してほしいことをやってくれる相棒ってのは有り難い
「お、お慕い申し上げます!」
一人目の女の言葉はそんな感じだったか。
それに対して俺が返した言葉は。
「あんた、誰」
人間っぽい感じだったが、人間とエルフのハーフの種族。
すぐさま彼女はこう答えた。
「リンメイと言います」
ガスコンロか何かのメーカー名に似てんな。
つか、名前じゃなく何者かを知りたかったんだが、こう聞けば名前を答えるよな。
それは俺の失敗だ。
「モテる男はつらいねぇ」
要救助者がやかましいわ!
俺をイライラさせる言葉を野次馬が言い放つ。
更に爆発させるのが。
「えっと、私、何をしたらいいですか?」
頼む気はねぇし、だからお前は何者なんだって話なんだよ!
曲者か?!
「うん、体力回復したら、すぐ自分の世界に帰ってくれ。な?」
これしか言いようがない。
そんなことしか言えないんだが、相手は聞いちゃいないんだな。
「あ、私がそれをしますね!」
米研ぎをしている彼女を押しのけて、その侵入者は自分の仕事にしようとする。
俺の世界の米がそっちの世界にあって、その調理の仕方とかも同じならば説明も無用かもしれないが、そうじゃなないなら一から説明しなきゃならんだろう。
米研ぎして終わりじゃない。
炊飯器の扱い方知らないだろ。
炊飯器壊した相棒もいたくらいだ。
「ちょ、おま」
「すいませーん、お姉さん、ちょっと失礼しま……あ?」
びくともしない。
押しかけて来たこのハーフエルフが押しのけようとした彼女は、重心が移動することもない。
「何か?」
にっこりとそいつに笑顔を向ける。
まるで、本当に何事もなかったように。
「わ、私がっ、しますのでっ、お姉さんはっ、隅ででもっ、お休みっ、くださいっ」
何度も力を込めて押しのけようとするが、彼女は今度は、何事も無いように米研ぎを続けてるという、実にシュールというか何と言うか。
「コウジさん。最近おにぎりを作るペースが上がってきているようです。三つの炊飯器はもう稼働してますが、念のためもう一台分米研ぎをしておきましょうか?」
ハーフエルフに押されている彼女は、完全無視で俺に話しかけてくる。
これは……無視していいのだろうか?
「あ、あぁ……。い、いや、二台分研いでもらおうか。俺達の晩飯の分も用意しときたいから」
「達……? あ、私の分もですか? お気遣いありがとうございます。分かりました。やっておきます」
ハーフエルフは彼女を押しのけようとすることは諦めて、こっちにすり寄ってきた。
「コ、コウジさん。わ、私の分も、ですよね?」
何でいきなり来た奴の飯も作ってやらにゃならんのだ。
というものがそっちの世界にあるのなら
とか考えてるうちに、すり寄るどころか体を押し付けてくるハーフエルフ。
色仕掛けで落とそうとか考えてるのか?
「あー……、こいつ、引きはがしてくんない?」
どんだけ押そうとしてもびくともしなかった彼女なら、まるで埃をつまんで取り除くようにすっと引っ張っていってくれるだろう。
と思ったら、まさに予想通り……というか……。
襟首掴んで持ち上げて、まるで猫を扱ってるような感じだ。
俺の服を握ってしがみつく手も、指先で一瞬で弾き飛ばした。
強ぇ! 強すぎる!
しかも服装にも髪の毛にも、その他いろんな所でも、一切乱れず。
「……で、どうしましょう?」
「……お、おう……。屋根裏部屋の方の扉の前にでも置いといて、仕事続けてくれ」
「はい」
「ちょ、ちょっと! 女性に向かって、扱いがあまりにひどいんじゃない?! こんなにお慕い申し上げてるってのに!」
何で上から目線なんだ?
まぁ持ち上げられて俺よりも目の位置が上にあるからなんだろうが。
「この人の素性は知ってる。けどお前は、名前は言うが何でここに来たのか分からん。ひょっとしたらどこぞのダンジョンに住みついてる魔王の手下で、俺を暗殺しに来たかもしれない可能性も無きにしも非ず……」
妄想レベルだけどな。
「こ、この人だってそうでしょう?! どんな人か、隅から隅まで分かるっての?!」
なんだこいつ?
慕い申し上げる相手に言う口調か?
「分かるわけがない。夫婦の間柄だって、お互い分からない部分があるとも聞くしな。ただ、俺はこいつを信頼できる。それだけのこと。名前を知ってるだけじゃ信頼できる間柄にはなれないんだよ。大体仕事の邪魔ばかりしてるじゃねぇか。有名人とお近づきになりたがる夢見る少女かよ、お前は」
「コウジさん。あまりしつこいなら……穢れ仕事も厭いませんが……」
待て待て待て。
流石にそれはちょっとアレだぞ?
そんなことさせられないだろ。
「ヒ……ヒイィっ!」
ハーフエルフがなんか、逃げてった。
屋根裏部屋から、逃げてった。
なんなんだ、このアクシデント。
「コウジ、散々だったな」
こういう時は遠巻きに眺めてるだけの来訪者達。
世話になってる自覚があるなら、窘めるとかしろよな。
「きっとあれ目当てなんだろ」
「あれ?」
店との出入り口の上、各異世界のトップからもらった感謝状だか表彰状を飾っている。
数えきれない冒険者達の命を救ってくれた、ということで。
「こんな数多くの勲章をもらった男の妻になるってことで、自分に箔をつけたかったんだろうさ」
やれやれだ。
それ狙いで異性が寄ってくるとあっちゃ、それらは迷惑この上ない物体でしかない。
とにかくだ。
仕事は続けなきゃならん。
「……あー……米研ぎの続き、頼むわ」
「はい、喜んで」
こいつの笑顔、何か癒されるんだけど。
それもやはり、余計なことは何も言わないから、だと思う。
まさに、沈黙は金、だよな、うん。