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腐海  作者: 遠野麻子
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 竹田さんはある日、ふと思い立って神社に出かけた。

 近所にあるそれは、小さいながらも社務所もあり、手入れも常にされていてなかなかに居心地がいい。

 境内に植えられているイチョウの葉もちょうど見頃だろう。

 新しく買ったカメラのテストも兼ねて、神社に向かうことにした。


 あちこちにレンズを向けてシャッターを切る。

 イチョウの葉の黄色と青空のコントラストがとても美しい。

 近くにあるのに滅多にここには出かけない。

 意外な穴場を見つけたような、そんな気がした。


 撮った写真を確認するのと休憩も兼ねてイチョウの木の下に座った。

 ネットで買った中古品のカメラだが、思った以上にきれいに撮れていた。


「悪くないな」


 竹田さんはそう呟いて立ち上がった。

 その拍子にイチョウの木の下に撒かれていた玉砂利を蹴飛ばしてしまった。

 拾い上げて少しその石を見つめてみた。

 濃いグレーに青い線が走っている。

 手触りもしっとりとしていてなんだか心地がいい。

 そのまま置いていくのが惜しい気がして、竹田さんはその石をポケットにしまった。


 その夜。

 竹田さんがテレビを見ていると、こつん、と窓になにかがあたった音がした。


「ん? なんだ?」


 気のせいだろう、と再びテレビ画面に目を戻す。

 


――こつん



 また音が聞こえた。確実に気のせいではない。


「なんなんだよ、全くもう」


 何かが窓にあたることはまずありえない。

 なぜなら武田さんの家はマンションの4階だからだ。



――こつん


 

 再び聞こえる音。

 堪らずに竹田さんは窓を開けて確認した。

 窓といってもベランダに繋がっているもので、いわゆる「掃き出し窓」というものだ。

 つまり、外から石を投げたとしてもベランダを乗り越えなければならず、確実に窓に石をぶつけるということはまず無理だと言える。

 

 窓を開けてベランダを確認したが、なにも落ちていない。

 当然のことだろう、4階の窓になにかをぶつけることができる者などそうそういるものではない。

 では、さっきの音はなんだったのだろうか。

 少し薄気味悪く思った竹田さんは、テレビを消し、ベッドに入ることにした。

 こつん、というその音は一晩中鳴り続けた。 

 翌朝、外を確認したが、やはり何も無かった。

 


――石がぶつかるような音。



 竹田さんは昨日神社に出かけたときに着ていた上着のポケットを探り、拾った石を手に取った。

 もしかしてこのせいだろうか。


「まさか、ね……」


 竹田さんはそう呟き、石をテレビの横に飾った。


 その日は仕事だった。

 会社に向かって雑踏の中を歩くうち、石のことはすっかり忘れていた。

 午前中も仕事をこなし、昼食にでかけた。

 昼食後、自分のデスクに戻った竹田さんは、デスクの上にある「それ」を見て一瞬心臓が凍りついた。 

 あの石がデスクの上にある。

 確かに今朝、テレビの横に飾ったはずだ。それがなぜここに。

 震える手で石を手に取り、思い悩んだ末にゴミ箱に捨てた。


 仕事を終え、竹田さんは家に戻った。

 ふとテレビの横を見ると、あの石は朝に竹田さんが置いたそのままにそこに飾られていた。


「そりゃあ、そうだろうよな」


 あのデスクの上にあった石はこの石とは全く関係がないのだろう。

 デスクに石がワープするなどありえない。

 きっと誰かのいたずらだろう。いたずらをされる理由も、そのいたずらの意味も全く心当たりがないが。

 

 その夜も、その次の夜もコツン、というなにかが窓にあたる音が鳴り続けた。

 また、その一方でふとした拍子にあの石を思わぬところで目にすることが度々あった。

 その度に無視したり、捨てたりするのだが、帰宅すると石はあいかわらずテレビの横にある。


 持ち帰ってはいけないものを持ち帰ったのではないか。


 竹田さんはそう思った。

 1週間なんとか我慢し、次の休日、神社に連絡をとってみた。

 事情を説明すると、受け付けた男性が宮司に電話を変わってくれた。


「その石を持って、すぐに来てください」


 宮司にそう言われ、竹田さんは神社に向かった。


 事務所の応接室に案内され、問題の石を取り出した。

 宮司はそれを手にとり、ふっと笑った。


「こういうのはね、あまり持ち帰るもんじゃないですよ」


「それはどういうことなんでしょう?」


「石ってのはね、念を吸いやすいんです」


「ねん……念ですか」


「そう。うちの神社にもいろんな方がお参りにおいでになられます。


 なにか幸いを願う人がほとんどですが、中には悪い思いを持った人もおられます」


「悪い思い?」


「誰かの不幸を願う、とかですね」


「はぁ……そういうもんなんですか」


「えぇ、そういった悪い念は強くてね。そんな思いを持った人が踏んだりした石はその悪い念を吸うことがあるんです」


「それと私に起きた現象となにが関係あるんでしょうか」


「それは少し分かりません。石にこもった念が不可思議な現象を起こしたのであろう、としか」


 竹田さんは半信半疑だったが、そんな話を聞くとやはり気分のいいものではなかった。


「では、この石はお返しします。持ち帰って申し訳ありませんでした」


「いえいえ、こちらで適切に処理しておきますよ」


「お願いします」


 そう言って、竹田さんは神社を辞去した。


 これでもう安心だ。

 そう思い、帰宅した竹田さんはリビングに入った瞬間思わず座り込んだ。


 あの石がテーブルの上にある。


 確かに宮司に預けたはずだ、それがなぜ?

 慌てて神社に電話をし、宮司に取り次いでもらった。


「あの石が、また戻ってきてるんです」


「あぁ、ご連絡しようと思っていたのです。 実は、石が消えてしまっていて」


「どうすれば……」



「……もしかしたら元の場所に戻りたいのかもしれませんね」

「元の場所、ですか」


「その石は拾った場所に戻していただけますか?」


「それで大丈夫なんでしょうか」


「恐らくは。とりあえず試みに戻してみましょう。それで駄目なら対策を考えましょう」

 

 電話を切った竹田さんは、早速石を手にとり神社へ戻った。


「確か……この辺だったかな」


 イチョウの木の下に石を置き、走り去った。



 それ以来、その石は現れていない。

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