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第2話 いざ、スキー場!


 と言うわけで、やってきました憧れのスキー場!




 けれどここに至るまでは、少しばかり紆余曲折があった。

 まず、なるべく店を休みたくない約1名が、通らないとわかりつつ、それでも意見を述べてみる。

「スキー場なら★市の郊外にも規模は小さいけどあるから、日帰りで十分だね? だったら私はいつの日曜日でも大丈夫だよ」

 それを聞いてブーブー文句を言いだす約2名。

「ええー? せっかくの何十年ぶりのスキーが、日帰り~? 嫌よ」

「何十年ぶりなんすか由利香さん。けど、けど、俺だって椿との初スキーが日帰りなんて、嫌です」

「そうそう、気が合うわね夏樹。スキーに行くなら絶対泊まりよね」

「そうっす! スキーと言えば泊まりがけ、ですよ」

 そして同じようにうん、と頷きながらニッコリ微笑んでお互いを見て……

「「ねー」」

 顔を見合わせて、可愛く? 首をかしげる2人をやれやれと言う顔で眺めたシュウに、追い打ちをかけるように冷静に意見を述べる、その他2名。

「そうですね、日帰りはもっと若い時ならイケイケゴーゴーだったかもですが、さすがにもうきついかな。できれば何本も滑りたいし。あ、どうせなら温泉の近くにすれば疲労回復効果もバッチリですよ」

「温泉の近くいいねえ。けど椿その若さで何言ってんの。だったらさ、僕なんてもう浦島太郎をしのぐじいさんだね? だからやっぱり日帰りはきつ~い。シュウってば、こーんな老人に無理させるつもり? ひどいなあ」

 椿の意見はもっともだとしても、自分と同い年の冬里がじいさんと言い出したのには、さすがに眉をひそめるシュウ。まだ、たかだか400年ですよ。

 けれどキラキラ瞳の2名と、ちょっと申し訳なさそうな1名と、ずいぶん年若いじいさん1名には、やはりあらがえそうもなかった。

「……、……、わかりました。それでは泊まりがけで」

 意趣返しのつもりで、少し長めに考えるそぶりを見せた後、答えを返す。

 そんな思惑はどこ吹く風。案の定「やったー!」とはしゃぐ2人に、釘を刺すことも忘れない。

「ただし……」

「いつものことですが、日程は私が決めます。だよね、シューウ?」

 いたずらっぽくウインクなどする冬里に、やはり最後はお決まりの台詞になるのだった。

「本当に、あなたたちは……」



 そんな経緯があってシュウが選んだのは、★市から車で数時間でたどり着く、大きめのゲレンデがあるスキー場だった。

 もちろん温泉もある。

 ホテルはゲレンデから見えているが、少し奥まったあたりにあった。

 大浴場といくつかの貸し切り露天を備えた本館はそれほど部屋数はないが、エントランスに立つと、しっとりと落ち着いた雰囲気の良い造りになっている。そのほかに、広い敷地内にはいくつか独立したコテージが配置されているのだ。本館の部屋数が少ない理由はここにあった。

 彼らが泊まるのはそのコテージのうちの1つ。2階建てのそれは、5人全員が一つ屋根の下にいても十分な余裕がある。

 貸し切りなので、朝早いチェックインから午後の遅いチェックアウトまで、かなり融通の利く泊まり方ができるのが特徴だ。

 食事は本館に行っても良し、ケータリングを頼んでも良し。

 もちろん自炊もOKだ。

 有能な料理人が3人もいるこのグループが自炊しない訳がない(約1名が自炊を押して押して押しまくったのは、ご想像通り)

 公共の交通機関を使っても良かったのだが、スキー板やスノボやウェアは借りるにしても、張り切る由利香の荷物は宇宙規模? で増えていきそうだし、なにより自炊と言うことで、夏樹が食材や調味料やらをどんどん用意し始めたからだ。


