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03(修正前)

瑠璃は菫と他愛のない話をしながら知り合いが経営している花屋に向かった。

もちろん小鈴ちゃんという可愛い妹分のお見舞いに花を買うためだ。瑠璃は見舞いには花束と自分でもよく分からない妙なこだわりがあるのだ。


「……なんだか雨が降りそうですね。折りたたみ傘、持ち歩いて正解です」

「そうだね。けど、予報では雨は降らないって言ってたよねー」

「そうでしたか? 今朝は少し寝坊をしてニュースを見ていないので何とも……」

「へえ? 菫が寝坊するなんて珍しいね。明日は雪かな」

「もう、瑠璃ったら。そんなことあるわけないじゃないですか」


くすくすと瑠璃は笑う。ぽっと頬をあかくする菫がいかにも女の子で可愛らしかった。あかくなった意味は知らないが。

見た目は大人びているのに、手を大きく振ったりする仕草は年相応というか。

ものすごく絵になる。画家とか絵描きとか写真家とかがいたらこぞってモデルをお願いするんだろうなと本人を前にして場違いな感想を持った。

だが、いじってやりたい。瑠璃の黒い欲望が鎌首をもたげたが、その前に花屋に着いてしまった。


「残念。ちょっと早かった」


花屋はごく一般的な洋風の家だった。二階建ての庭付き。多分50坪。普通で最近はやりのような一戸建て。

だが庭は一味も二味も違う。素人目に見ても、どこの庭園だと言いたいくらい完成された花園だった。さすが花屋。

だが中が花屋だとは誰も思わないだろう。ご近所さんも多分知らない。

看板がなく、ドアが閉まっているせいでもあるし、出入りできるのが限られた人間だからでもある。


「じゃあ菫。悪いけど外で待っていてくれる?」

「? はい、分かりました」


菫はその言葉に小さく首を傾げたが、瑠璃が入り口の扉を開けて少しのぞいてみる。そしてすぐに肯いた。

見える限り、歩く場所はなかった。



    *



瑠璃はある意味外見とは裏腹な花屋に入っていった。玄関、というものはない。家を買った際に床を全てフローリングに変えてしまったせいだ。

アメリカ風にリフォームしたのかと言ったのだが、単に仕事のためらしい。

最初は戸惑いも覚えたものだが、今ではこういうものだと納得している。改装してわざわざ靴を脱ぐような作りではなくなったのは、正直ありがたい。

なんせここは少しかがむスペースもないんだから。


だがまあ、これはこれできちんと職業に専念しているのだろう。文句は言えない。

見た目は普通の民家でも、中はきちんと花屋だ。

妙なところで潔癖性を発揮するんだから。……と瑠璃は嘆息した。



    *



それにしても、この店はもうどうなってるのか。

瑠璃としては『店長の潔癖性が高じすぎたのだろう』と思いたい。ほかに理由があったら問題だ。

床には切り花が入ったバケツが所狭しと並べられていて、通路の床には異様な存在感を見せる観葉植物などが行く手を遮る。


いったいどこのジャングルだ。頭が痛くなる。


狭い通路に置かれた草花が葉や花を存分に自己主張するせいで、瑠璃はそれらを掻き分けて進まなければならない。

明らかにこれは店ではない。ただの物置だ、植物園風の。



    *



「うわっと、危ないなー」


瑠璃はなにげなく天井を見て、慌てて頭を低くした。

天井からボール状の何かが吊り下げられ、そこから色とりどりの花が飛び出していたのだ。


「なぜボール……」


そのまんま過ぎるが、やはり敢えて言うなら『花のボール』なのだ。お粗末な瑠璃の脳みそから弾き出された比喩はコレだ。仕方がない。


ガーデニングの雑誌かなにかで見たことはあるのだが、正式になんというかは忘れてしまった。

おかげで見た目から名付けることでしか表現できなかったわけだが、所詮瑠璃のネーミングセンスはこの程度だ。自覚はしている。


けっこう昔に散々言われ続ければ誰だって自覚はするさ。そう思い出を振り返り遠い目をした瑠璃は、ゴツンとバケツを蹴ってしまい我に返る。足下でバケツの縁から水が溢れそうになっていた。


物思いに耽ってると大惨事になりかねないな。


瑠璃は慎重に足を踏み出した。



    *



そしてまた変わらない内装を見ていく。

元は廊下だっただろう通路を行くと大きな部屋がある(多分リビングだった場所だ。ドアはついていない)。

そこには大きなガラスの保冷ケースと、作業台だけがあった。

二つだけと聞けば殺風景に思えるかもしれないが、冗談ではない。

ここは何もかもが規格外すぎる。世の中にあんな大きな保冷ケースがあるのかと叫びたい。

20畳は軽く超えると思しき元リビング。その入って右手に、異常な存在感を見せつけるそれはあった。


ここは切り花も大量に揃えてあるらしい。……と瑠璃は現実逃避してみた。壮観な眺めだが、やはり異常だ。

とことん客を考慮しない店に呆れつつも、瑠璃は部屋を横切った。

ついでにこの室内を異常にしている保冷ケースを見やる。


でかすぎる。


バカでかいと言っても足りないくらい大きい。


それでケースの中に入っている切り花が少なかったら拍子抜けする程度だったはずだが、ひっそりと佇んでいるような中の花々はおびただしい数なので、大きさと量の釣り合いはとれていた。

