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ミュウワとの、初めての語らい

 夕方の握り飯タイムがすべて終わるまで、あの時からミュウワは静かな笑顔を絶やさずにいた。

 これが、傷だらけで命からがら逃げてきた連中のオアシスみたいな役目を果たす。

 まぁ俺一人じゃ華はないことは自覚してるがな。

 そういう意味でもミュウワがいてくれて助かる。

 二人目のシェイラはそうでもなかったが、一人目のコルトの歌や三人目のショーアの技術は、握り飯と同じくらい、時にはそれを上回る効果を見せてくれた。

 それほどではないが、彼女の笑顔も安心をもたらすんだろうな。

 まぁ俺の自由時間をゼロにしたことは、それに免じて目をつぶろう。

 で、今は完成したてのプレハブの、彼女の部屋にいるわけだが。


「で、一通りの家具は揃えてある。風呂場はシャワーと湯舟を揃えてるし、一応調理場もな。言わずもがな洗濯機にトイレも」


 軽く説明をしてるが、ミュウワはベッドの上に敷かれた布団の手触りを楽しんでいる。

 人の話は聞いてほしいんだがな。

 必要事項だし。


「個室のよりもぽよんぽよんしてますよ、これっ。ほらっ」


 ほらって言われてもな。

 一応ベッドは離して二つ据え付けてもらった。

 離れてるからな。

 シングルな。

 それにしても、顔は満面の笑みなんだが、子供が体中せわしなく動かしてはしゃぐような感じじゃなく、やはり物静かにベッドに戯れている。

 まさに行儀よくって言葉がぴったりなんだが……。

 年齢聞いても無駄だよな。

 人間の年とそっちの種族の年じゃいろいろとギャップがありすぎる。

 ま、俺とこいつの残りの人生の時間って、間違いなく向こうの方がはるかに長いんだろうな。

 で、カウラはそんなこいつを俺の縁談の相手に決め付けたわけだが……。


「……お前、じゃなくて、ミュウワってさ」

「あ、はいっ」


 布団の感触に夢中になって、人の話を聞かないと思いきや、すぐに反応してくれるところは何と言うか……大人っぽさは感じるんだよなぁ。

 けど布団の手触りは手放したくないって感情が、布団から離れようとしない左手が物語っている。


「カウラがさ、俺に結婚相手にどうだ? みたいなこと言ってたけどさ……。初対面の相手をそんな風に決め付けられるのって、どうよ? 俺は、見た目は悪くなかったし、今までの手伝いの姿勢は好感が持てたし、名前を聞いた時以外に不快感は全くなかったし」


 俺の言うことを聞けーって言って、その通りに動く相手も、何かロボットみたいで嫌な感じはするけどな。

 陰で不満を言いまくるのも、こっちがストレス溜まる一方だし。


「え……と、コウジさんのことは、かなり前から噂で聞いてました。もちろんカウラお婆様から聞いたような話じゃなく……」


 まぁ屋根裏部屋の噂のことだよな。

 魔物が現れるダンジョンに、必死でもがいてふと気づいたら目の前にその入り口があって、っていういつも聞く噂話。


「それまでは、特にお婆様からは聞いたことはありませんでした。ただ、噂話が耳に届いたあたりから、物思いに沈むことは結構ありました。コウジさんのことを気にかけていたんだなって、あとで気付きました」


 まぁあのばーさんのことは、今はいいや。


「不思議な部屋で、分け隔てなく命の危険が迫った人達を助けてくれる部屋の主が、実在するって話を聞いて」


 まぁ事実に基づいた話だから、よく聞く嘘っぱちっぽい噂話とはわけが違うよな、うん。


「聖人君子を連想して、近寄りがたい人ってイメージでした」


 持ち上げすぎだ、バカヤロウ!


「でも助ける手段がおにぎりって話を聞いて、何となくユニークなイメージもありました。楽しい方なんだろうなぁって」


 噂話ってのは、時々理不尽に感じる。

 間違っちゃいない情報が流れるのはいい。

 だが、それより重要な情報が流れないってのはどういうことだっての!


「私は冒険者じゃありませんから、その方と会いたいと思っても会えるはずがない人だなって。別の世界に住む人って感じがしました」


 うん、その通りだな。

 別の世界に住む人ですが何か?


