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始業にはまだ時間があったが、クラスにはほとんどの生徒がすでにいた。普段は遅刻が多いにも関わらずだ。
よほど転入生が気になるのだろう。皆そわそわと落ち着いていなかった。
「ふぁ〜くぃ〜」
瑠璃は大きくあくびをした。すると隣の席の石井が言った。
ボーイッシュな女子で男女問わず友達がたくさんいる人で、石井はにたにた笑っていた。
「相変わらず変なあくびだねぇ。姫ってば」
「姫って呼ぶな。変態」
「う、そっちこそ変態言うな!……まあ姫より変態の方がマシな気がするけど」
「それ。もしかしなくてもケンカ売ってるよね?」
「い、いや気のせいでしょ!それより、転入生ってどんなんだろうね?」
瑠璃がわざと目を細めると石井は慌てて首を横に振った。
変態云々はスルーしよう。何故か石井は瑠璃を『姫』と呼ぶのだ。
無理矢理話を変えた石井だが、その内容はこのクラス全員が思っていることだった。
期待に胸膨らませる石井を瑠璃は一刀両断した。
「案外石井さんみたいな変態かもよ」
「う、それは困る。私は変態じゃないけど」
「…………」
瑠璃は顔をしかめた石井を見て、また正面に戻した。
「ちょ、ちょっと!なんで何も言わないわけ?!」
「めんどい」
目くじらをたてる石井を置いておいて瑠璃は寝ることにした。
うつぶせになると石井が顔を覗き込んできた。
「昨日遅かったの?」
「まあ、ね。二時間しか眠れなかった……」
「ふぅん、そーかそーか。とかげちゃんが来たら起こしてあげるよ」
「うん、頼む……」
目を閉じるとすぐに瑠璃はまどろみ始めた。
昨日(というか今日)は嫌な夢を見て眠れなかったのだ。
一度起きてしまうと変に目が覚めてしまって眠るに眠れず、結局読みたくもない本を読んで夜を明かすことになったのだ。
やはり昨晩の疲れが溜まっていたらしく、瑠璃の意識はすぐに沈んだ。
***
さわさわ、と葉がすれる音がする。鳥が鳴く声も。
桜が満開に咲いている。
舞い散る桜の花びらを掴もうとしても、掌に花びらは残っていない。いつも掠めて通り過ぎてしまう。
桜の木に囲まれた広い野原の中央に、そこに瑠璃は在った。
懐かしいと思うと同時になにか違和感が走り抜ける。
「……何だ――――?」
呟くと一層その違和感が増す。
頭の中で警鐘が微かに鳴っている。
身体が自然と緊張していき、周りの空気によく馴染むとようやく瑠璃は悟った。
違和感の正体は殺気だった。
瞬時には気づかない程度の、静かで激しい殺気が、瑠璃に向かって放たれている。
敵の位置は何故か分からなかった。
殺気は辺り一面から放たれているように感じられた。
そんなことはないはずだと瑠璃は自分に言い聞かせて殺気を探るのだが、焦点を絞るとすぐにぼやけてしまうような感覚があった。
突き刺さるような頭痛のせいでもある。集中しようとしても鈍い痛みに途切れてしまった。
正直何がなんだか分からなかったが、隙を見せてはいけない。
瑠璃は虚空を睨み据えた。
そんな時だ――――
声が聞こえたのは。
『…………貴様は真に価値ある者か、否か――――』
***
「……り。瑠璃!起きなよ!と、とかげちゃんが!!」
パシン、と頭を叩かれた瑠璃は驚いて跳ね上がった。
「うわ!……って、はぁ。ビックリしたー。驚かさないでくれる?」
「お、驚いたのはこっちだって!もっと普通に起きてよね!」
「うう、うるさいなー」
「はい、そこまで。二人とも静かにね、転入生を紹介するからね」
トンと教科書で頭を叩かれると、瑠璃は頬を膨らませてとかげちゃんを見上げた。
「……けち」
「意味が分からんよ。それじゃあ玖珂くん、入ってくれ」
とかげちゃんは教壇へと戻ってドアの向こうに促した。
瑠璃は隣で笑っている石井を恨めしげに見やった。
ガラッとドアが開いて転入生が入った。途端にざわついていた教室が静まりかえった。
キュッキュッと上履きが擦れる音だけがする。
不審に思って瑠璃はその転入生を見て、即座に固まることになった。
黒い髪はふわりと風に踊っていて優しそうなのに目元は鋭い。
つんと顔を上げてそいつはクラスを眺めると、ふいに目を細めた。
愉悦の色が見えたのは多分瑠璃だけだ。見て確認しなくてもクラス全員が突然の変化に唖然と見惚れているのは間違いない。
「玖珂冬流と言います。よろしくお願いします」
打ってかわった優しい瞳と雰囲気に生徒は皆、玖珂を『見た目は怖そうだけど本当は優しい人』と認識したはずだ。
つまり見た目損な普通の人だと。顔の秀麗さは普通ではなかったが、とにかく玖珂はこれから何の問題もなくクラスに馴染んでいくだろう。
瑠璃は内心毒づいた。
「はい、というわけだから。席は一番後ろの窓側ね。何かあれば前の鈴宮くんに聞けばいいから」
「はい、ありがとうございます」
少し玖珂は頭を下げて瑠璃の方へと向かってきた。正確にはその後ろの席にだが。
「よろしくね」と微笑んで玖珂は瑠璃の後ろに座った。
憎々しげに瑠璃が振り返ると玖珂は一端不思議そうに首を傾げてからまた微笑んだ。
玖珂を盗み見ていた周囲の女子が黄色い悲鳴を上げた。
だが瑠璃はそんな周りの事など目に入らなかった。
ただ目の前の微笑みが勝ち誇ったように見えて仕方ない。
瑠璃はこの転入生を知っていた。
四年前、瑠璃が中一だった頃に僅かだけ見かけた。
そしてある事件によって、玖珂冬流は死亡した、はずだった。