ミュウワの手記:里帰りの目的 その1
見つけてしまった。
もちろん探すつもりだったけど。
でも私が探したかったのは、見つけたかったのは、コウジさんの一人目のお手伝いさん。
コルトって人の成長の記録。
非力な人が、いかにして多くの人を救えるようになったのか。
相当力があるってコウジさんに驚かれた。
けど鬼人族の中では非力な方。
魔力も高くはないから冒険者に向かないぞって言われた。
だから、それでも多くの人の役に立つには? といつもその道を探してた。
特別な力がなくても、作ったおにぎりの中に込められた力で、コウジさんは多くの人を救ってきた。
でもそれは、力があれば誰にでもできるという技じゃない。
コウジさん特有の能力だ。
同じ鬼人族の血を引いているから、自分にもできるかもしれないと思ってた。
でもコウジさんに遠く及ばなかった。
そこで思い出した。
コウジさんの手伝いをしてきた人の中で、それまではごく普通の女の子。
なのに冒険者業に就いた人。
それが、別の力を得て、たくさんの人の力になれた人。
「この人って……まさか……」
ひょっとしたら、私の世界からもこの部屋に来た人がいるかもしれない。
そう考えた。
そしたら、同じ世界の人どころか、子供の頃憧れてた隣の村の、同じ鬼人族の男の人の名前を見つけてしまった。
「私を……好き……だった……?」
書かれてた文面は、こうだった。
「あの子の歌と、あの人のおにぎりとやらでかなり体力魔力精神力が回復されてる。レアアイテムもまだ手元にある。早く自分の世界に戻って、ミュウワ・エズに会いたい。誰もこの文字を読めないだろうから思い切って書いてみる。俺、ジャイム・リーグは、隣のライコス村のミュウワ・エズが好きだ! 甲斐性見せて村に戻ったら……告白するぞーっ」
彼は、私達が住むライコム村でも、同年代の女の子の大半の憧れの的だった。
文部両道だけど、堅苦しくなく、優しく、ユーモアもあった。
私が屋根裏部屋に来ることになるひと月ほど前に、村に戻ってきた話は聞いた。
その時には、私にはもう、現実を見れるようになっていた。
一緒になりたいと思う異性はたくさんいるだろう。
その倍率は高い。
一緒になりたくても無理だ、と。
まさか、新たな憧れの存在になったコウジさんがいるこの部屋で世話になって、そして参考にしたいコルトさんの世話になったその彼が、どういうわけかこの部屋で、このノートに、私に告白をしていた。
恋慕の気持ちかもしれない。
いずれにせよ、このままで落ち着けるわけがない。
「時々なら里帰りしてもいい」
こんな思いを持ちながら、コウジさんのその好意に甘えるのは、人としてどうなんだろう。
カウラお婆様とはこないだあったばかり。
けれども……。
……意を決して、一旦帰ることを申し出てみた。
その理由を、コウジさんは深く追及しなかった。
でもそれは……実はそれを私は見越していた。
コウジさんならそう言うだろう、と。
恋慕、自己嫌悪、向上心、裏切り、いろんな思いが自分の心に渦巻いている。
でもこの気持ちを抑えながら、この部屋でコウジさんの手伝いをし続けることは難しい。
間違いなく足を引っ張ってしまう。
ひいては、お婆様を悲しませてしまいかねない。
償いにもならないけど、せめてこれくらいはしておこう。
私は一旦、村に戻った。
※※※※※ ※※※※※
一番年が近い、厳密にいえば従妹になるのだけど、妹のラノウに、私の代わりにコウジさんの元に手伝いをしに行ってくれないか、と頼んでみた。
もちろん先にお婆様とラノウの両親に了解を得て。
何となく見抜かれたような気がしたけれど、今のままでは何ともならない。
ラノウは快諾してくれた。
「てことは、四日くらい? それくらいならいいよ」
今のところ、誰にも私の胸の内を明かしてはいない。
少しだけ胸が痛んだ。
話を通した後は、早速ジャイムの村に向かった。
ジャイム=リーグの家は牧場を営んでいる。
彼はここの一人息子。
冒険者になることを決意していたが、いずれは家業を継ぐことも明言していた。
「あの……ジャイムさんはいますか? 私、隣村のミュウワ=エズと申します……」
「え? あら、ミュウワちゃん? 懐かしいわね。ジャイム? 今牧場にいるんじゃないかしら?」
牧場の事務所に行って彼のことを尋ねた相手は、彼の母親だった。
小さい頃は他の子達と一緒に何度も遊びに来た。
牧場が遊び場。
飼育している動物達が私達の遊び相手だった。
あんな風に告白してくれた相手と久しぶりの再会。
胸の高鳴りが抑えられない。
この気持ちの正体は、自分では判明できない。
事務所の内装は、しばらく見ないうちに随分変わった。
けれども牧場に向かう廊下の方向は変わらない。
牧場への扉を開ける。
目の前に広がる一面の緑。
白い綿あめのような体の動物たちがそこかしこにいる。
外の風景は、何年たっても変わらない。
しばらくそこに立ち尽くし、その風景に見惚れていた。
そのうち、あの頃の自分に戻ったかのような───。
「ミュウワ? ひょっとして……ミュウワ、エズ……じゃないか?」
私の名前を呼ぶ、やや低めの声が横から聞こえた。
そっちの方を見ると……。
「ジャイム……」
彼を最後に見たのは、冒険者の装備を身に包み、冒険者として第一歩を踏み出した時。
短めの頭髪が風になびき、快活な笑みを見送る全員に見せ、勇ましく出発する後姿。
二十年くらい前になるかな。
白いふわふわの毛をした動物を連れて来た彼。
あの時よりはやややつれた感じがする。
けれど、笑顔の雰囲気は変わらない。
しかし彼の姿を見てドキッとした。
私の感情がどうの、という話じゃない。
彼の左腕が、肘より先がなかった。