04(修正前)
今は香月の花屋を出て和哉の家に向かっている。
しかし花屋に入る前とは違って二人の間に会話は存在しなかった。
瑠璃は困惑げに視線を泳がせていて、
逆に菫は楽しげに歩いていた。
――――原因は手に持っている花束にあった。
もとはといえば、香月が可愛い花を詰めに詰め込んでいたのに止めなかった瑠璃が悪いのだが、自業自得とは言いたくない。
結局あまりの大きさに菫は自分の花束を買わなくてもいいだろうということになってしまい、
最悪なことに、瑠璃は責任を取ってもらうと言われ花束持ちになってしまった。
――――そうしてかれこれ一時間が経つ。
「ねえ菫。いい加減持つの代わってもらえないかなー。手が痛くなってきたんだけど」
「いえもう少しですから頑張って下さい。大丈夫。瑠璃ならできます」
「いや、そういう事を言ってほしいんじゃないんだけど……」
顔をしかめる瑠璃にもどこ吹く風な菫は、相変わらず瑠璃の数歩前を歩いている。スキップでもしそうなくらいなのでよほど機嫌がいいようだ。
先程からこんな調子なので、外で待っている間に何か変な物でも食べたのかと瑠璃は柄にもなく本気で心配した。
失礼かなと思ったのでもちろん口には出していないが。
「でもさ。結局は菫が持って行かなきゃいけないんだから、今持ってもおんなじ事だよね? というわけでこれ持って」
女性に荷物を持たせるなんて許すまじ、と思われるだろうが疲れたものは疲れた。
両腕に収まりきらない巨大花束を菫に差し出す。
実は今にも二の腕の筋肉が痙攣しそうで本当に限界なのである。
限界と言えば、道行く人々の奇異なものを見るような視線もも限界だった。
視線を浴びてこんなに気まずい思いをしたのは初めてのことかもしれない。
まず先を行く菫の容貌にくぎづけとなって、その後ゆさゆさ揺れる歩く色とりどりの花々に目を剥くのだ。
そして花に隠された瑠璃の姿を認めると、一様に疑問の眼差しを送ってくるのだから瑠璃はもう疲れていた。
すれ違う全ての人に大した意味もなく「違う。違うから誤解しないで」と目で訴えていたのだから当たり前だ。
伝わったかどうかは置いといて。
とにかく充血してるんじゃないかというくらい目が痛かった。
そんな知られざる瑠璃の苦労が伝わったのか、菫は考え込んでいた。
「うー。なんだか尤もらしく聞こえない事もないですが、……あと百メートルですからね。代わりましょう」
「うん、ありがと」
にっこりと笑って手渡した。
残り百メートルでは大して変わりはしないが、腕をほぐせる。
急に重みを感じなくなった両腕を空へと突き出し、伸びをする。
有り得ないくらいの音量で「ばき、ぼき」と骨が鳴ったのはご愛嬌で。
しかし荷物が鞄しかなくなると意外なくらい軽く感じられた。ちょっと物足りない。
よっこらせと美少女にあるまじき台詞で花束を持つ菫を見て、瑠璃は少しの罪悪感に捕われた。肩から提げられた合皮の鞄は花束を持つには邪魔そうだ。
「鞄くらい持つよ?」
「……お願いします。さすがに二つは無理だと思い始めたところでした」
「りょーかい」
菫の肩から鞄をはずして自分の肩に掛けた。ずしりとした重みが腕にキタ。
「うわ、僕のより重い」
瑠璃が感心して呟くと、菫は心外だというように頬をふくらませた。
「当たり前です。瑠璃はルーズリーフしか入れていないでしょう? それなら誰だって瑠璃より重いです」
「そうなんだけど。……いやそうじゃなくて」
首を傾げた菫に瑠璃は苦笑を返した。
「何を入れてるの? これ普通の重さじゃないよ」
見れば瑠璃の肩に鞄の紐が食い込んでいる。
しかし菫はきょとんとしていた。
「なにって、教科書やノートや辞書、それとポーチ。……これくらいですかね。ほかの女の子と変わりないと思いますよ?」
辞書かよと瑠璃はかなり頬を引きつらせた。
菫のことだからかなりの確率で紙の辞書だ。どおりで重いわけだ。
「じゃあ気のせいなのかな」
花束の代わりに菫の鞄を持つ。重量は変わりないなんて詐欺だ。そう言ってしまいたかったが、これ以上弱音を吐くのは男のプライドが許さなかった。
「はい。瑠璃の気のせいです」
「そ、そうなんですか……」
「そうなんです」
瑠璃は滝のような冷や汗をかいていたのだが菫は笑っていた。
そのあとはもういつも通りに近況などを喋り合った。女の子のペースに合わせて歩くと少しの距離も長く感じるものだと思っていたのに、いつの間にか和哉の家に着いていた。