非常事態+非常事態
この屋根裏部屋にやってくる連中は、誰もが命の危険が迫る状況に追い込まれた者達。
まぁごく稀に例外はいるが。
そして、極度に命が危うい者達も入ってくる。
「コウジっ! こいつの回復頼む!」
この部屋に来た者は皆一様に、心は安堵の気持ちに包まれる。
ここに来れば助かったも同然、という空気だからな。
さらに、その笑顔を見るだけで癒される気持ちにしてくれるミュウワが、俺と一緒に握り飯を作るとなったらなおさらだ。
だが、そんな者達は、いつこの部屋にやって来ても不思議じゃない。
その癒される空気を、その叫び声が切り裂いた。
握り飯の真価はそんな場面で得られる。
「コウジ! 梅がいいんだな?! 二個持ってくぜ! こいつが必要な奴はどこだ!」
「屋根裏部屋の扉の前だ! あぁ、こっちに寄こせ! 持ってくより早ぇ!」
「よし! こっちだ! それと水! 水も寄こせぇ!」
ショーケースに一番近い奴が即座に反応。
そしてバケツリレーで重体の者の元に運ばれていった。
住む世界が違う。
顔見知りはほとんどいない。
けれど、救命行動となると、まるで申し合わせたようにその行動ががっちりと噛み合う。
流石の俺もちょっとだけ胸が震える場面だ。
「……やっぱりコウジさんですね」
「ん?」
唐突にミュウワが後ろから話しかけてきた。
少しだけ、目が潤んでるように見える。
「意識不明でここに来た人、私初めて見たような気がします」
そこまで怪我を負ってる者が部屋に来ること自体難しいし珍しいからな。
「そんな人達も、コウジさんが手当てするものだと思ってました」
買いかぶりすぎもいいとこだ。
そんな技術も魔術も持ってねぇよ。
「ここって……いざという時、みんなが互いに力を合わせて、助けるんですね……」
「世界が違い、考え方が違い、常識が違っても、どこの世界も命は大事っていう共通点もある。俺ができる事は、そこから回復できるこいつを作ることだけだよ。そこに何の権力もありゃしないし、商売して莫大な儲けを企んでるわけでもない」
そんなことしかできない。
それがお前の言う聖人君子の正体ってわけだ。
「すごいと思います」
「あ?」
「この中には、初めて来た人達もいるんでしょう?」
「まぁ、そうだな」
「そんな人達からも……私のよりも、コウジさんの作ったおにぎりの方を、迷いなく持っていきました」
「そりゃあ……」
「ここにいる皆さんも、その事を分かってたんですね……」
ミュウワの見た目とか毅然とした態度とかを見て、お近づきになりたい、親しくなりたいと思っていた。
だからこそ、こいつが作った握り飯を真っ先に手にして……。
しかしこの非常事態での価値は、俺の方が上回った。
「別に、お前と俺で、どっちの握り飯の効果が大きいか、なんて競争なんか馬鹿馬鹿しいぞ? こいつらが元気になってこの部屋から出ていく。それさえできればどうでもいいやな」
「はい。それもそうなんですが……」
ん?
まだ何かあるのか?
「そんなことを全く鼻にかけないんですもんね。命を救う食べ物を作って提供して、多くの人から感謝され、称賛を受け、あんな風に賞状までもらっても自慢一つせず」
誰に自慢できるんだ。
いや、待て。
自慢できる相手というか、それ以前に知り合いがいない……。
あ……なんか自分にダメージが……。
「そう言う意味では聖人君子と言えるのかもしれませんね。普通の人と同じ生活をしながら、仕事は自分のできる事だけ。それでそんな風に思われるんですから、コウジさんはすごい人だと思います」
一人の相手に攻撃と回復同時にやり遂げることも、普通の人にはできないぞ?
