バイト代を出せなくてもバイトをしたがるエルフの事情
俺が住んでいる『畑中商店』の屋根裏部屋は、いろんな異世界と繋がっているらしい。
奴らはこの部屋にある扉を開けて入ってくるらしいんだが、俺にはその扉は見えない。
だから俺の口からは、こいつらが言うように断言はできない。
逆に連中は、俺がこの部屋の出入りする時に開け締めする襖と、外が見える小窓が見えないらしい。
だから俺はこいつらの世界に、こいつらは俺の世界に足を踏み入れることはできないんだな。
連中同士も、異なる世界に行き来することはできないんだと。
しかもどこからでも来れるわけじゃなく、魔物がうようよしているダンジョンや迷宮の中の一部から来ることができるとか。
窮地に立たされた連中が、何とかして安全地帯に逃げ込んだ先がここってことらしい。
カーレースのピットインみたいなもんだな。
そうして俺の握り飯と休息で体力回復できた連中は、またそれぞれの修羅場に戻っていくってわけだ。
で、今現在、大怪我を負いながらもこの部屋に辿り着いた若そうな女冒険者が、気を失いそうになりながらも何とか俺の握り飯を二口程飲み込んだ。
他の奴らが持ち寄ってくれた寝袋の中に入り横たわっている。
周りの連中は、彼女が静かな寝息を立てているのを確認したようで、ようやく一安心ってとこか。
けど俺は、怪我人の容態までは関知しない。
向こうの世界のことは向こうの世界の連中に任せる。
俺が出来ることと言えば握り飯を作って、必要な奴らに分けることくらい。
医学の知識もほとんどないし、何より体の構造が俺の世界の人間と違うかもしれないからな。
「ん……んん……。あ、え? こ、ここは?」
「お、目が覚めたか。お前、自分の名前は言えるか?」
寝袋に突っ込まれた女冒険者が目を覚ましたみたいだ。
けど俺はその冒険者を気にかけているより、我先にと握り飯を余計に持って行こうとする奴らを止めるのが精一杯。
なぜか分からんが薬効成分があるらしい。
連中はそれを当てにしてくるわけだが、俺は普通にご飯と具と海苔で握り飯を作ってるだけだから、怪我人の世話をしているつもりはない。
だが連中には、薬を処方してもらうようなもんなんだろうな。
この仕事を始めたばかりの頃はいろいろと考えてる余裕はなかった。
それでもこいつらにとってはそういうことだから、薬代とかのつもりでアイテムを俺に差し出してくる。
いや、押し付けてくるんだな。
俺にそのアイテムの価値なんて分かるはずがない。
高価なんだかガラクタなんだか。
でこいつらはそんな訳の分からない物を無理やり押し付けてきて、好みの握り飯を好きなだけ持って行こうとする。
やってくる者は変われども、やることは変わらないもんだ。
それでも俺は公平を心掛けてる。
緊急に処置しなきゃならない者がいなければ、ここにいる者全員に行き渡るように、そんな欲張りな奴を抑え込む。
けれどそんな怪我人でも、ある程度回復した連中と比べりゃ体力は向こうが上だ。
体力を消耗するのは、握り飯よりもむしろそんな力作業。
だから俺には、冒険者達の要望だの不満だのは、一々聞いてる余裕がない。
こんな握り飯希望者相手に、そんな握り飯タイムの時の俺は怒鳴りっぱなしだ。
「あ、あのっ!」
その女冒険者がそんなやかましい連中に揉まれながら、ショーケースを挟み、俺と真正面の位置にやって来た。
さっきまで人の手を借りないと動けないくらい疲弊してた。
それが急に、こうまで歩けるまでに体力が回復したのは……握り飯のお陰ってことなんだろうな。
着ている服はあちこち破れ、元々はどんな色だったか分からないくらいに汚れている。
見た目、もう少し休んでる方がいいと思うくらい疲労も溜まってるようだが、それでも目には生気が宿っている。
握り飯を必要としている者はこんな連中じゃなく、今俺の目の前にいる、自分の力で何とかしようとするやる気を持つ者なんだが……。
「こ、ここで働かせてくださいっ!」
……はい? と耳を疑ってるのは俺だけじゃなかった。
予想外に響く声。
予想外の彼女の言葉。
俺は一瞬、すべての思考が停止した。
いや。止まったのは俺の思考だけじゃなかった。
ここにいる連中の喧騒も、動作も一斉に止まった。
いや、固まったと言った方がいいか。
というか……やる気の方向が違うんじゃね?