「シュウさん、向こうでのディナーの組み立て考えたんすけど、ちょっと見てくれますか? それから、朝食はどうしようかな。洋風? 和風? それとも、中華なんてのもありっすよね。旅先では日頃できないことにも挑戦! なんちゃって」

 嬉しそうに言う夏樹はスキーがメインなのか、料理がメインなのかわからないような感じだし、こんなんで日常の仕事はちゃんとしているの? と思われるだろうが、そこはそれ。少し先に楽しみが待っているおかげで、通常のランチやディナーにもよりいっそう力が入っている。

 いつでもどんなときでもどんなことにも全力で取り組む夏樹らしいと言えば夏樹らしい。

「スキーで疲れているだろうから、ディナーはそんなに手の込んだものにしなくても……」

 当日のディナーチェックを始めたシュウがふと顔を上げると、そこにはキラキラ瞳でシュウの意見を待つ夏樹がいた。

「……それとこれとは話が別、か。夏樹には関係なかったね」

 苦笑しながらチェックするシュウだったが、中に一つ、かなりテンパったか半分寝ながら考えたのかと言うような、どうにも夏樹らしからぬメニューがあった。

 思わず「夏樹」と彼を呼んでしまう。

「これは?」

「へ? どれっすか? ……、……、」

 示されたメニューを見て、え? え? とつぶやきつつ百面相をしながら首をひねる夏樹。

「えーと、なんすかね、これ」

「なんすかね、じゃないよ。夏樹らしくもない。冒険はするなとは言わないけれど、やり過ぎるならしない方がいい。1番に考えなければならないのは、お出しする方が一口食べて笑顔になり、幸せになるような料理だよ。それは身近にいる人に対しても、いや、遠慮がない身近だからよけいにね。だから、このメニューはもう一度よく考えてみてくれるかな」

