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第24話・ヌレエフと森下洋子


今回は日本バレエ史で昭和を経て令和の今なお燦然と輝くバレリーナ森下洋子さんの話。以下は敬称略。有名なので個人情報が公開されています。ウィキペディアによると千九百四十八年生まれ、昭和二十三年ですね……令和二年の本年で七十一才になられます。

 世界的に有名になったのは、まずヴァルナ国際バレエコンクール(以下バレコン)で金賞をとってからです。彼女は受賞前から期待されており天才バレリーナとして国内の雑誌に出ていました。ヴァルナで賞を獲ったら実力はもう折り紙つきです。ヴァルナはブルガリアで行われる今もなお著名なバレコンですが、森下は日本人としての初受賞でした。このコンクールはスイスのローザンヌと違って夏の季節にやるとはいえ、野外の劇場で行われます。天候にも左右されるうえに、ダンサーにいくつもの課題が課せられ体力や精神力も試される過酷なコンクールです。いや、ローザンヌだって寒い季節にやりますからね……出場者は大変です……私のようにぬくぬくと屋内の冷暖房完備のお教室で趣味で踊るのと違う。世界に通じるプロは最初からどんなストレスでも大丈夫かどうか、こういうコンクールで試されるのかもしれませんね。


 また話がそれました。森下は若い時からこうして国内のバレエブームを起こしけん引してきました。テレビや雑誌などのメデイアによく出ており、当時の世代の人々にとっては、バレリーナといえば、森下洋子です。この人がいなければ、母もバレリーナの存在すら知らなかっただろうし、私にバレエをさせなかったでしょう。だから森下は間接的に私のバレエ道の最初の道しるべになった人でもあります。


 森下はプロとしての公演をこなしながらも、国内バレエの啓蒙を地道な努力でしました。パーティーの余興どころか、寒村の小学校のふきさらしの体育館の中でポワントをはいて踊ったのです。なぜ知っているのかというと、「森下洋子なら小学生の時に私も見た」 と教えてくれた人がいるから。その場所を聞いたのでわかりますが、そうやって過疎地まで足を伸ばしてバレエを見たこともない子供たちのために、踊っていたわけです。教えてくださった人の年齢から逆算すると、当時の森下は三十才すぎ。ヌレエフと組んで世界中で公演をして、いろいろなバレエ団からプリマになってくれとオファーがきたものの、断っていた時期です。日本の松山バレエ団を拠点に活動していた時期と合致する。多分地方公演のついでで学校を回られたのだと思う。平らなところで、相撲場所のように生徒たちが森下をぐるりと囲んで体育会座りをして眺めたらしい。トウシューズを履いていたのかと聞くと、履いていたという。体育館床でトウシューズ……信じられないが、トウシューズがめずらしくて足元ばかり見ていたので確かだという。演目は覚えてないという。白鳥の湖かな、というと、そうかも、と。体育館の床はワックスがかかっているだろうし、一歩間違えたらすべってしまう。豪胆だなあ。ポワントで床に常に「垂直に立つ」 という基礎ができていればこその技ですが、彼女はバレリーナとして一番アブラが乗っている年で、踊るに適応しているとはいえぬ学校の体育館で、ポワントをはいてバレエを知らぬ子供たちに見せていたわけです。

 バレエとは当時は珍しくて小学生のほか、保護者も見に来ていたといいます。公演でもなく、舞台でもないところで踊るとは大したものです。謝礼も多額ではなかったでしょうしね。

 


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 で、話に戻します。ヌレエフと森下の出会いの話。まずヴァルナ賞を獲ったあとすぐに帰国せず、あるスタジオに姿を現しました。二十六、七才のころでしょう。レッスンを見た先生はつま先に問題があると指摘、明日も見てあげるからいらっしゃいと時間指定をしました。森下は指定された時間よりも数時間早く到着し、子供クラスから受講したという。

「つま先に問題があると先生がおっしゃいましたから」 

 その先生は「ヨーコは基礎の大切さを何より知っていた」 と回顧する仮に国際的な受賞者でも百パーセント完璧に踊れる人はいない。受賞はゴールではない。始まりだ。森下はそれをよく知っている。先生もそんな森下に好感を持つ。縁があり、森下もその先生が主催するモナコの学校に国費で留学、そこでヌレエフと出会う。縁は見事につながった。ヌレエフは森下がいるレッスンを眺めて宝物がいると言う。宝物イコール森下。天才は天才を見出しあう。数日もたたううち、ヌレエフは真夜中に先生に国際電話をしました。

「代役が必要だ。先日見かけた例のあの子と踊るから段取りつけて」 

 このヌレエフという男は周囲の事情や心情に頓着しない。己の思い通りに周囲が動いてくれることを信じて疑わぬ。天才は人を動かす。真夜中に電話を受け取った先生はあわてるが当時の森下も忙しい。ヌレエフはアメリカ、先生はモナコ、森下は中国公演中。でも何とかなった。

 以来ヌレエフは森下をパートナーにする。当時ヌレエフは推定四十才。彼は森下を評して、何も言わなくても思い通りに踊ると言わしめました。これはすごいことだと思いますよ。パドドウでも相当に相性があったと感じます。縁を感じますね。続きます。


 ※ 著者注、参考文献 文園社バレリーナへの道Vol48、マリカ・ベゾブラゾブァのインタビュー記事



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