「は、働く? 給料なんか出せねぇぞ? つか、何突拍子もないことを言ってんだ」
こいつらにとってこの部屋は、いわば袋小路の行き止まり。
俺にだって、そっちの方へはどの世界にだって行けやしない。
つまり、ずっとここに留まっているということだ。
「国に帰れ。お前にも家族はいるんだろ?」
どこかで見覚えのある言葉がつい口に出た。
でも彼女はかぶりを振った。
「私の村は自給自足の生活なんです。人口が増えすぎると生活が苦しくなるんです」
だからどうした。
「コウジよ、この嬢ちゃんだけじゃねぇ。そんな村はあちこちにある。腕に覚えのある奴は村を出て、俺らみたいな冒険者になったり何かの職人の弟子になったりするんだよ」
彼女を背負ってきた男冒険者が口を挟んできた。
一緒にやってきたということは、同じ世界からやってきたってことだよな。
彼女の言うことに心当たりがあるってことか。
まぁそっちの事情は知らないからあらゆる意味での無理強いはしない。
けどここに居続けたって、彼女自身の何かが変わるってことはないんだがなぁ。
「あんたが担いで連れてきたんじゃねぇか。ってこたぁ、あんたの世界の住人ってことだろ? 面倒みてやったらいいじゃねぇか」
「そうはいかねぇよ。その扉の向こうは小部屋になってて、そこで同じ世界の奴らと合流できるって仕組みっぽいんだな。だからその小部屋から向こうは、この子とは離れ離れになっちまう。だからここから離れても面倒見てられるわけじゃねぇ」
絶望じゃねぇか。
こんな非力そうな子が一人でここから出ていっても、明るい兆しが想像できん。
「それにな、てっきりチームメンバーを逃がすためにモンスター相手に立ちはだかったと思ってたんだがそうじゃねぇんだと」
この冒険者曰く、そんな役目は経験豊かな冒険者がなるものらしい。
新人とまではいかないが立ち居振る舞いで、彼女は経験の浅い冒険者だと分かったんだそうだが、俺にはよく分からん。
「普通ここに辿り着くようなダンジョンは、入り口かその付近で手続きを取るもんだ。何人グループで中に入るか、何人出てきたか、それはグループのメンバーかどうかってな」
中には魔物が仲間に成りすまして一緒に出てくるってケースもあるらしい。
その世界に住む者達の知恵ってことだろうが、その説明が何だってんだ?
つまりこういうことだろ?
「つまりこの子の場合、入る時にはグループのみんなと一緒に手続きをして入った。探索している最中に危険な場面に出くわした。この子の仲間達はこの子のお陰で先に脱出できた。この子は中に残ってみんな無事に出ることができた、と仲間は受付に報告ってことだろ? それのどこに問題が?」
「みんなを逃がすために残ったんじゃない。みんなから、ここに残るように言われたんだと」
嫌な予感がする。
けど、その予感は当たった。
「私……みんなが逃げるための生贄にされたんです……」
うわぁ……。
かける言葉が見当たらない。
「おそらく端っからそれを目的にして仲間にしたんじゃねえか、と俺は思ってる。しかしその役目を持たせる相手は誰でもいいわけじゃねぇ」
そりゃそうだ。
何とか一人で生還して、辺りにそのことを言いふらされでもしたら、置いてけぼりにした仲間は、同業者たちからあっという間に爪はじきにされるだろうからな。
「人口をやたら増やすわけにはいかない自給自足の村が故郷。だから一旦村から出たら帰るわけにはいかない。新人冒険者だから居場所もまだ確定してない。そして、新人だから冒険者の腕も成熟していない。そんな条件が揃った誰かをスカウトして……捨て石……か」
気の毒すぎる。
胸糞悪い話を聞かされちまった。
「いくら俺らが可哀そうと思って保護できたとしても、この子の環境が良くなるとは限らねぇ。この子と一緒に行動してたそいつらやそいつらは非難の的になる。だからってこの子に味方が増えるってわけでもねぇ」
可哀想、と思ってくれる人はいるだろう。
だがこの子の成長に繋がるわけじゃない。
「最悪、そいつらと似た方針を持つグループに、間もなく目をつけられるぞ。この子の成長には無関心。生贄や足止めになってくれりゃそれでいいってな。そんな異様な情報は、否が応にも早く広く伝わっちまう」
彼女が今度こそ、と希望を持っても、それを打ちのめす連中も数知れず、か。
同じ役割を強いられて、次も命を落とす危険に迫られる、と?
