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腐海  作者: 遠野麻子
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死ねばいいのに

 友人の川北から引越しの手伝いをしてくれないかと依頼がきた。

 ひと片付け終わったら、寿司をごちそうしてくれるという。

 一人暮らしなので大した荷物ではないはずだ。

 私は喜んで手伝いをすることを了承した。


 皿を棚にしまったり、大きな家具の位置を少し修正したり、作業は簡単に終わった。

 川北はおいしい、という噂の寿司屋から出前を頼んでくれた。

 飲みながら雑談をし、疲れを癒す。

 私はふとあることに気付いた。


「川北、お前、この間も引っ越したばかりじゃなかったか?」


「ああ、そうなんだ。ちょっと事情があってね」


「事情?」


「俺が前に住んでた部屋なんだがね……」


 以下が川北が話した「事情」だ。



 以前住んでいた部屋は職場に行くまでに乗り換えが必要だった。

 面倒なことが嫌いな川北は、乗り換えの必要がない駅の近くに引っ越すことにした。

 その時は別の友人に手伝いを依頼し、今回と同じように寿司を奢った。

 異変が起きたのはその夜のことだ。

 

 ベッドに横になると、昼間の疲れもあったのかすぐ眠りに落ちた。

 

 ――死ねばいいのに……

 

 低い女の声で目を覚ました。いや、目を覚ましたという夢を見たのかもしれないが。

 

 ――死ねばいいのに


 声が再び聞こえる。どうやら部屋の中から聞こえてくるようだ。

 川北はそっと視線を部屋に巡らした。

 押入れの上の天袋がズズッとひらく。

 見てはいけない、と思うものの目が離せなかった。

 20cmほど開いたところで、その隙間から女の顔が見えた。


 ――死ねばいいのに


 そこで川北の記憶は途切れている。

 気がついたら朝だった。

 あれは夢だったのだろうか。

 体はけだるく、あまりぐっすりと眠れた感じがしない。

 引越して早々いやな夢を見たものだ。

 川北はだるい体を無理やり起こし、仕事へ向かった。


 その夜もその次の夜も同じ現象が起こった。

 しまいには慣れてきたものの、あまり気分のいいものではない。

 引越して1週間目の休日、川北は天袋を開けてみることにした。 

 そこにはなにも入れていないはずだ。

 開けてみて顔を突っ込み奥までよく確認してみる。やはりなにもない。

 閉じようとした川北の目の端になにかが映った。

 天袋のふすまの裏に何かが貼ってある。

 そっとはがし、確認してみるとそこには赤い字でこう書かれていた。


--死ねばいいのに


 驚いた川北は思わず踏み台から足をはずしそうになった。


 下に下りてよく確認してみる。

 やはり見間違えではなく「死ねばいいのに」と書かれてあった。

 ゴミ箱に捨てようかと思ったが、まずその前に不動産屋に確認しにいくことにした。


 貼られていた紙を見せ、「信じられないかもしれないが」と前置きをして事の次第を説明した。

 いわくつきの物件を押し付けられたのではないか、そう思ったのだ。

 店主によるとそこは別にいわくつきの物件ではないらしい。

 ただ気になることがある、と店主は言った。


「前にお住まいだった方ね、カップルだったんだよ」


「結婚?」


「いや、同棲。いずれ結婚するつもりだ、なんて言っててね。部屋も2人で見にきてた」


 しかし、数ヵ月後解約手続きに来たときは男一人だったらしい。

 どこかぼーっとしていてけだるそうな様子が気になったそうだ。

 退室時の部屋の確認に立ち会ったのも男ひとりだった。


「それでね、気になってそれとなく聞いたんだよ」


「気になって?」


「いや、ほら。まさかとは思うけど殺してたりなんだったりするとややこしいでしょう」


 男が引越すところを眺めていた、隣の部屋の住人に確認してみたという。

 隣の部屋の住人によると、引越して二ヶ月ごろからけんかをする声がよく聞こえてきたそうだ。

 そしてある日、女だけ出て行ったらしい。

 事件性のあるようなことではないようだ、と店主は安心しそのまま忘れていたとこのとだった。


 おそらく、この紙は女が出て行く前に貼ったのだろう。

 なにが目的だったか分からないが、川北に起きた現象と、一緒に住んでいた男が解約手続きのときにぼーっとしていた、ということから考えて呪いの類と思っていいはずだ。

 川北は近くの神社に相談し、お焚き上げしてもらうことにした。


 それ以来、深夜の不気味な現象は収まった。


「それなら引越さなくてもよかったじゃないか」


 そういう私に、川北は苦笑いしながら言った。


「いや、ポストに手紙が入ってたんだよ」


「手紙?」


「『なにをしても無駄』って赤い字で書かれた紙がね」


「なんだそれ」


「分からない。ネームプレートも変わってるから男が引越したことは分かるはずなんだがね」


「筆跡は同じなのかい?」


「あぁ、たぶん同じ人間が書いたものだ。なんだろうね。憎しみがつのって部屋まで憎くなったのかね」


「それにしたってお焚き上げをしたことを知っているのが気味が悪いね」


「そこなんだよ。それが気になって引越すことにしたんだ」

 


 川北はポストに手紙が入っていたことは不動産屋には話していないらしい。

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