ったのが12時頃。

 店は大体電車で10分くらいの所にあるらしい。以前より稼ぎが良くなるらしいが、彼女はあまり散財することは無い。

 ならなぜ風俗で働いているのかなんて思ったが、前の男と自分のせいかと思考が完結してしまった。

 昨夜の寝不足を惰眠で補った後、黒のスエットのまま外をほっつき歩きたどり着いたのは駅前のパチンコ店だった。

 平日の昼間ではあるもののそこそこ繁盛しており、大抵の常連は決まった席に座ることが多いので自分もいつも通りの台に座る。


「当たってるか?」

「……当たってても代わんねえぞ」

「なんだよつれねぇなぁ」


 後からやってきた老人はそう言いながらけたけた笑って自分の隣の台に座り手馴れた様子で千円札を台の中に投入していく。

 いつもの台で回していればこうした常連に話しかけられることはままある。

 一応身なりは整えているので、ホームレスほどのみすぼらしい姿をしている訳でもないが、酒気を帯びているのか赤ら顔で無精髭。着ている服も年季が入っており、ジャンパーの袖口は折り目が所々破れて中のゴムが顔を出していた。


「昨日、女房の月命日だったからよ、久しぶりに墓参りいったんよ」

「……アンタのかみさんはまだ生きてるだろ」


 この前この爺が入店から10分もしないうちに般若の顔した婆に引きずられながら出て行ったの見たことがある。

 あの様子は尻に敷かれるというのはこういうことなのだろうなという分かりやすい例だった。

 今日も昼間から酒を呑んでここに来るなんてきっと彼の妻が買い物か何かで家を出ている時に抜け出してきたのだろう。自分も言えないがよくもまあ懲りない事で。


「アイツは後妻だよ。死んだ方は、若い頃に離婚したけどな。あっちが先に再婚したからガキにも会わせてくれねかった。そりゃあ墓の前で嫌味くらい言いたくなるもんよ」

「へぇ……」


 しわだらけの顔は嫌味と言う割にはやたら懐かしんでいるようなそんな表情が伺える。

 若い頃に離婚したなんて彼からすれば何十年も前の話のはずだ。そんな彼が毎年のように墓参りをするなんて案外律儀な所があるのだなと感心する。


「お前さんも良いよな、専業主夫ってやつか。流行りだもんな。いやこれから当たり前になるんか?」

「結婚してねえよ、皮肉か」

「へっ。でも女が側にいるのは良いもんだろ」

「……さぁな。稼ぐために自分の身体売るような馬鹿な女だ」

「体売って欲しくねえならバイトでもなんでも働けや」

「こんな時間に酒飲んで回してる(ジジイ)に言われたくねえよ」


 俺はもう引退してるのと言って爺は追加でまた千円札を投入した。


「働くのが馬鹿らしくなったって言ってたけどよお、オマエさんには夢みてえのはないのかい」

「なんだそれ」


 自嘲するように空笑いした。そんな言葉を最後に聞いたのはいつだったか。

 自分の同居人は自分に対してそこまで献身的でもないし。自分の中では金蔓と都合のいい性欲処理程度。むしろ献身的なのはこちらだろうなんて思った。

 あの時はよかった。なんて男のような老人たちはどんな奴であろうとそんな昔話をする。

 そんなに昔はいい時代だったのかねなんて大真面目に聞くつもりは無いが、自分にとって今も昔もいい時代かどうかなんて分からない。どちらにせよ楽しい人生ではないということだけは分かる。


「それで、なんだったか。あぁ、そうだ。墓参り行ったら先に拝んでる奴らがいてたまげたなぁ……よく見たら俺の息子だった。一緒にいたのは家族とかだろうな」

「会えてよかったじゃねえか」

「いーや、そうでもねえよ。貴方どちら様ですかって聞かれたからな。出て行ったのは……たしか五歳くらいの時だから、まぁ覚えてねえのは仕方ねえけどよ」

「他人だったんじゃねえの」

「俺の息子だ。分かるさ、嫌でもな」


 だからと言って男の顔は相変わらず気分が悪い訳ようには見えなかった。

 子供の頃は自分もいつか誰かと結婚して家族を作って、なんてことを想像したことはあったのかもしれない。

 だが現実は非情で、自分は誰かに誠実になることなれなかった。


『なんで、私の隣に居てくれるの』


 ヒステリーを起した彼女を慰めていた時聞いてきた言葉に、自分がなんて返したか覚えていない。

 自分は彼女に今更誠実になる気はさらさらなかった。でもなんでかいつの間にか彼女以外の女を抱くのがつまらなくなっていた。今度高級ソープにでも行ってみようかなんて思考を巡らせた。


「おい兄ちゃん、ボケっとしてねぇで前見ろ!前!」

「――はぁ!?嘘だろ!」


 いつの間にか目の前で7が並んでいたことに気付いて、呆気に取られた。

 あの時はめちゃくちゃアドレナリンが溢れていたのだろう。その儲けた金はそのまま向かった高級ソープで一気に溶かしてしまった。



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