「私の家族は……ご覧になったでしょう? 叔父や叔母、その両親とか……。カウラお婆様を中心にした家族なんですよ。だからたくさんの人数で、一緒に同じ家に住んでるんです」

「一回訪問しただけで、それは分かった。賑やかでいいじゃないか」


 親類同士でにらみ合うような関係じゃない限りな。


「みんな仲良しなんです。でも、やはり仕事はまちまちで、コウジさんのことを見かけたことがあるって言う家族もいました。ちょっとだけ羨ましいなって思いましたけど、何となく高貴なイメージを持ってしまったので、私はその話聞かなくてもいいかなぁって」

「そんな風に思ってる奴が、一番家族の中で距離が近い件についてだな……」

「あはは。面白いですね」


 そんなこんなで月日が流れるうちに、その部屋の様子や俺の名前も噂の中に入るようになった。

 苗字は一致する、部屋の様子も自分が覚えている部分もあることから、意を決して家族全員に告げたんだそうだ。


「気に病んでた、というのは分かりました。自分は夫に、その子供達にひどい仕打ちをしてしまった、と」


 そんなことを言われても、玄孫の俺には当時の人達の心境には全くタッチすることはできないんだがなぁ。

 ミュウワの言う通り、気に病みすぎだろ、それ。


「もし可能なら、その償いの為に何かをしてあげたい。噂通り、部屋の主が一人暮らしなら、こっちで一緒に生活してもらいたいがどうだろう? と」


 急に重っ苦しい話になってきたな。


「勝手に話を進められてもな。こっちにはこっちの都合ってもんがあるわけだし、そっちの世界の人と関係を持った人が先祖にいるなんて、誰も考えられないだろ」

「えぇ。私もそう思いました。なので私が進言したんです。もし行けるなら行ってみて、気持ちを落ち着けてから、その人と話を進めてみては? と」


 聡明だな。

 年の功とはいえ、感情に走って何でもかんでも決め付ける年寄り。

 それを諫める若人か。


「実は、私はお近づきになりたくないって思ってたんですよ」

「聖人君子すぎるからか?」

「はい。たくさんの困ってる人を助ける仕事をする人って素敵だと思いますけど、どうやって生活してるのかなぁって。趣味とかないのかなぁ。遊んだりしないのかなぁって」


 遊ぶ相手がいない。

 趣味を探してる暇もない。

 金に困らなけりゃこの生活でもいいと思えるようにはなったな。

 誰かを助けて、その手ごたえを感じられるようになったしな。


「そう言うミュウワだって、趣味がなさそうじゃねぇか」

「読書とか好きですよ? でもここに来てからは……」


 こいつ、何かしてたか?


「コウジさんのことを見てるのが楽しいです」


 おいバカ止めろ。

 こっちが顔赤くなるわ。


「ここに来る人達とのやり取りが喧嘩腰で、不機嫌そうにおにぎりたくさん作って、それを配って、ここに来る人達がおにぎり食べるごとに元気になっていって、なのにコウジさん、不機嫌なままなのが、なんか面白くて。その顔見ると、全然聖人君子じゃなくて、ただの人だったんだなって」


 ……まぁ笑ってくれてもいいけどよ。

 でも、口を押えて笑う異世界人って……こいつが初めてなんじゃないか?

 どうだったかな?


「イメージと全然違いました。それに、先日の……」


 また顔が赤くなる。

 先日の?

 あぁ、あれか。


「カレーだな? カレーライスだな? 俺よりカレーライスと結婚したいんだな?」

「え? え、えーと、いやいや。えっと……」


 図星だな。

 どんどん顔が赤くなっていく。

 額に入れて壁に掛けてある認証状とかを目当てに言い寄ってくる連中と比べりゃ、ほんとに無邪気この上ない。

 けどな。


「炊飯器三つ空にするほど好きなんだもんな」

「言わないでください……」


 何だよこの食い気に満ち溢れた言葉攻め。

 誰得だよ。


「でもここに俺と一緒に行くように言われたのがきっかけだよな。ミュウワは抵抗なかったのか?」

「学業終えてから、ずっと家の手伝いばかりしてましたから……。魔力はありますけど特別強い術が使えるわけでもなかったし、体力とかも人と比べてそうでもなか」

「ダウト」

「はい?」


 人と比べてそうでもなかった?

