第10話(バレエエッセイ第50話)・先生との面談で悟ったこと
350万円でも安い会場に入るのか。調べてみたら本当にそのとおりだった。フェスティバルホールなど由緒あるところだと、令和4年現在、1日借りて220万円、1時間延長で20万円。公演当日早朝に幕や道具類を搬入すると借りて置くだけでも10万円。公演前日夜だと深夜仕込みといってそれだけで50万円かかる。
しかし、さがせばもっと安い会場もあるはずだ。これも調べたら、市民ホールでそこに在住している人が使うなら安くしてくれたり、20代や学生に限って激安で貸してくれるところがあった。観客を無料で入場させるなら安いというところも。でも安いといっても会場を借りるだけの費用のことで後で音響や照明費用、道具類を扱うスタッフさんの人件費も上乗せされる。
それで安いホールで350万円なら、その上にバレリーナ達のお給料や振付家のお礼などとても払えない。よって公演はできない。
あきらめの悪いわたしは、それでも、もっと詰めるつもりで面談を申し入れた。あきらめが悪いうえにコミュ障のわたし、いいところゼロのわたし。
夢が萎んでいくのを実感しているわたし。でもやっぱりバレエにかかわりたいわたし。
世間にはわたしがバレエが好きでもいいと許してもらえるだろうか。
C先生の面談はとても緊張した。時間通りに先生のところに伺うと、笑顔でレッスン場のすみに場所をとっていただいた。うしろはバレエ衣裳の倉庫になってチュチュが何着もぶらさがっている。良い場所だなあと魅入った。
ただ公演の開催について、結論からいうと成立はしなかった。理由は費用のこともあるが、公演する内容による。
特に「あほばかしね」。
虐待という社会的にも注目されるテーマをバレエにするのはかなり勇気のいること。
文学界でも無名がやるなら誰も文句は言わないだろうと思っていたが、クラシックバレエ界では貴族的かつ優雅なイメージの損壊につながる恐れがある。これを率先して踊りたいと言うバレリーナをさがすのは難しいのではないかと。言い方は優しかったが、先生のような実力者がいうと、あほばかしねを踊ってくれる人はいなさそう……ショックだった。
いや、先生の方が読んで虐待ものをバレエでやるのってショックを受けられただろう……わたしが悪いのだ。C先生はとても良い人で、一応コリオグラファーに申し入れもしていただいた。が、断られたとのこと。
C先生が言葉を選んでおっしゃっておられたのは、すごくわかる。そしてクラシックバレエ界を担う立場でもある。だからバレリーナの経歴のことまで心配されている。それが伝わってきた。そのうえでこうおっしゃられた。
「果たしてこういう虐待を扱う作品をクラシックバレエで見たがる人がどのぐらいいるだろうか。少なくとも虐待を受けた当人や関連する人は見たがらないだろう。それを思うとバレリーナに踊ってくれと推奨できない」
舞台を手掛ける人として当然の言葉だろう。その上でこうもおっしゃった。
「この作品の話を持ち込まれたことも、人には言えません」
わたしは頷くしかなかった。実際に大勢のバレリーナやダンサー、舞台芸術に関係する人々に接する人からこういった言葉を聞く機会はなかなかない。わたしは今、貴重な経験をしている。
わたしはC先生によく考えてみますとその場を辞した。
C先生の話で、金銭面に加えて踊ってくれるバレリーナの情緒面や観客のことも考えねばならない。わたしだけが見たい舞台になってしまうのも問題ありだ。そのため、いったん舞台を主催することは白紙に戻そう。そう決めた。