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コルトの視点から うどんの日のこと

「コルト。仕事は慣れてきたか? こっちはぼちぼち助かってる。まぁ具体的な数字を見せても分らんだろうがな」


 今日は、実は私が一番楽しみにしている、毎週十四食の中で一回だけ頂けるうどんの日なんです。

 一日二食のおにぎりを毎日作ってくれてるコウジさんは、そう言いながら私と自分の分のうどんを持ってきてくれました。

 でもなんだか申し訳ないんです。

 特別扱いされてるような気がして。

 この部屋にいるみんなが、一瞬だけこっちを見るんです。

 うどんの美味しそうな香りが広がっちゃうんですよ。


「いいからとっとと食え」


 ぶっきらぼうな物の言い方をする人ですけど、誰にも同じ口調なのであまり気にしません。

 でもずいぶん気を遣ってくれるのは分かります。

 だって……。


「年をとってもここにいたいって言い分は分かった。けど俺は、お前はいつかはここから去る時が来ると思う。だから……」

「……これ、何です?」

「見たことないか? ノートとシャーペン、それに替え芯に消しゴム。色々感じたことをこれに書き留めとけ。もしもお前の世界で居場所が見つかった時、ここで過ごした日々が、実はお前にとって全く何の役にも立たない期間だった、ってことがないようにな」


 いつまでも覚えていられるつもりが、いつの間にか忘れ去って、そんな大切なことが記憶からなくなるのはもったいないだろうって。

 帰るつもりなんて本当にないんですけどね。

 蒸しタオルを時々持ってきてくれて、お風呂代わりにしろって言ってくれたり、そのためにカーテンで部屋の隅を区分けできるようにしてくれたり、本当にコウジさんには良くしてもらってます。


「お前が作る物ってホントに便利で、しかも数が少ないってのがミソなんだよな」

「ミソ?」

「あぁ。最初は大量生産してほしい、そうすりゃ金銭的に余裕が出る。そう思ってた」

「余裕が出るのはいいことですよ? でも同じ物を作るとなると、物によって違いますけど一日に三つくらいが限度ですかね」

「それがいいんだよ。この世には存在しない物を材料にして物作りしてるんだ。大量生産して大儲けしたら、同じものを生産する企業から睨まれたりされるかもしれないからな」


 コウジさんの店で売るので、そんな大企業の売り上げに打撃を与えたら、いろんな手でこの店が潰されるかもしれない。

 そしたらここに助けを求めてくる人達を見捨てることにもなるかもしれないって。


「世の中、ひどい人達がいるものですね」

「おいおい、他人事だな。ひどい目に遭わされたお前が言うか?」


 う……。

 コウジさんにはいろいろお世話してもらい、道具作りも好きなので、割と充実した毎日を過ごせるようになりました。

 なので、あのことはすっかり過去のことかと思ってたんですが……。


「悪りぃ。ちと無神経な事言っちまったな」

「い、いえ……そんなことは……」


 自分でも驚くほど声が震えてました。

 かなり堪えてるってことでしょうか……。


「話がずれたな。作ってくれる道具のレシピとか記録とかにも使えるだろ。作る道具の種類が多くなったら、片っ端から忘れてしまうかもしれないし」


 言われてみれば、それはあり得るかもしれません。


「評判が特にいい物を優先して作ることになるでしょうから、余ったアイテムで作ることができる物は自ずとそうじゃない物になりますもんね」

「そう言ったことも含めて、ここでの生活の経験とかさ、書き留めといたらどうかってな。全部埋まったら追加のノート買ってきてやるよ」


 私の道具作りでこっちの仕事が楽になった。

 そんなことをコウジさんは何度も言うんです。

 おにぎりの具の種類が増えた、とも言ってました。


「今までは気分でいくらを入れてた。けどこれからはそれもレギュラー入りだ。水もすっかり安定して供給できるようになったし、こっちの仕事は増えた。けど経済的な悩みが減った分あまり苦労に感じなくなった」


 私もコウジさんに喜んでもらえて、仕事をしている甲斐があるってもんです。

 ありがとうございます。


「お前さ、実家に帰っちゃダメとか村から追い出してやるとか、そんなこと言われてるわけ?」

「え? いえ、そんなことはないんですけど、私の生まれた村ではみんな自給自足の生活でした。食糧で不安なことが起きたら、みんなで支え合って生活してました。でも農地とかを広げたりすると、魔物が棲みついてる森林に近くなるので……」

「人口が多くなると食糧不足になる。口減らしっつったら言葉は悪いか。村から出て生活できる奴は出てもらい、最低限、でなるべく許容範囲ぎりぎりの人口を維持してるってわけか」


 コウジさんって意外と物分かりがよくて、こっちが言いたくないことを言わなくても分かってくれるので助かります。


「じゃあ時々里帰りもしてるってことだよな? しょっちゅう戻れるわけでもなさそうだが」

「えぇ。ここ三十年は戻ってないですね。でもあまり戻るなって言われてます」

「何で? 嫌われてるのか?」


 時々ひどいことを言ってくるのが玉にキズでしょうか。


「そうじゃないですよ。帰る時はどうしてもお土産買うじゃないですか。そのお土産がみんなの生活の足しになるような物になると、次からはそんな土産を期待しちゃうんですよね」

「土産なしには生活できなくなる、ということか。自制心に満ちた村だな」


 コウジさんは不思議そうな顔をしますが、村に残る人も出る人もみんなそう言い聞かせられてますから。

 生活の知恵の一つですよ。


「じゃあなおさらだな」

「何がです?」

「そのノートにいろいろ書いとけってこと。その中身が村の人達の土産になったりするんじゃないか? 村の外の生活で得た知恵が、村でも役立つかもしれないだろうしな」


 なるほど。

 じゃあ早速書いてみます。

 でも……。


「でも、最初はなんて書いたらいいんでしょう? 人に見せるものじゃないので、初めましてでもないでしょうし」


 ……なんですか、コウジさん。その大きなため息は。


「知るか。好きに書いたらいいだろ」


 それもそっか。

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新作小説始めました。
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勇者じゃないと言われて追放されたので、帰り方が見つかるまで異世界でスローライフすることにした

俺の店の屋根裏がいろんな異世界ダンジョンの安全地帯らしいから、握り飯を差し入れてる

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