07(修正前)
国道をわきにそれて少し行くと、ボロいアパートが在った。
ボロなのにそびえ立っているような威圧感がある。そんな変なアパートの二階の端が、瑠璃の家だった。
カチャリと鍵を回す。そしてドアを静かに開けた。
「ただいま」
一人暮らしだからお帰り、と返してくれる人はいない。これはただの癖だ。
が、リビングで黒毛の犬が一匹尻尾を振っていた。
名前はロウ。大型犬種の類だろうが、正直狼に近いと思う。けれど真偽の程は定かではない。なにしろ実家から
「役に立つから」と送られてきた犬だから。
それに変な能力持ってるし。
1LDKの家だから一人暮らしには広い方だとは思うが、それもこの犬がいなければの話だった。
靴を脱いでシャワーを浴びようと脱衣場へと歩く。
犬以上狼以下の動物の前を素通りして風呂へ歩いた。
『瑠璃。飯は』
ロウが脱衣場に入っていく瑠璃に聞いた。瑠璃は引き戸を閉める手を止めて軽く答えた。
「いらない。今なにか食べたら胸焼けしそう」
そしてぴしゃりと戸を閉めた。
ザーと雨が降る音がする。
瑠璃が帰ってきた時には雷がごろごろ言っていたから、少し降り始めが早かったな、と思うだけだ。
瑠璃はシャワーの蛇口をひねった。
途端に生温かい湯が流れ出る。それを頭から浴びた。
顔に張り付く髪の毛を払いもせずに落ちる雫を眺める。なにかを考えているわけではなかった。ただ眺める。それだけだ。
長いことそのままでいた瑠璃は、心の中で一言呟いた。
(……やばいな。思考が、止まる……)
ぼうと弛緩する頭を半ば無理矢理起こした瑠璃は、外の闇に気付いて焦った。
「うわ、もう夜じゃん」
急いでシャワーを止めて出た。大雑把に身体を拭いてそこに在る黒のYシャツと同じく黒のスラックスを着る。
少し水滴に濡れて身体に張り付いても、よくあることだから気にしない。この気持ち悪さにも慣れてしまった。
脱衣場に備え付けた棚に積まれたこの一式は、ようやく馴染んできた瑠璃の仕事着だ。
リビングへと戻り、窓際に無造作に置かれた二本の刀を取り、そのまま開けはなった窓から飛び出た。
いつの間にいたのか、ロウもするりと瑠璃の横に並ぶ。口に純白の仮面をくわえて。
『瑠璃。忘れ物だ』
「あ、ああ。ありがとう」
差し出された仮面を受け取る。涎などの汚れは一つも見あたらない。
目の所だけを切れ長に切り取られた装飾のない、本当に真っ白な仮面をしばらくの間見つめて、瑠璃は仮面をつけた。
仮面を顔に当てる。それだけの動作で仮面は固定された。
そして瑠璃は言う。
「さてロウ。行こうか」
『ああ。承知した』
それを皮切りとして、一人と一匹は闇を走り抜けた。
まだ夜の戦いは始まったばかりだ。






