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02(修正前)

小さな身体をひょこひょこさせながら渡月が壇上に立つと、ざわついていた教室内がしんと静まりかえった。いつものことだ。存在の迫力がありすぎる。

それを少し気まずげにしながら、渡月は言った。


「明日のことなのだが……」


渡月は生徒の注目をひくように、少し間を開けた。そんなことなどしなくてもすでにみんなくぎづけだが。


「明日このクラスに転入生が来るから、みんな宜しく頼むよ」


その言葉は爆弾相当の衝撃を持っていたようで、瑠璃以外の生徒全員が固まっていた。

瑠璃が固まらなかったのは単に理解がついて行かなかったからで、驚かなかったわけではない。


「――――――――え、うそ」


むしろこのなかにいる誰よりも驚いていた。




 *




誰かが勝利の雄叫び(瑠璃にはそう聞こえた)を上げ、拍手喝采、涙もぽろり。

いつからお祭りになったんだ、と問いたいくらいのどんちゃん騒ぎが始まった。別名混沌(カオス)ともいう。目に入れたくない光景だ。

誰が好きこのんで涙ながらに抱き合う男どもを見なきゃならんのか。


ぽかんとした瑠璃は、にこにこと微笑む渡月を見た。



渡月はそのどんちゃん騒ぎに巻き込まれないうちに「もう用はないから各自安全に気をつけて下校するように」と言ってドアに身体を向けた。


(ちょい待て、とかげちゃん。話はそれだけ?)


瑠璃が教室からそそくさと去ろうとしている渡月の背を睨んでいると、その視線に気付いたのか渡月はくるりと振り向いて、微笑んだ。

意味が分からず唖然とする瑠璃を置いて、渡月は姿を消した。



どんちゃんが疑問の嵐に変わるのはすぐのことで、渡月がすでに教室から消えているのでクラス中が委員長が質問攻めにしていた。

転入生の知らせを聞いて喜んでいた委員長は、気の毒にも、興奮状態にあるクラスメートに囲まれて抜け出せなくなっていた。


暑苦しい空気に辟易していた瑠璃は、ふいに肩を肘で突かれた。

けっこう痛かった。といっても、大したことはないのだが。

むっとしてその突いてきた男子生徒を睨んだが、ソレは気づかなかったようで輪のなかにまざっていった。

興奮していたせいで周りが目に入ってなかったんだな、と結論づける。

だが瑠璃の苛立ちは加速した。

ただでさえうるさくてイライラしてるのに、肘をぶつけられたのだ。やっぱりむかつく。


余談だが、渡月は神出鬼没と言われるほど見つけるのが困難なのだ。職員室にある机には随時「散歩中です」の張り紙があるくらいだ。授業やホームルーム以外の校内で渡月を見つけた者は皆無に等しい。一応、その片手でも余るくらい数少ない例外のひとりに瑠璃は入っていたのだが、それも余談だ。



