2-17 何のため
ダリアさんの過去編、見切り発車のせいで難産すぎる...
一旦次回からイベントに戻ります!
脱線しすぎました!
エリスはダリアの厳しい稽古を二年間、真面目に受け続けた。
稽古が終われば毎日、また一人で剣を振るい。
稽古の前には身体を鍛え、そこらの男の騎士よりも強い身体になった。
そしてついに今日、ダリアに模擬戦とはいえ、勝利した。
もちろんダリアが本気を出していたとは到底思えないが。
仮にも《白銀騎士団》の副団長があの程度なわけが無い。
それでもエリスは嬉しかったし、今回の勝利で自分の『強さ』に自信をつけた。
そこらの騎士より強くなった自信があったのだ。
だからこそ、早く自分の『強さ』を試してみたくなったし、試すチャンスはすぐに訪れた。
そのタイミングの良さと自信の高まりが相まって、エリスにはそれが、まるで神が与えた機会のように思えた。
エリスには、このチャンスを逃すという手は無かったのである。
咄嗟に掴んだ剣を片手に、全速力で戦闘音の方へと向かうのだった。
***
「エリス様!お待ちを!」
ダリアの呼びかけにも反応せず、エリスは全速力で戦闘音の方へ駆けて行く。
まるで、何かに取り憑かれているかのように。
手にはいつの間にか剣を携えている。
ダリアは報告に来た満身創痍の騎士を近くの木陰に寝かせると、自らの剣を掴み、エリスの後を追いかけ始めた。
エリスはいま、防具を着ていない。
いくらダリアとはいえ、鎧を着込んだ状態で軽装のエリスに追いつくことは不可能であった。
***
エリスの心は躍っていた。
これで自分の実力が試せる!
走る先に、フォレストタイガーの後ろ姿を捉えた。
何度も練習した動きで剣を振りかぶり、まだこちらに気がついていないフォレストタイガーの背を斬りつけた。
ザシュッ!
初めて斬る肉の手応えは、エリスを一瞬、我に帰らせた。
「グゥァァン!」
フォレストタイガーは背中からドクドクと血を流しながら、その場から飛び退いた。
そしてエリスを睨みつけ、激しく唸り声を上げる。
「グルルルゥゥ...」
「っ...!」
凶悪な怒れる魔獣と初めて退治したエリスに、恐怖心が沸き起こった。
見れば先に戦っていた騎士たちは、こちらを驚いた様子で伺いながらも、もう一頭のフォレストタイガーの猛攻を凌ぐので精一杯のようである。
エリスは本能的に後ずさりしそうになる足と渦巻く恐怖心とを、辛い稽古を思い出すことでなんとか抑えた。
「そうよ。私はもう強いわ...。魔獣なんかに負けないくらい強くなったのよ!」
エリスは再び剣を握り直し、
「やあぁぁ!!」
フォレストタイガーに正面から斬りかかった。
相手は満身創痍。
あと一撃決められれば、勝ちは確実であった。
しかし飛びかかったエリスには、相対するフォレストタイガーがニヤッと笑ったように見えた。
次の瞬間、全身の筋肉を爆発させ、エリスに急接近するフォレストタイガー。
エリスは知らなかったことだが、フォレストタイガーはこの辺りの魔獣達の食物連鎖の上位に君臨する。
正面から勝負を挑んで勝つのは、いくら手負いと言えども並の騎士では難しいレベルなのであった。
フォレストタイガーの動きはエリスにとって予想の範囲内であった。
そのスピードとパワーを除いては。
走り出した足はもう止められない。
エリスはその一瞬で、死を覚悟した。
これはもう躱せない。ダメだった。
私はまだ強くなんてなかったんだ...。
そんな気持ちがエリスの胸中を駆け巡り...
ガキィィィン!!