「よく考えると、身内を褒めてる、とも言えるのぉ」
「あ、カウラお婆様」
突然出てきたな。
そう言えば、初めてこいつがここに来た時も、扉無視して来た……落ちて来たもんな。
落ちてきた瞬間は見てないが。
「職場訪問か。ま、いいけどさ。でも今この騒ぎだ。ある意味ゆっくりできるぞ、ミュウワ」
「え? えっと」
「部屋に案内して、しばらく水入らずの時間過ごしてこい。ここに来てから一度も里帰りしてないだろ?」
久しぶりの身内の会話に首突っ込むような野暮じゃない。
ショーケースの握り飯の数は少ないが、夕方にはまだ時間はある。
子供なら子供らしく、いろんなお喋りで楽しむといいさ。
でも親と祖父母はどうしてんだろうな?
大家族とか言ってたから、子供、孫はミュウワ一人きりってことじゃないのかもな。
実家から離れてる家族も、一人や二人じゃないんだろう。
大家族も大変だな。
……一人きりってのは、まぁ自由なのはいいけど……自由過ぎるよなぁ……。
※※※※※ ※※※※※
二人は一時間くらい話し込んでた。
俺は久々の米研ぎだ。
「あ、ごめんなさい! 私の……」
「いいっていいって。毎日がこうだと、何のためにここに来たのか分かんなくなるが……ここに来て二か月くらい経ったか? 久々の対面ならしょーがないさ。婆さんは婆さんで、ここでいつどんな仕事があるか分かんなかったろうしよ」
婆さんの方に目をやると……。
まぁ孫を見るような目でこっちを見てる。
当たり前だよな、うん。
「ミュウワが良くしてもらってるようで何より。このまま」
「社交辞令なんて面倒だし、何より百年以上も前の話で、面識はねぇんだ。いくら詫びの気持ちを持たれても、それを吐き出す相手を俺に決めたって、それこそ面倒なんだよな。それに、それとは別に、俺の方こそ良くしてもらってるよ。俺も歓迎だしこいつもいたがってるし、そっちで問題がなければ……時々程度の里帰りくらいはこっちも問題ないさ」
「そうか……有り難うな、コウジ。それと……こないだは可愛い物を見せてもらった」
「こないだ? 可愛い物?」
婆さんが声を潜めてフフッと笑う。
それだけ、貴重なもんだったんだな。
「ミュウワを今後ともよろしくな。ではな」
はい?
今度は床に沈んでいった。
出入りする時は扉を使ってほしいもんだが……。
「コウジさん」
「ん?」
「可愛い物って、何ですか? て言うか、カウラお婆様といつ会われたんですか? 私と初対面の時の後に、家の方に行かれたってことですよね?」
まぁ、絶対秘密ってわけでもないからいいか。
「ほれ、これ」
「ん? あ……これぇ!」
部屋にいる連中が一斉にこっちを向いた。
こいつらには見せるべきもんじゃないな。
「い、いつのですか、それっ!」
「こないだカレー初めて食べただろ? そのとき。お前食うのに夢中で気付かなかっただろ。あの後婆さんのとこに行って見せてきた」
その画像は、この上ない幸せそうなニコニコしながら、カレーを頬張っている顔。
大げさに言えば、食事中のハムスター顔負けといった感じだ。
「こんな顔、見たことないっつって喜んでたぞ」
ミュウワの顔が一気に紅潮。
まさに……赤鬼……。
あ、まずい。
スマホは取られてはならない。
今のこいつなら、握っただけで破壊しかねんぞ!
「他の人に見せちゃダメですーーっ!」
「見せる気はねぇよ! 落ち着け! いいから落ち着け! 握り飯の時間だ! 仕事しろ!」
「信じられませーーん! それをこっちによこしてくださーーい!」
逃げ場はない。
もしここから出ようものなら、この部屋全てを破壊しかねない。
スマホは廊下への扉を開けて放り投げて難を逃れたが、捕まったら捕まえられたか所を握りつぶされかねない。
そんな恐怖を五分くらい味わった。
今回の教訓だ。
人前でこいつをからかってはならない。
うん。
「こっちが赤くなって、それでこっちが青くなってる。見事なコントラストだ」
やかましいっ!