将来ある若い冒険者を食い物にするっていうのが何と言うか……はらわたが煮えくり返る。
……あれ?
いやちょっと待て。
「……まさかそんな奴らもピンチに陥ってここに来る、なんてことは……」
「ない、とは言い切れねぇ。けどその可能性は、こいつの仲間が入り浸る盛り場で出くわす可能性よりは相当低い。捨て石がいなきゃ危険なところには行く気すら起きないならなおさらだ」
頭を抱えたくなってきた。
こいつの人生、それでいいのか?
はっきり言えば引きこもりだぞ?
確かに身の安全が確約されてる場所だけど、俺が出入りする襖が見えなきゃ風呂にも入れねぇし碌な食事も出来ないぞ?
清潔を保つことが出来なくなって変な病気になっちまったら、誰が治療してくれるんだ?
一口で冒険者というが、その業種はいろいろあるのは知ってる。
けど、都合よく病気を治せる魔術師が来る、なんて期待はしない方がいい。
安全地帯ではあるが、そんな便利な場所とは違うんだ。
大体ここに来る奴は、ここに来るまでに回復の力をほとんど使いきってからここに辿り着くことが多いみたいだしな。
薬や回復術があるとしても、ここに来る前に使い切ってしまうだろう。
もっとも、ここに来ることを狙って、わざとピンチになろうとする奴もいる。
そんな奴らにはまだ術や薬の余裕はあるみたいだが、こっちがそれを必要な時に、そっちがそれを持っているとは限らない。
捕らぬ狸の皮算用。
そんな期待はすべきじゃない。
「あ、あの」
「ん? どうした?」
「私が口にした食糧のお代です……」
彼女は背負ってたバッグから何かをいくつか取り出してショーケースの上に置いた。
部屋に来た時は、男冒険者が担いでいたやつだった。
だがそのバッグは彼女の衣類同様、あちこちが破けている。
そんなバッグの中に、まだ物が残っているってのは驚きだ。
「さっき、お金はここでは使えないって聞きました。ほかに持ってる物ってばこれくらいで……」
「あぁ。ここではそっちの世界の金は使えない。俺がその金を使うことができないからな」
日本円を持ってるなら話は別だが。
もっともこっちの世界の通貨を持ってるはずもない。
で、彼女がショーケースの上に広げたのは、何かの札、色がついた石、何やら薬っぽいやつ、その他いろいろ。
俺はこの仕事を初めて五年目だ。それらは何に使われるかは大体分かる。
「これって、魔物と戦う時の道具だろ? そんなの俺がもらったって、何の役にも立ちゃしねぇ。バッグの中に戻しな」
あげる、と言うなら遠慮なくもらう。
だが俺にとって必要なものに限る。
出された物すべてを欲しいと思ってるわけでもないし、価値がないどころかゴミにしかならなかったりする。
むしろ何も持たずに来る奴の方が多い。
物を持っていようが無一文だろうが、俺がここに来る奴に望むことは、早く元気になって、さっさとここから出て行ってもらいたいってことだけだ。
「基本的には、ここには好きなだけいられるってことくらいか。俺がいくら強制しても、ずっとここにいたい奴はずっといるし、すぐに出てく奴は出ていくもんだからな」
彼女は天然なのか、俺に取り入ろうとしているのか、それとも恩を返したいと思っているのか。
どのみち目の前に出されたアイテムは今の説明通り、俺には何の意味もない。
何かをせずにはいられないって気持ちは分からなくはないし、そんな気持ちはうれしいし有り難いんだけどな。
「じゃあ私、ここにしばらくお世話になります! 出来ることがあるなら何でもいいつけてくださいっ! 私、エルフ族のコルトって言います! 一応魔術師してます!」
いや、ちょっと待て。
だから、いてもいい、いたらだめって俺が押し付けることじゃないんだってば。
話聞いてたか?
俺も誰かの世話をするつもりはないし、
「あの、お兄さんのお名前は何というんですか?」
いや、俺の話を聞けよ。
つか、何から話していいか分からねぇよ。
「ハタナカ・コウジって言うらしい」
おいこら、わきから口を挟むな。
「そう言えばコウジって名前があちこちから聞こえてきましたね。よろしくお願いしますっ」
はぁ……。
もう勝手にしてくれ。