 あのあしらい方、ここに来る冒険者達の体が万全だって、あんなことできる奴ぁ一人もいねぇぞ。


「まるで筋肉を使わない感じだったじゃねぇか。あの放り投げっぷりは」

「冒険者している家族達は、指先一つで吹っ飛ばしたりしますよ?」

「そんな奴らがよく俺のところに来たもんだ。どんな生き物がそっちのダンジョンにいるんだよ」


 怖ぇよ。

 超怖ぇよ。


「冒険者をしている家族はたくさんいますが、その中で二人くらいしか行ったことないって」


 それでも……ちょっとそっちの世界、怖いかも。


「それに、気に入らないのであれば戻ってきてもいいし、結婚前提でなくてもいいって。コウジさんのお手伝いができればって。だから、そんな人のそばに行くんだから、ちょっと緊張しちゃって……」

「緊張? してたのか?」

「はい、してました」


 嘘つけ。

 初対面の時とこれまでの態度、そんなに変化なかったぞ?


「俺の第一印象はお淑やかだったんだが、一部を除いてその印象が全く変わらないんだが?」

「え? そうですか? 初対面からしばらく何日か経つまでは緊張しっぱなしでしたけど、今ではほとんどしてませんよ?」


 普段からこんな言動ってことか。

 態度が急変する可能性はゼロ。

 これは有り難い。大歓迎だ。

 だが……。


「俺はずっと手伝ってもらえたら気が楽なんだが、あとはそっちだよな。返事に気を遣わなくていいから、率直に言ってどうだ?」

「毎日カレーライスなら喜んで!」


 こいつは……。

 米不足になることはなさそうだけどさ。

 その度ごとに……。


「米研ぎ、辛いぞ?」

「う……」

「月に一回」

「週一っ。あ、そのカレーうどんとやらも試してみたいですっ」


 ……まぁ基本的に、俺の言うこときちんと守ってくれるし、マナーとかもいいし、おまけに、ここで作っても良さそうだし……。


「分かった。ただし週一になるように努力する。やってる暇がない場合もあるからな」

「ありがとうございますーっ」


 ぴょこんと立って深々とお辞儀をするその姿も可愛げがあるな。


「じゃあこれからもよろしく、ってことでいいか?」

「はいっ。お世話になりますっ」


 となると……随分時間が経ってるな。


「じゃあもう寝ろ。明日も早起きだぞ?」

「あれ? コウジさん、お風呂は?」

「ん? 入るよ?」


 って、浴室に指差してるが、何だ?


「一緒に、お風呂どうぞ?」


 おい。

 おい。


「今日初めて長々と会話した相手と、いきなり一緒にお風呂ってお前」

「私、あとに入りますから」


 順番に入ろうってことかよ。

 びっくりするわ。


「下にも風呂があるんだよ。俺の住まいだからな。つか、今までもそうだったろうが」

「じゃあ一緒に寝ましょっ!」


 何なんだ。

 何なんだこいつは。


「二つベッドがあることですし」


 ……分かった。

 こいつ、修学旅行のノリだわ。

 眠くなるまで布団の中でお喋りしようってやつだ。

 で、よく朝寝坊して、引率教師にたたき起こされるパターンだこれ。


「……いくら自分専用の部屋ができたと言っても、やることは今までと変わらないんですっ。風呂に入ってさっさと寝て早起きしろっ」

「えー……」


 ……屋根裏部屋では凛として、自分の部屋ではデレかよ。

 それはそれでめんどうだぞおい。


「黙って寝ろっ!」


 こんな時は、最後に一言ピシッと決めて、さっさと部屋から出るに限る。

 あれ?

 でも、あいつ、誰かに襲われても……。

 平然として返り討ちにするんだよな。

 いや。

 いやいや。

 これは俺のモラルの問題だ。うん。


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いつも見て頂きましてありがとうございます。

新作小説始めました。
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勇者じゃないと言われて追放されたので、帰り方が見つかるまで異世界でスローライフすることにした

俺の店の屋根裏がいろんな異世界ダンジョンの安全地帯らしいから、握り飯を差し入れてる

cont_access.php?citi_cont_id=170238660&s ツギクルバナー
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