「はいっす!」

 歯に衣を着せないシュウの意見に、夏樹は真剣に、けれどちょっぴり嬉しそうに返事するのだった。



 そんな一幕があったが、彼らは無事に当日を迎えた。


 本館でチェックインを済ませた一行は、教えられたコテージへと移動していた。

 空気の入れ換えという名目でひととおり探検を済ませた由利香が、早速一行のお尻をたたいている。

「ああ、いいお天気で良かった! 吹雪いたら目も当てられないわよね」

「山の天気は変わりやすいって言うよ? それこそお姉様もびっくりするくらい」

「失礼ね。だったらお天気が変わる前に、とっとと滑りに行きましょう! ほら早く!」

「由利香さーん、着いたばっかりっすよ。食材を下ろさなきゃなんないし。それにちょっとした仕込みもしなきゃなんないし」

「そんなの、スキーに来て本格的なディナーを出したがる夏樹のせいよ。じゃあ夏樹は放っておいて行きましょ」

「そんなあ~」

「ゲレンデは逃げていかないよ、由利香。それよりここ、ウェルカムのお菓子が用意されてるんだ。ちょっと一休みしてから行こうよ」

 由利香が探検中に、夏樹の食材運びを手伝っていた椿が言う。指さす先にソファのコーナーがあり、綺麗に包装された和菓子が人数分置かれていた。

「あら、ホントだわ。わあ、ここの名物かしら、じゃあこれに合う日本茶入れなさい夏樹」

「ええー? なんでまた俺?」

 情けなく言う夏樹を珍しく冬里が助ける。

「僕が入れるよ。日本茶なら僕にお任せあれ」

「うわあ冬里、助かります! えっと、日本茶も持ってきたんすよね。どこに入れたかな……、あ、あったあった」

 なんと夏樹は食材だけでなく、珈琲紅茶日本茶に至るまで、その荷物に入れていたらしい。これは大荷物になるはずだ。

「うん、夏樹がさ、ひょいとこのお茶を荷物に入れるの見て、あれ~って思ったんだよね」

 ニコニコ笑いながらそう言っていた冬里のニコニコに、ほんの少し不穏が混ざる。

「これってさ、僕が特別なときに飲むために、わざわざ、取り寄せてあったんだよ~。本来なら、誰にも触らせたくないんだよねえ。なんで夏樹はこれ、持ってきたのかなあ」

 ニッコリ。

「え? え? そ、そうだったんすか、……おれ、しらなくて……」

 いつもの夏樹なら、このお茶は日常的に2階リビングで使用しているものだと気づくはずだ。けれど今は違う。蛇に睨まれたカエルよろしく、冬里に微笑まれた夏樹だ。

 すると、彼らの後ろからため息が聞こえ、そのあと冬里の手からお茶の包みを取り上げるシュウがいた。

「冬里、もうその辺で。……、夏樹、よく見てみて。これはいつも私たちが飲んでいるお茶だよ」

「へ?」

「あれえ、もっと遊びたかったのになあ」

「と、冬里! ひどいっす」

 シュウの助けが入ったことにちょっぴり気が大きくなった夏樹が、ぷう、と膨れて言う。けれど冬里はどこ吹く風で、ふふーんと笑ってシュウからお茶を受け取ると、キッチンへと向かった。

「まったく」

「わあ、ここのキッチン使いやすそうだね。これは夕食が楽しみだ」

 ダイニングテーブルの向こうにあるキッチンは、なかなか本格的な造りになっている。夏樹のディナー計画に合わせて、食器やカトラリーも予約の際に追加してもらってある。

「ホントっすか!」

 荷物運びに忙しく、珍しくキッチンチェックをしていなかった夏樹が飛んでいく。

「おお、なかなかのもんすね。食器とグラスとカトラリーは、………、うん、完璧!」

 あちこち見て回って納得の夏樹は、お茶入れを冬里に任せてまた荷物の整理に向かう。

 そのあとのティタイムは、冬里が買って出ただけあって、本当に美味しい日本茶を皆が楽しんだのだった。


 ひとときの休憩を挟んだ一行は、そのあと足取りも軽く本館へと向かう。

 ここでレンタルしたウェアに着替え、着ていた服やその他荷物をクロークに預けた後、スキーをレンタルしてゲレンデへと向かう。


 昨日まで雪が降っていたと本館スタッフが教えてくれたのだが、今日はすっきりとした日本晴れだ。

「いやっほー! 日本のスキー場はじめてだあ。さあーて椿、どこから攻める?」

「そんなに焦るなよ夏樹。まずは勘を取り戻したいから、俺はなだらかなコースへ行く」

「ええー? つまらない奴だな」

「なにを!」

 そんな若い2人のやり取りを、ちょうど今滑り降りてきた1人のスキーヤーが小耳に挟む。

「夏樹? 椿?」

「「え?」」

「おお! 朝倉くんと、そっちは秋渡くん、だったな」

「えーと、」

「どちらさま?」

 2人がいぶかしがるのも無理はない。

 その人は、ゴーグルをつけた上に、バンダナを口元に巻いて、街で遭遇したら怪しい人そのもの。けれどスキー場ではけっこうお見かけするスタイルだ。

「おお、これではわからんな。ちょっと……、待って、……わしだよ、わし」

 そう言いながらゴーグルとバンダナを外して出てきたその顔は。

「親方!」

「坂ノ下さん」

 誰あろう、『はるぶすと』の改装でおなじみ、坂ノ下工務店の、坂ノさかのした 泰蔵たいぞうだった。

「なななんで親方が?」

 驚いて言う夏樹に、坂ノ下は、ん? と言う顔で答える。

「スキーをしに来たに決まってるじゃないか」

 そのあと坂ノ下が説明したところによると、いつも自分をよく支えてくれている家族に、何かお礼がしたいと提案したところ、愛娘のあやねがスキーに行きたいと言い出したんだそうだ。その際、「おばあちゃんもよ!」とあやねが主張するので、それなら温泉場のあるこのスキー場にしようと言うことになったらしい。