「転入生って知ってるのか木内!」

「男か!女なのか!?」

「知らないって! 私も初めて聞いたんだから!」

「じゃあ名前は!? とかげちゃんの机にあるだろ?!」


委員長が力なく精一杯否定してもその他大勢の喧噪は続く。ちなみに委員長の名前は木内というらしい。今の今まで知らなかった。


面白みのない質問。変わりようのない答え。誰もがまだ見ぬ転校生について理想を語る。


――――つまらない。


そして、うるさい。


しかめ面をして教室を眺めた。

グループの大小の違いはあれど、みんな楽しそうにはしゃぐ。


見たことのない光景に瑠璃の心に戸惑いと、もやもやとした何かが渦巻いた。

瑠璃は首を傾げる。よく分からなかった。なぜか、分からない。もどかしく思いつつも、理解したくはなかった。


はっとして拳を固く握る。いったい何を考えているのだ。

なにかが、むかつく。


委員長の叫び声も相まって、騒がしさがピークに達したようだった。同時に瑠璃の苛立ちもピークを越えた。

ガタンと音を立てて席を立つ。

瑠璃にとってうるさいだけの雑音を背にし、一人鞄を掴んで、ドアを開けて教室を出た。

ドアを隔てた向こう側では依然として誰もが楽しそうに希望を膨らませていた。


廊下に出た瑠璃はひんやりとした涼しさに包まれた。思わずくすっと声をもらした。

あの程度のことで少しでも取り乱した自分がバカらしかった。

だが、まだ燻り続けている。


しみついた癖で気配を探ると、ひとつ、引っかかった。

へぇと感心して、嗤う。間違えただけだろうけど、少しおどかしても罰は当たらないよね。


にやりと笑うと、名前が呼ばれた。よく知っている女の声だ。


「瑠璃。帰るなら一緒に帰りましょう?」

「……待ってなくても良かったのに。和哉は?」


瑠璃の死角から姿を現したのは、幼馴染みとも言える(すみれ)だった。

見た目は人形のように完璧な美貌の少女だ。清楚、可憐という言葉は菫のためにある、といっても遜色ない。

だが瑠璃は気づいた。

近づいてくる仕草と、声が固かったのは、多分気のせいではない。

だが約束を破る方が悪いのだ。瑠璃はにこりと微笑んだ。

瑠璃の微笑みを見た菫が一瞬びくりと身を震わせたが、それを取り繕うように菫はにこりと笑った。少し引きつっていたのは見ないフリだ。


一応の及第点は与える。今度は黒く見えないようにきちんと微笑みを作った。

菫はそれに気づいたらしく、おずおずとだが微笑んで、桃色の美しい表情が浮かぶ。


瑠璃は空中分解しかけた質問を拾って、もう一度問いかけた。


「和哉と一緒じゃないのは珍しいね。なんかあった?」

「ええ。『悪いが今日は妹が熱を出していてな。先に帰らせてもらう』だそうです」

「ふーん、なるほど。小鈴ちゃんが熱かぁ。ていうか和哉って意外と妹思いなんだね」

「そうですね。前にも『俺の妹は世界一のツンデレだ』と言ってましたし」

「あはは。似てる、その声。本物の和哉みたいだ」

 ていうかそれ、妹自慢じゃないよね?


瑠璃は和哉の似合わない発言と菫の天然に思いきり吹き出した。楽しい雰囲気を作ろうとしたのだが、思いの外面白いことを聞いてしまった。

菫もつられて楽しそうに笑う。


「本当ですか? あまり嬉しくないですけど」


ちょっと失礼な発言はやっぱりご愛敬ってことでスルーだ。男らしくスルーしよう。


「そう? 女の子でそんなに低い声が出せるのは貴重だと思うよ?」


そう言って瑠璃は一人肯いた。


菫と並んで歩きながら、瑠璃はここにいない友人を思い返した。

和哉は渋い良い声をしている。時代劇とかで主役をやっていそうな感じだ。本人を前に老けてるとは言えないが、瑠璃と並ぶと同い年に見えないのは確かだ。

老成しているとでも言えばいいのだろうか。

ともかくも瑠璃は子供みたいな甲高いアルトだから、実は和哉が羨ましかったりする。


だが、周りの人は瑠璃の声をこう評する。心の中にすべりこんでくるような声だ、と。

良い意味でも、悪い意味でもだ。


瑠璃はそれを知らない。

そういえば、と菫にきりだした。


「菫。小鈴ちゃんのお見舞い行かない?」

「ええ帰りに寄ろうと思っています。……瑠璃の分のお花も預かりますよ?」


遠慮がちに言う菫に、瑠璃は苦笑いを返した。


「ありがとう。助かる」

「いえ。瑠璃は出入りを禁止されていますから……」

「そうじゃなくて……」

「何ですか?」


菫は首を傾げる。その仕草を視野に入れて瑠璃は顔が赤くなったと自覚した。

慌てて顔を背ける。


「どうかしましたか、瑠璃?」

「い、いや。何でもない」


そう答えるのが精一杯だ。



瑠璃は溜息を噛み殺して重い足を動かした。

空はどんよりと曇っている。




晴れならこの身を眩しく照らしてくれるのに。灰色の空を見つめ、瑠璃はそう思った。



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