第21話・場当たり
著者注:場当たりという単語は一般的に、計画性のない方法もしくはアドリブ的な行動を指します。が、バレエ用語では舞台本番前の場所確認の作業のことをいいます。
私は過去は発表会にもちゃんと出ていました。出るのが当たり前という感覚で、下手ながら楽しんでやっていました。成人後の発表会は個人でやっているお教室だったので、大がかりなものではなかったのですが、たまに別のバレエ教室で合同でやる発表会の演目にも出ました。今回の前置きは短くここまで。
発表会にはリハーサルがつきものです。リハーサルは英語読みだそうで、バレエでは、リハーサルの事をオペラ同様ゲネプロといいます。元々はドイツ語のGeneralprobeの略称だそうです。もっと略してゲネという人もいます。いつもレッスンをしている場所とは違う場所でやると、立ち位置等の間隔がいつもより広くとったり、動いたりします。だからこれは舞台には欠かせない重要な作業です。
で、そのゲネの前にみんな、場当たりといって立ち位置の再確認を兼ねて見せ場をどこでやるかなどの再チェックを入念にします。それから最初から最後まで通しでゲネをやる。そのあとでもさらに念を入れる感じで再度場当たりもする。
大体のゲネが終わった後も、役をやるグループごとに何時何分から空いてるから舞台を使っていいですよとなる。でもタイムキーパーがいるわけでもないし、かなりアバウトです。舞台を一人で使うわけにはいかないし、場当たりがソリストで満員でぶつからないようにするのが精いっぱいということもあります。一人一分前後しか舞台が使えぬバレエコンクールでは特に場当たりが混雑してごちゃごちゃになると聞いています。
舞台上で私は一貫して群舞でした。バレエではコールドといいます。ゲネプロも一応終えたのですが、個別で場当たりもしたいよね、ということで四人ほどで連れ立って舞台袖に行きました。案内表を見ていったのですが、舞台中央にはすでに何人かが踊っている。分厚いカーテンの裾のところがいわゆる舞台袖といい、一人の先生が舞台にいる生徒にダメ出し(注意のこと)をしている。私たちをちらと見ると腕組みをして通してくれない。
「今はうちの生徒が踊っているから控室に戻って」
こっちは大人バレエだったのですが、気の強い人がいましてその先生に反論しました。
「今の時間は私たちも使ってもいいはずです。ちゃんとタイムスケジュールを見て来ましたけど」
今思うと私たちは全員同じ衣裳だったし、体型や動作で趣味の大人バレエだと看破されて半分バカにされていたのだと思う。その先生は私たちにキレて怒鳴った。
「うるさい。あっちへ行って」
それから舞台に向き直って生徒の踊りを注視する。言い返した人も怒りだした。暗い舞台袖で言い争いをするなんて……私は即座に「戻りましょう」 と言いました。その中で子供からバレエをしていたのは私一人だったし、無理を通して舞台に出るとお教室の先生の顔に泥をぬることになると思ったのです。
その人の生徒らしきソリストは大きく何度もジャンプを繰り返して広く使っている。別の生徒も延々と回転をしている。出だしのアラベスクだけをしている人もいる。その中で四人で連れ立って大人バレエ生徒が場当たりしてはかえって邪魔になると感じました。
その態度はバレエ的にはよかったのでしょうが、仲間的には悪かったと思う。負けたと思われたようで、控室でちょっと気まずい雰囲気になりました。でもあのままケンカはいけないしどうすればよかったかと今でも思います。それにさっき書いた「うるさい」 というセリフは一言一句そのままのセリフ。今でもその口調を覚えていますが、人間的にどうよという態度です。しかしながら、芸術家にはえてしてそういう人もいます。それでも大人バレエの人たちに対してはあれはまずかったと思う。みんな、その人がどこのお教室でどういう先生かをチェックしていましたからね、ああいう切り捨てるような言い方は禍根が残ります。
レッスンでも主役級の人がいると、良い場所を譲るのは礼儀として当たり前だし、時にはバーの場所や着替え場所が決まっていたりしますが、大人バレエ生徒でそういう感覚が理解できない人もいます。どっちが悪いかといえば、その「うるさい」 と怒鳴った先生の態度ですが、ソロで上手な人には場所を譲るべきという性根が染みついている私的には、あの時無理に控室に戻ってよかったのかもとは思います。
民間のバレエ教室数か所が集う発表会でこれですから、プロがしのぎを削る舞台やテレビなどの芸能界などはもっとあからさまなことがあるだろうと感じます。