まさに壮観。部屋全体を圧迫しているように見えた。それに彩りが目に痛い。

赤、黄、ピンクに白の可憐で華やかな花々。黒や緑、青の静かに存在を誇示する花々。名前も分からない花がとにかくたくさんある。

瑠璃はそれらを眺めてげんなりした。


だがこんな変な部屋にも良いところはある。物が少ないことだ。通路とは違って歩くのに邪魔な物がない。異様な存在を無視するとではあるが。

瑠璃は作業台の奥、横一列に並べられたパキラ(この名前は店長に教わった)の鉢植えを一つ掴み、どけた。

背の高いパキラがあるせいでよく見ないと分からないが、そこには店長のプライベートルームがある。木目がきれいな扉には白の可愛らしいプレートが掛けられている。


『香月の家』


毎度のことながら、これを見るたびに固まってしまう。

中途半端なツッコミ精神がうずくのだ。家なのか、アレは家なのか、と。

だが丸文字のレタリングはなごむ。瑠璃はひとときのほやほや気分を味わった。



    *



コンコンコンッ。


一応マナーとしてノックをする。そしてためらわず開けた。鼻孔に懐かしい木の香りが届く。


「香月さーん。いますー?」


瑠璃はのんきに言った。だが探し人は現れない。返事も帰ってこない。

はたからは棚に話しかけてるように見えるんだろうな、とのんびり思った。

木の香りに満ちている室内は、棚に占領されていた。目の前には棚の縦列。壁は全て棚が埋めている。

到底『家』と呼べる代物ではない。


もともと空き家になっていた物件を花屋に改装したのだ。図書館ができるほど広い部屋があるわけない。

高いとは言えない天井の部屋に、こうも棚ばかりが所狭しと並んでいると、なんだか息苦しい。


この木製の背の高い棚たちは図書館のように理路整然としている。だがその隙間は僅か30センチ。カニ歩きでもしなければ通れない幅で、体ごと振り返るのは不可能だ。

ちょっとでも棚にもたれると倒してしまいそうで、正直おそろしい。なにが恐ろしいかって、店長の雷がだ。

棚の数のわりに並べられた本はまばらで、下手をするとがら空きの棚もあるんじゃないかというくらい。

多分、一つ倒すとドミノ倒しのように崩れるだろう。


だがやっぱり香月さんだなーと少し安心した。

なんだかんだで世話になっている人だ。ず――っとこんな調子なので、今ではこれが当たり前。逆に変わってしまうと自分はがっかりするだろう。そんなことを思って、瑠璃は小さく微笑んだ。



    * 



耳を澄ますとかすかに人間の音が聞こえる。微かな息づかいと、小さな震えが、瑠璃の五感を刺激する。


――いる。


「……瑠璃くん?」

「はーい。今日は何処にいるのかな?」


言ってみただけだ。

瑠璃は別段、探しているわけではない。棚の隙間をのぞいても香月の姿は見えない。

姿が見えないのはいつものことだ。幽霊みたくどこからか声が聞こえるのもいつも通り。

棚を押し退けて探すのもアリだが、間違いなくドミノだし、何より無駄だ。


瑠璃は香月が現れるのを待っていた。





待つこと一分強。


ぼーとしていた瑠璃は突然首筋に温かい吐息がかかった。

別に驚きはしないよ。なんてね。


「香月さん。いたなら普通に返事をしてよ。驚く」


そう言うと瑠璃の背後をとっていた香月、この花屋の店長がぶすっとふくれた。

「おどろいてないくせに」と呟いていたのは気のせいと思うことにする。


「あたしの生き甲斐はたまに来た瑠璃くんから一本取ることなんだからね。一度でいいから驚かせたいのよ」


店のどこかに隠れていたらしい香月は、その立ち位置で背に花を背負っているように見えた。

(いわゆる少女漫画のアレだ、アレ)

というか、香月がちょうど妙にリアルな花柄の服を着ているせいでもある、と思う。

やけにそれがお似合いなのが不思議なところだ。とっくに三十路を過ぎているはずなのに。

恋する乙女は永遠の少女、という柄でもないはずだが。

思っていても口はつぐんだ。女にこの類の話は禁止タブーだと知っている。

今まで何度もその話題をして踏み倒されていった男どもを見ているのだ。奴らと同じ轍は踏まない。

ていうか恋愛してるのか? この人。


内心の疑問は押し隠して、とりあえず瑠璃は苦笑する。


「それより香月さん。和哉の妹が熱出したんで、なにか綺麗な花を見繕って下さいね」


瑠璃は香月の後ろの切り花をさす。


「そっか、お見舞いかー。どうりで大人しいわけだ。……いいけど」


その言葉の意味がわからずに首を傾げると、香月はなんでもないとばかりに首を横に振った。


「……毎度毎度のことだからもう何も言わないけどね。一度くらい見舞いの花、自分で選んでみたら?」

「いやだな香月さん。僕に花の見分けがつくわけないでしょ」


あはっと愛想笑いをする瑠璃を見て香月は呆れたように言った。


「もう少し努力すればいけると思うんだけどね」

「どういう事?」


聞き返した時にはすでに香月は花を選び始めていた。

瑠璃は慌てて「小さくて可愛い花束にしてね」と言った。見舞いなんだから仰々しくては困る。

しかし香月の目には自分の花束図しかない。結局は香月の好きな花束ができあがるのだ。

瑠璃は溜息を吐く、なんて事はせずに、花束ができあがる過程を眺めた。



そして後悔した。



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