雑貨屋「畑中商店」の新たな収入源
我儘は言う気はない。
贅沢も言う気はない。
けどまさか。
なにがまさかって言うとな……。
コルトが作ってくれた例の土いじりの特殊な軍手のことなんだ。
見た目、軍手に獣っぽい爪を付けただけの物。
指先に付けたタイプと、握り拳の指の付け根に付けたタイプの二つ。
用途は主にガーデニング。
勿論軍手が主体だから力仕事の物運びにも使えないことはないが、爪が逆に邪魔になる。
ネットで調べたところ、六種類ほどの道具のガーデニングセットってのがあって、一組の値段は二千円弱。
軍手だと、一組五十円くらい。
軍手として売れば儲けは少ない。
実際俺が試して使ってみたが、ちょっとしたガーデニングならかなり使い勝手がいい。
やはりガーデニングツールとして見てもらった方がお得感が強い。
大量生産もできないので、四千円くらいで売ってみた。
左右一組を一つずつ売るのもこっちの手配とか面倒だから、あれから三、四日待って五組完成するのを待ったんだ。
その間、使い方を説明する動画も作った。
最初の一組目はなかなか売れなかった。
ところが一組目が売れて、いきなりレビューを書いてもらえた。
好評だった。
そしたら即座に売り切れ。
次はいつですか? とまで聞かれた。
売り切れるまでの間に、コルトは同じものを三組作り上げてくれた。
とはいえ、コルトも物作りの神様なんかじゃない。
「分かっていると思いますけど、材料の種類や数、量が揃わないときちんとした物が出来ませんから」
分かってる。
劣化版は作ってもらいたくないから、精度の高さを優先して頼んでいる。
当然材料不足による代用品を素材に加えることもなし。
コルトがあの部屋にずっと居続ける理由は、何者かに襲われて命の危険が迫ることがないから。
けどだからといって、あの空間はずっと居続けるには快適な環境ではない。
それでもコルトは、そこにずっと居られることが有り難いって喜んでいるんだよ。
何か恩返しをしたい、とまで言われたらさ、逆に申し訳ないくらい。
だからこっちの要望もつけて、握り飯を持ってく連中のお礼代わりのアイテムで物作りをしてもらってるんだ。
これって、ある意味楽なんだよな。
と言うのは、材料はこの世界では入手できない物ばかり。
つまり複製品を見知らぬ誰かに作られても、明らかにモノが違う。
この世界じゃ有名ブランド物の製品の偽物が出回ることがある。
そんな物の中には、一目で見分けがつかない物も多い。
けどこれは使ってみてすぐに違いが分かる。
それになかなか消耗しないし劣化しないからな。
異世界様々だよ。
「で、それ以外のアイテムでこんなの作ってみたんだけど……」
「ん? 金槌の頭の部分が縦方向。しかも短すぎる。何これ?」
「その頭の部分はメタルスライムの欠片なんですけど……」
「何ィ?! メタルスライムの欠片だとおおぉぉぉ!」
俺とコルトのそばで、床に座ってたり寝そべってたりしていた冒険者達がいきなり騒ぎ出した。
一体何をそんなに慌てて……。
「お、俺が持ってるアイテムと交換してくれねぇか?!」
「いやいや、俺が持ってるレアなアイテムとだな!」
ったくこいつらは……。
「落ち着けお前ら。これは俺の店の売り物にするんだ。コルトに何か作ってほしいっつーなら順番が違うだろ」
しつこいようだが、握り飯のお代の代わりに置いていかれたものだ。
俺にとって無価値な物だったとしても俺が受け取った以上、コルトによって別の物に生まれ変わっても、俺が同意しない限りこいつらに所有権はない。
「お前らに必要な物をコルトが作れるってんなら、お前らだけで顔合わせてアイテムを持ち寄って、それをコルトに依頼すりゃいいじゃねぇか」
「お? おぉ! それもそうだ!」
「コウジ、いいこと言うじゃねぇか!」
いいこと言うだろ?
