男戦士の手記:異世界という枠に当てはまる世界
この安全区域で支給される食事は、昼食分はない。
その説明も予めしてある。
この部屋で、いつもやや空腹感を覚えるのは、俺達にいつまでもここに居させないコウジの工夫なんだろうと思う。
自分の住処の方が居心地がいいのは当たり前だ。
だからと言ってすぐに追い出すのではなく、気持ちを落ち着けてから出て行けるのは、ここに来る前にどんな思いをしたか、それを思いやってくれてるのだろう。
昼もコルトちゃんの歌声を聞かせてもらった。
俺はもう一休みできたら体調はほぼ万全だ。
だがサニーはもう少し休みが必要のようだ。
そして夜の握り飯タイムも終わる。
あの五人の顔にも笑顔が戻ってきた。
が、一人だけ気になる存在がいる。
今朝も、そして今も俺に握り飯を譲ってくれた男だ。
何も飲まず食わずで平気なはずがない。
しかし穏やかな笑みを浮かべている。
ほかの四人は、そろそろここを出ようという気持ちを漲らせている。
それに比べて、この男は何かこう……。
「世話になったな。俺達はそろそろここを出ようと思う」
「うん。とにかくあのダンジョンを脱出して、まずはみんなに無事を報告しなきゃね」
「……お前ら四人になっても、あそこからは出られると思う。頑張れよ」
その男がいきなりそんなことを言う。
俺は自分の耳を疑った。
サニーはぽかんとしている。
そして、それ以上に……。
「な……にを馬鹿なことを」
「え? 一緒に帰るだろう?」
「ここに残ってどうするの?」
「ひょっとして、まだ休み足りないか? 無理はさせるつもりはないぞ?」
仲間の四人の慌てようは当然だろう。
しかし俺には……。
たった二回。
たったの二回だけだが、握り飯の受け取り拒否が気になって仕方がない。
水もそうだ。
俺は思い立ってコウジのところに行って聞いてみた。
「……あそこにいる男、いるのが分かるよな?」
「……あぁ? トラブルはご免だぞ?」
文句タラタラ言われたが、いるのは見えると言う。
「コウジ……。お前、俺達の神様か何かか?」
コウジは固まった。
そして俺を凝視する。
「……お前は……バカか? 俺はこの世界の人間だっつっただろうが」
分かってる。
一応確認だ。
俺の予測を確実にするためのな。
そしてその予測は……。
あの五人はまだ揉めている。
離脱したがってる男の目はどこかで見たことがある。
それを今思い出した。
俺の知り合いの冒険者と一緒に、行きつけの酒場で飲んでた時だった。
「体にガタがき始めてな。この仕事で身につけた技術を生かして、この町の商店街の職人の仲間入りしようと思ってんだ」
「……辞めるのか?」
「あぁ。冒険者業は……引退だな」
「そうか……。命あっての物種だからな」
そんな会話をした相手は一人や二人じゃない。
そして一抹の寂しさはあった。
だがお別れということとは別だ。
別の形で、今現在も関わってもらってるからだ。
……あの男の目は、そんな彼らと同じような目をしている。
余計なおせっかいかもしれない。
だが彼らは、このままでは……。
「おい、ザイル。どうしたんだ? 何かあったのか?」
サニーが心配そうに聞いてきた。
あった、と言えばあったんだろう。
どういう理屈かは知らない。
この空間ならではの現象なんだろう。
そして、その主であるコウジも説明不可能な現象だと思う。
「あぁ……。俺から少し離れててくれないか? 彼らと話がしたいんだ」
サニーからの返事は聞こえなかった。
あの五人に気持ちを向けられていたせいだったからかもしれん。
周りの冒険者達は、あまりあの五人に関心を向けておらず、思い思いに雑談を楽しんでいた。
それでも俺は、部屋の片隅に五人を誘導した。