二つの部屋の異変
故意に、でなければ、一応デリカシーというものは持ち合わせている、つもりだ。
コルトの昼飯の時間は俺と同じ時間帯。
けれどもコルトは屋根裏部屋とプレハブしかいられないので、プレハブの個室で食べることになる。
朝と晩はみんなと一緒の握り飯。
その昼。
恥ずかしさと緊張のせいか、片付けようとしたコルトの昼食は半分以上残っていた。
あれだけ目をつぶって周りを見ないまま歌ってたからな。
自分がどんな風に見られてたか、自分の目で確かめられなかったはずだ。
周りの様子を見ていたら、今、そんな風に思うこともなかったろうになぁ。
ま、終わったら急に腹減って何か食べたくなるだろ。
ラップで覆ってコルトの部屋に放置。
外の雪の様子を見て雪かきするかどうかを判断して、夜の準備もしてっと……。
その前に、きちんとあいつが歌うかどうか確認してからだな。
あいつの問題点は度胸だけだよ。
人並みについてれば、余計なトラブルも引き起こさずに済むっての。
けど歌の時間も長くはない。
そのあと残り物を食わないってんなら、すぐに片付けないとまずいよな。
歌い終わるまで待つか。
※※※※※ ※※※※※
「コウジさん、起きてくださいっ! コウジさんっ!」
いつの間にか眠っていたらしい。
コルトに激しく揺り起こされた。
確かコルトが歌い始めるのを確認しなきゃと思ってたんだよな。
で、一分足らずで終わるのもバツにはならんと思ったんだよ。
いつもより早く起きたから睡魔が来たんだろうな。
気分よく寝付いたってとこか。
「お……おぅ……。何か気持ちよく眠れた……」
「バカな事言わないでくださいっ! 大変ですっ!」
「大変んん~? 何がたい……」
そうだ。
大変なことが昨日起きたじゃないか!
まさか!
「また変な奴らが入ってきたのか?!」
「違いますっ! 部屋の中、見てくださいっ!」
プレハブ、屋根裏部屋、両方を見渡す。
冒険者達が大勢そこにいるのだが……。
「寝てる?」
「まさか、昨日の兵士の仲間がここに向けて、何か魔法をかけたのでは……」
「なっ! そんなこと……」
ない、と言えるか?!
どこぞの国の兵士とか名乗ってたよな?
そうだ。
王か誰かの勅命を受けたとか言ってたような。
魔法とかも扱える世界で、一番の権力者の指令を受けてここに……。
俺を捕まえに来たっ!
ここにいる連中が太刀打ちできないほどの力を持つ魔術師が、扉ごと、その先の部屋全体に魔法をかけたら?!
ここ、やばいんじゃねぇのか?!
いや、落ち着いて考えろ!
昨日、あの兵士は多分、俺を引き渡す証言をしたと思ってるに違いない。
コルトの言葉をきっかけに、俺を連行しようとしたんだから。
「コルト、落ち着け。お前は多分平気だ。あの兵士は、俺にひどい目に遭わされて、お前を助けるようなことを言いかけてた……ような気がする。当面のお前の身の安全は問題ないはずだ」
「で、でも……。じゃあみんなは」
「こいつらだって、兵士を止めようとした奴はいなかった。つまり誰も兵士に歯向かわなかったってことだ。……ってことは……」
あれ?
……マークされるのは俺一人だけ、ということか?
なら、家の中に逃げ込めばいい。
奴らだって異世界人だ。
家との出入り口は見えないはずだ。
今、もう逃げだしていいが、それだと中の様子は分からない。
家とプレハブの間に窓を取り付けるべきだったか。
だが今更何ともならない。
「今はまだ安全だ。これ以上人が入って来れないはずだから」
「じゃあ誰かが目覚めてここから出ていったら……」
「次に入って来るのは連中だろうな」
目を覚ました誰かがここから出て行き、別の人物が入って来たと同時に何者か見極めなければならない。
いや、待て。
これ、催眠術とかだったら、眠らせながら歩かせて、部屋から退出させるってこともあるんじゃないか?
いやいや、待て待て。
俺、どんだけゲーム脳になってんだ。
だが万一のことにも備えなければ……。
「んー……、んっ。あら……。えっと、……コウジさん、コルトちゃん、おはよう」
最初に目を覚ましたのは、屋根裏部屋で転寝をしていた軽装備の女戦士。
その女の言動に注目した。
「あ、おはようって言う時間でもないか。……どうしたの? 青い顔してるよ?」
「え? いや……何でも……」
女戦士は首や両肩を回し、ストレッチ運動を始めた。
周りの冒険者達はまだ眠っている。
「うん、体、快調になったみたい。今なら多分あそこ抜けられるかも。世話になったわね。またピンチになった時には世話になるわ。じゃあね」
「え? あ、おいっ」
呼び止める間もなく部屋から出て行った。
すぐさま部屋に入って来たのは槍を持った男。
「ぐっ……。……すまん、寝かせてくれ……」
「え?」
部屋から一人減り、一人増える。
また新たに誰かが出て行かなければ、誰かが新たに入ってくることはできない。
「……寝た?」
「寝ましたね。疲れがひどそうですから……」
「……このまま怯え続けても何の意味もない。晩の準備もしなきゃならんから」
「そ、そうですね……」
来もしない危険に怖がってもしょうがない。
その危険はおそらく俺一人にのみだろうしな。