「いやあ、奇遇だなあ。わしらはあのホテルの本館に泊まっているんだ。君らは?」

「あ、俺たちもあのホテルですが、コテージの方です」

「そうか、じゃあ大浴場に来るといい。ここの温泉はいいらしいぞ」

「はい!」

 そんなやり取りをワイワイとしていると、「お父さん!」と少し上の方から声がする。

「おお、あやね~」

 聞くとあやねはこれが初めてのスキーだそうだ。なのでまずはホテルの初心者子ども向け講習に参加しているのだそうだ。

 今はちょうどなだらかな斜面を、ひとりずつ滑り降りる練習らしい。

 だが坂ノ下を呼んだあやねは、父と並んで手を振っている2人に気づいて気持ちをそらされてしまう。

「わあ!」

 そこでバランスを崩してこけてしまうあやね。

 あ、と思った夏樹と椿が助けに行こうとする間もなく。

 なんと、坂ノ下が超華麗にあやねの所までたどり着いていた。

「大丈夫か? あやね!」

 焦って声が大きくなる坂ノ下のところに、この講習のコーチがやってきた。

「お父さん、大丈夫ですよ。……はい、立ち上がり方は教えたよね。実践できるぞ、頑張ってみよう」

 コーチはそう言うと、自分も隣にぽてんとこけてみせる。

「はい、スキーを谷側に向けて、揃えて~。よし! ストックか手で支えて立ってみよう。いちに、さん!」

 すると。

 ひょい。

 という感じで軽々と立ち上がるあやね。

「おお!」

「あやねちゃん、すごい!」

「やっぱり身体軽いね~」

 3人に褒められて照れつつも嬉しそうなあやねだ。

 そのあと、なぜ、あさくらくんと、あきわたりさんがここにいるのか知りたそうにしていたあやねだが、今は練習中。コーチに促されるままに、また出発点まで頑張って登って行く。

「先生! よろしくお願いします」

 後についていこうとしたコーチは、坂ノ下にがばっと頭を下げられて、思わず「はい」と良いお返事を返してしまっていた。


「あら、こんな偶然もあるんですね。ご無沙汰しています」

 そうするうちに、こちらに気づいてやってきたのが泰蔵の奥様の志帆。

 そしてそして。

「私もご無沙汰していたわね」

 颯爽と滑り降りてきた妙齢のご婦人がゴーグルをとると。

「志水さん?!」

 なんと! あやねのおばあちゃん、志水が優しく微笑んでいたのだった。

 坂ノ下と滝ノ上のファミリーは、スキー一家なのだそうだ。

「私も初めてスキーをしたのが、ちょうど今のあやねくらいの歳だったんです」

「そう、弦二郎さんもスキーが上手でね。まああの頃はよくはやっていましたものね、スキー」

 と言うわけで、志水さんは「昔取った杵柄」と謙遜して言うけれど、どうしてなかなか、そのテクニックはまだ衰える様子がない。

 そして!

 先ほどチラリと垣間見えたが、坂ノ下もかなりの腕をもっていたのだった。


 昼食をご一緒しましょうと約束して、一行はとりあえずその場を離れていった。


「親方ってあんなにスキーがお上手だったのね。負けてられない! さあー滑るわよお!」

「そうだね、まずは初心者向けのコースから、だよね、由利香?」

「うん。いきなり急斜面はちょっと怖い。悪いけど最初の一本は付き合ってもらうね、椿」

 そんな会話をしつつ、2人はリフト乗り場へと向かう。

「いいっすよね、仲が良くて」

「うん、ちょっと邪魔したくなるよねえ。お邪魔しちゃおうかな」

「あ、俺も行きます!」

「まったく……」

 その後ろからはそんな会話をしつつ、後をついて行く3人。

 とりあえず、最初の一本は、なだらかな初心者向けコースから始まったようです。








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