エリスの頬に、鋭い痛みが走る。
しかし鳴り響いたのは、鈍い金属音。
エリスは目を開ける。
そこにいたのは見慣れた鎧の女性騎士。
ダリアであった。
「エリス様!お下がり下さい!」
ダリアはフォレストタイガーの渾身の一撃を盾で受け止めながら、そう叫んだ。
「う、うん!」
もはやエリスに戦意など残ってはいない。
ただ言われるがまま、歯痒い思いで逃げるだけだ。
「ガァァ!」
フォレストタイガーの牙がダリアに迫る。
ダリアはその動きを完全に見切り、後ろに飛び退いて躱す。
更に迫る追い打ち。
振るわれた剛腕を、しかしダリアの盾が受け流した。
「ハッ!」
ダリアはガラ空きになった相手の脇腹を剣で一閃。
「ガァァァァ...」
光の粒子となって消えていくフォレストタイガー。
終わってみれば数秒のやりとりであったが、その戦いを間近で見ていたエリスは終始、目が釘付けであった。
***
やっぱり、ダリアは『強い』。
私はまだまだだ。
気がつくと、ダリアが目の前にいた。
何やら必死の様子である。
「エリス様!早く手当を!おいお前達!ポーションを持ってこい!」
そうダリアに言われて初めて気がついた。
左頬が熱い。
...そうか、怪我したんだ。私。
触れてみると、頬に激痛が走る。
どうやらフォレストタイガーの爪が掠ったようだと思い至った。
ダリアの部下の騎士達はいつの間にかもう一頭のフォレストタイガーを倒し終えていて、こちらに走ってきていた。
手には上級のポーション。
こんな傷に使うには上等すぎる。
「いいのよ、ダリア。一番低級のポーションをちょうだい。」
「しかし、それではエリス様のお顔に傷が残ってしまいます!」
「...いいのよ。これは私の未熟さの証だから。もっと強くならなきゃ...。」
ダリアはそのエリスの表情を見て一瞬、言葉を詰まらせた。
王族としての責任感とは、どれほどのものなのか。
それはダリアには分からない。
「...エリス様。以前、私の強さの理由を訊かれたことがございましたね。」
ダリアは静かに、エリスに語りかけた。
「え、えぇ...?」
怪訝な顔で頷くエリス。
「私の『強さ』は、私だけのものではないのです。誰かを守り、誰かと共に立つ。そのための『強さ』なのです。」
エリスはその言葉が自然と染み込んでいくのを感じていた。
自分のためだけじゃない、誰かのための『強さ』。
そんなものを自分も目指してみたい。
素直に、そう思えたのだ。
「エリス様に怪我をさせてしまった私が言える立場ではありませんが...エリス様の『強さ』は、もっと誰かのために振るっても良いのではないかと、私は考えます。」
ダリアは真面目な顔でそういうと、エリスの顔に上級ポーションを振りかけた。
みるみる消えていく顔の傷。
「え、ダリア、何を...」
「エリス様は立派でした。フォレストタイガーに単騎で立ち向かえる胆力のある騎士など幾人もいませんよ。だから、“未熟の証”は消してしまいましょう。」
微笑むダリアに、エリスは見惚れる。
その時のダリアの顔は、今まで見たこともないくらい慈愛に満ちたものだった。
「ではエリス様、行きましょうか。あなたの道は、まだまだ続きます。」
...まるで、それが最後の別れかのように。
***
翌日、エリスはリオネル王子に、ダリアが《白銀騎士団》を去ったことを告げられた。
守るべき王女を魔獣に傷つけさせてしまったことを理由に、自ら騎士団を去ったらしい。
王国としては損失であったが、本人の意思は固く、引き留められなかったらしい。
「私のせいで...」
エリスは自分の行動を悔いた。
それを見て、リオネルが一枚の紙を差し出した。
「エリス。ダリアから伝言だよ。」
『私が去るのは私の意思です。エリス様がお強くなられたら、一緒にお酒を飲む約束を果たしましょう。』
エリスはその伝言を見ると、無言で中庭へ行き、剣を振り始めた。
「エリス...?」
「お兄様。私、決めました。強くなって、もっともっと強くなって、ダリアに会いに行きます!」
リオネルは、剣を振るう妹を温かい目でいつまでも見つめていた。
ちょっと最近忙しく、2日に1回更新が途切れてしまいました...。
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