だが残念だな。
「けどコルトの希望は俺の手伝いって言っていた。あいつに仕事を頼むってことは、手伝いの時間を削るってことだからな」
コルトの仕事は握り飯関連と道具作り。
握り飯の仕事は、配給が終わりゃそこで一区切りだ。
それ以外の時間で道具作りに時間を割り振っている。
連中がコルトに仕事を頼むとしたら、その素材の在庫が切れた後ということになる。
「あいつの休憩時間も減らしたくねぇし、そこら辺配慮してくれりゃ問題ないかもな」
俺の話を聞いて、一応連中は大人しく引っ込んだ。
アイテムと引き換えという流れは、俺が生み出したわけじゃない。
ひょっとしたら握り飯がなくても、こいつらの体力とかは回復するかもしれない。
俺としちゃ、こいつらが元気になって意気揚々とここから出て行ってくれりゃ何の文句もない。
俺の前に握り飯の配給していた祖母ちゃんは、祖父ちゃんからその役目を引き継いだらしい。
けど祖母ちゃんは、祖父ちゃんから引き継いだ理由は他にもあって、その一つが、早く彼らを元気にしてあげたい、という思いだったんだそうだ。
にしてもメタルスライムっつったら……いや、何も言うまい。
ただイメージとしては固いやつだと思うんだが。
「普段はぷにぷにするんですが、圧縮すると硬くなるんです。だから金槌みたいに叩いても、手には反動によるダメージはありません」
ほうほう。
で、横方向にしなかったのは……なるほどね。力の行き場が反対方向に行くから硬くはならない。
つまり金槌の役割は果たせない、か。
「しかも金槌よりも軽いな。お年寄りには使い勝手がいいかもしれんが、まずは俺が試しに使ってみないとな」
ここでは使われないよな。壁も床も傷んでしまう……待てよ?
「どうしました? 何か不都合ありました?」
立場が弱いと思ってるのか、すぐ不安そうな顔をするんだよな。
そうじゃねぇよ。ただ、思い付いたことがあったんだよ。
俺の目に入ったのはショーケース。
握り飯を長く置いても安心ってことで、祖母ちゃんが注文して用意したものらしい。
ただ、一度分解して撤去しようかと思ったことがあった。
そんな手間をかける時間もなかったし、地べたに物を置くにはちょっと不都合がある場合、ショーケースはあった方がいいと思ってそのまま放置している。
それともう一つ理由があった。
それは、金具を止めるねじ。
「ドライバー使えなくなったんだよな。ネジ頭の溝がさ」
組み立てる時きつく締めすぎたせいで、分解しようとそのねじを回したら溝からドライバーの先が外れたんだよな。
で、溝が広がってってドライバーの先がゆるゆるになった。
ひょっとして……。
ドライバーの要領でその道具の先をネジ頭に当てる。
「押しながら回すと……お、おおぉぉ?」
回るじゃないか。
あ、ネジが外れたらヤバいな。
けど実用可能だ。
「コルト、これも売り物になる。金槌代わりになるし、ドライバー……ねじ回しにもなる」
「ドライバー? さっきからそんなことを言ってましたが、何です? それ」
分かんなくてもいいよ。こいつは有り難い!
「同じ物、作れるか? 狭い所でも使えるように、柄はもう少し短めにしてもらおうかな」
「はい! 今のところ、それは……十個くらいは作れますね」
「十個も作れるだとおおぉぉ!」
また同じ連中が騒ぎだしたよ。
まったくこいつらはぁ。
「これは握り飯のお代として受け取ったから俺のもんだ! 俺が受け取った以上お前らにゃ関係ねぇだろうが!」
縋るように潤んだ眼で見られても気持ち悪いだけだわ。
んな筋骨隆々な体してよぉ。
「これらがこっちで金になりゃ、お前らにだって還元されることもあるんだ! つーか、ここに来る前に地元に戻れる力つけろよな」
ここに来る目的でダンジョンに入るってんなら、それ自体本末転倒だろうに。