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小さいけれど、折れない我がまま

 俺が握り飯を運び込む先は、俺の店『畑中商店』の屋根裏部屋。

 どういうわけかいろんな異世界と繋がっていて、それぞれの世界で活動している冒険者達がやってくる。

 しかも全員、ここに来る直前に命の危機に遭遇している。

 この部屋にいる間、特別なルールを強いることはない。

 せいぜい、俺が持ってきた握り飯は、並んだ順に持っていくこと。それくらい。

 あとは、当たり前だが暴力沙汰は勘弁してほしい。

 誰かに危害を加えることはもちろん、部屋の壁、床、天井に傷をつけられても困る。

 もっとも、ここに来る奴はそんなことをする気は全くないようだ。

 だから、この部屋に二週間くらい滞在する奴もいる。

 一か月も留まってる奴はいないな。

 歩けないほど体力が消耗した状態でここに来た奴ですらそんなに長い期間を必要とせず、互いに持ち寄った薬や俺の握り飯で回復してた。

 あ、俺に何か特別な力があるなんてことはない。

 だから俺が作る握り飯も、特別な効果をもたらすなんてことはないはずだ。

 けど、みんな元気になるんだよな。

すぐ、とはいかないまでもな。

 ところが、ちょっと困った状況に陥ってる。

 いや、食糧関係じゃない。

 人員関係なんだ。


「ほら、俺も手伝ってんだからさ。俺にもその……うどん? ってやつ、食わせてくれよ」


 大の大人だったら、我慢しろ、の一言で済ませられるんだが。

 俺にそう言い寄って来たのは、誰の目から見ても子供。

 種族はコボルト……っていうんだったか?


「お前らはこの握り飯。水も用意してるんだ。食いたきゃ体力気力回復させて、とっとと国に帰るんだな」

「俺だって仕事したんだぞ! このねーちゃんみたいにさぁ! 仕事してもらったからうどん食わせてるんだろー! 俺にも食わせろよー!」


 俺とこいつとの言い争いで、コルトを巻き込んでしまった。

 ここにいる連中には、俺の助けになるような働きはできないと思ってた。

 だからこいつらに頼ろうとする気もなかった。

 そんな俺に、コルトは仕事をさせてくれと押しかけて来た。

 ただ、見返りは一切求めなかった。

 ここにいることが、その報酬としか考えてなかった。

 どんな奴だって、食わなきゃ生きていけない。

 だからこいつのために、毎回持っていく握り飯の中から二個取り分けて渡してた。

 コルトは受け取るたびに嬉しそうにするが、申し訳なさそうな表情も混ざる。

 どうでもいい仕事なら、俺もそこまで気は遣わない。

 勝手にやってろ。そう思う。

 しかし思いもかけず、いい仕事をしてくれた。

『畑中商店』の収入増額にも貢献してくれるほどに。

 そこまでの働きぶりを見たら、いくら連中につっけんどんな対応をすることが多い俺でも、自然とコルトへの感謝の気持ちも出てくる。

 けどコルトへの感謝の気持ちを形に表すことって、意外と難しい。

 口に合うかどうかは分からないが、具も変わり映えしない握り飯よりはうまいと思えるんじゃないか?

 ということでうどんを作ってやった。

 ここまでの経緯の中で、コルトから何かを求められたことは一切ない。

 俺の店の三代前からここに握り飯を持ってくる始まりは、こいつらが持ってくるアイテム狙いじゃない。

 単純に奉仕活動。ボランティア。こいつらへの同情。

 ところが握り飯を受け取った連中が、ただで貰うのは申し訳ないと感じたらしい。

 持ち合わせのアイテムを代わりに受け取ってくれないかという、そんな思いから握り飯とアイテムの物々交換めいたことが始まったんだと。

 だから握り飯一個はこのアイテムなら何個、このアイテムならもっと必要っていう判断基準はない。

 何も持ってない奴から物を受け取ったり奪ったりなんてできるはずもないしな。

 アイテムを置いていくのは、握り飯をもらう側の善意が主体なんだよな。

 そうして、いろんな種類のアイテムを差し出された。

 アイテムを受け取ってくれ、と言ってくる連中の思いのほとんどは善意だ。

そのせっかくの善意を無下にするのも悪い気がしたんだと。

 となると、金に換えやすい物を選ぶ傾向が強くなる。

そのうち物々交換めいた習慣が根付くわけだ。

 だから俺の代になっても、アイテムを持ってない奴からは何も受け取らないし受け取るつもりもない。

 こっちから言えることは、握り飯を独り占めするなってことくらい。

 だが、この少年は頓珍漢なことを言い出した。


「報酬目当てに仕事を求める。これは社会的には正しい思考だと思う」

「当然だろ! だから寄こせよ!」


 どこからどうツッコんだらいいものか。


「大人達を困らせるもんじゃねぇぞ」


 握り飯を受け取った、弓を抱えた冒険者が口を挟んできた。

 援護射撃は有り難いが、聞く耳を持つ者が相手でないと有効じゃない。


「だって、俺、こいつの仕事手伝ったんだもん! うどん寄こせよ!」


 麺つゆの匂いって、意外と罪なもんなんだな。


「仕事仕事ってうるせえよ。握り飯を待つ行列に、お前はただ『きちんと並んでくださいねー』って声をかけて歩いただけじゃねぇか! 誰だって言われなくてもきちんと並んでただろうが!」


 おーい、弓戦士よ、あんたも大人げないぞー。

 言わんとしていることは俺も激しく同意だがな。


「オイこら坊主。このお姉ちゃんはな、何かが欲しいから仕事をしてるわけじゃねぇんだ。それと、このお姉ちゃんにしかできない仕事をして、それで俺が助かってるんだ。なのにこのお姉ちゃんは、うどんどころか握り飯をください、なんて一言も言ったことないぞ?」

「ひいきしてんじゃねぇよ! 握り飯なんてもう飽きたよ!」


 コルトをぞんざいに対応していいのか?

 そんなクレームが多くなった。

 コルトの功績を見たことがある奴が少なくなった。

 当たり前だよな。

 この部屋に来て、出て行った連中は、みんな大事な教訓を身につけただろうからな。

 同じ失敗は繰り返さないってな。

 まぁ握り飯目当てにして、わざと我が身を危険にさらす風変わりな連中もいるが。

 だからこそ、なぜコルトばかり待遇がいいんだって声も上がるだろうとは思ってた。

 でもそんな文句を言う奴は出てこなかった。

 けど、こんな我がまま言い放題の子供から言われるとは思わなかった。

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いつも見て頂きましてありがとうございます。

新作小説始めました。
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勇者じゃないと言われて追放されたので、帰り方が見つかるまで異世界でスローライフすることにした

俺の店の屋根裏がいろんな異世界ダンジョンの安全地帯らしいから、握り飯を差し入れてる

cont_access.php?citi_cont_id=170238660&s ツギクルバナー
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