05(修正前)
和哉の家、琴吹家は主要な国道から小さな道路に入ってすぐの所にある。
瑠璃、菫、和哉の三人ともが徒歩通学圏内にある同じ私立高校に通っているから、自宅から高校へは三十分以内で着ける。
そして、三人の中で最も遠いところに住んでいるのが和哉だった。
「というわけで、菫。小鈴ちゃんに宜しく言っといて」
「はい。それでは瑠璃。また明日」
「うん、またね」
なんとも厳めしい日本家屋を目の前にしての会話がこれだ。
普通は「おおー」だの「うわーすごい」だの漏らすのだろうが、菫はこれが当たり前だし、庶民感覚を持つ瑠璃はもう慣れてしまった。
こうも頻繁に訪れれば感嘆は薄れる。
しかし瑠璃はやはり庶民なので「いつかこんな豪邸に住めたら……」と思ってしまうのだった。
ちなみに、瑠璃の言う庶民は一般人のことだ。普通が一番と考える瑠璃である。
*
ピーンポーン
瑠璃がさて家に帰ろうかと踵を返した時、菫はインターホンを鳴らした。
その琴吹家は風情あり趣ありの純日本家屋だ。わびさびを感じる。
例えるなら、そう、温泉でカポーンみたいな? いや銭湯か?
――自分で言いつつ、わけ分かんないな。
と瑠璃は溜息をはいた。
*
何代か前の当主が“風情がある”という理由で門の横に鈴を置いていたらしい。
門を叩く代わり(今でいうインターホンの代わり)にそれを鳴らしてもらっていたそうだが、家に来た人は鈴がなんで置いてあるのかさっぱり分からなかったらしい。
当たり前だ。
苦情こそないものの、家の中は嵐だったそうだ。
結局、“時代に合わない”という家族の猛烈な批判に当主が耐えきれず、それ以来その当主以外の琴吹家の皆さんが言うところの“現代風”になっていた。
「どちら様でしょうか?」
いかにも良家ですみたいなきちんとした声の女性が出た。いや、偏見じゃないから。
「影島菫と申します。小鈴さんのお見舞いに参りました」
「鈴宮の者は一緒ではありませんね?」
わざわざそれを聞くところがいやらしい。
「はい。一人です」
「ではどうぞ上がって下さい」
「お邪魔します」と一言断って、菫は門を開けて中に入った。
それを確認すると、形だけでも数歩ほど道を引き返していた瑠璃は、塀に体を預けた。
もちろん琴吹の塀にだ。知ってる仲だからけっこう遠慮がない。
むしろあんなことを言ってくれてたわけだから、文句言うのはこっちだ。非難されるいわれなどない。
“親しき仲にも礼儀あり”という有名なことわざ(格言?)を脳内で削除する。
瑠璃はただじっと待ち人が来るときを計った。別に秘密でもなんでもない、中途半端に極めてしまった瑠璃自身の能力でだ。
(左の路地から三十歩、だな……)
意外と近いことに驚いたが、その路地の方向から何をしていたかおおよその見当がついた。確かコンビニがあったはずだ。
やはり妹思いな彼をくすりと笑う。
シスコンというほどではないが、それなりに彼は妹思いだ。否、人間思いと表現するべきか。
瑠璃は楽な姿勢になって目を閉じた。気配を殺し、ただ待った。
風が吹いて、瑠璃の髪に一枚の木の葉がついても瑠璃は取ろうとしない。微動だにしなかった。
時々風が吹いて木々が揺れる。どこからか流れてきた花の甘い香りがただよった。
(あと五歩……)
タイミングを計ってキモチゆっくりめに喋った。ついでに髪についた葉も落としておく。
「やあ、和哉くん。小鈴ちゃんは大丈夫?」
からかい混じりに一言、声をかけただけなのに、その人物はぎょっとしたように足を止めた。
しかしそれも束の間のこと。すぐに路地から姿を現した。
――風にうねりが生じる。
その中心が待ち人、琴吹和哉だった。
*
和哉は着物や浴衣が似合う男だ。つまり“和”が似合う。
目つきは鋭く冷ややかで、油断できないと周囲の人間に思わせる。
だが彼は見た目ほど怖くはない。むしろ傍にいると落ち着く。なごみ系と言われたこともあったか。
和の雰囲気がにじみでているらしく、良く言えば歳のわりに落ち着いてる。悪く言えば老成、もしくは老けてる。
そんなやつだが昔から仲良くやってきた幼馴染みだ。
驚かせるな、と和哉は先ほどの動揺その他を隠して言う。
それがモロバレだから和哉は和哉だ。なごみ系。
「相変わらずの精度のようだな」
「まあね。それよりコンビニでアイスを買ったみたいだね。小鈴ちゃんはどんな具合?」
瑠璃は和哉が提げているレジ袋を示すと、和哉は苦い表情になった。
「39度だ。本当にこれ以上熱が上がったら洒落にならんぞ」
「それなら心配ご無用。菫がさっき見舞いに行ったから」
瑠璃がにっと笑うと和哉はほっとしたように声を漏らした。
「良かった。菫のなら安心だ」
少し気が抜けたらしい。和哉は塀に手をついてそのままもたれた。
――ていうか『菫のなら』って。僕の治癒は安心できないってわけ?
「だが瑠璃。小鈴は今夜はもう駄目だ。俺は行けるが……」
「それも心配ご無用。僕に任せて」
「……済まないな。いつもお前には迷惑をかける」
俯いた和哉に瑠璃は慌てて言う。
「だ、だからゴメンはいらないっていつも言ってるだろ? 僕が好きでやってるんだから和哉は謝らなくていいよ」
「む。済まない」
「だ―――!『済まない』はもう聞きたくない――!」
再度謝罪を口にした和哉に、瑠璃は叫んで髪を掻き回した。
いきなりの叫びに和哉は驚いたらしく半歩ほど瑠璃から離れた。
いい加減聞き飽きたセリフだ。というか和哉はほっといたら無限に謝り続ける奴だ。
少しでも怒ってみせないと終わらない。
「むぅ。では、」
「では?」
瑠璃が掻き回していた手を止めて和哉を振り返ると、和哉は非常に言いにくそうにして、言った。
瑠璃の目が微妙に語ってたせいだ。
「……瑠璃。家にあがれ。話はそれからだ」
――和哉のくせに話をそらしたな。けど予定通りだ。
「いいよ。和哉の部屋ね」
「分かっている。では」
「おう!」
瑠璃は笑って手を振った。
和哉は肯いて、静かにに家に帰っていった。
そして待つこと一分。
瑠璃は影にとけていった。