1-15 そのころの妹
いとうです。
最近は冬なのにアイスを食べまくっています。
パウロさんの店を後にした俺は、また《堅牢の森》に足を運んでいた。
アーマードグリズリーとの戦いの中で思いついた動きを特訓するためだ。スキル研究は俺の生命線なのだ。ひとつしかないし。
「あのとき俺はたしか...。」
俺は糸を操作して、目の前にあった太めの木の幹にひっかけた。アーマードグリズリーと戦ったときは、木にかけた糸を引っ張って体を移動させたような記憶がある。
正直あのときは、とにかくあの恐ろしい爪の餌食にならないように必死だったからな。あまりはっきりと覚えていない。
「この糸を...よっ!」
糸を素早く引くと、俺の体はとんでもない勢いで前に飛び出す...ということはなく、当たり前といえば当り前だが、糸を引いた分だけ前に進んだ。
「おかしいな。」
この前はもっとこう、すごい勢いで飛び出したような気がするんだが...。何が違うんだ?
俺は無意識に糸で近くの草を引っこ抜きながら考える。
「この草、結構深くまで根を張ってるな...。ふんっ!」
草を抜いた反動で俺の体は少し引っ張られた。
「っとと...。あっ!そうか。」
ひょっとして、糸を操作して引きながらじゃないとあの時の動きは再現できないんじゃないか?俺はすぐに試してみることにした。
糸を握り、太めの木に巻き付ける。そして駆け出すとともに、糸を操作して思い切り引っ張った。その瞬間、
「うおおぉ!? ぐぁ!」
俺の体はものすごい勢いで加速し、地面に顔を強かに打ち付けた。土が削れ、俺の顔がめり込む。これ絶対HPも削れてるだろ。
こんなの戦いの度にやっていたら身が持たない。うまく使えれば良い武器になると思うんだが。
「はは、楽しくなってきたな。」
不自由な中でいかに動きを最適化するか。これぞ縛りプレイの醍醐味だ。顔を泥だらけにしながらも、俺の頬は緩み切っていた。
俺はそれからしばらく、森の片隅で嬉々として特訓に励むのだった。
***
「...ふぅ。疲れた。」
今日の撮影を終えた私は、楽屋のマイクッションに倒れこんだ。
「お疲れ様、ミクちゃん。はいこれ。」
「ありがとアカリさん。最近忙しくて参っちゃうわ。」
「ふふ、あの小さかったミクちゃんが今や新進気鋭の売れっ子モデルだものね!私も鼻が高いわ。」
そう、私は売れっ子。そのはずなのに。
「んー。私はお兄ちゃんに褒めてもらえればそれで満足なんだけどなぁ。」
「え?涼くんはミクちゃんを応援してくれていないのかしら?」
「違うの!おにーちゃんったら、全然テレビ見ないのよ!たまに見るのもニュース番組ばっかり!雑誌も読まないし、ネットもほとんど使わないの。だからそもそも、私がどんな仕事してるのかも知らないわ。多分。」
そう。私の大好きなお兄ちゃんは私の仕事をあまり見てくれない。お兄ちゃんに褒めてほしい私にとっては、それが非常に大きな悩みの種。
「それはまた...随分と時代遅れね。」
アカリさんも苦笑している。
アカリさんは私とお兄ちゃんの叔母にあたる人物で、よく家に遊びに来ては私たちの面倒を見てくれていた。今は私の専属のマネージャーとして、私の仕事の面倒を見てくれている。
「だから私は、いつかおにーちゃんに褒めてもらえるように、もーーっと頑張るんだから!」
「ミクちゃんは本当にリョーくんが大好きなのねぇ。」
何故かさっきより苦笑を深めるアカリさんをよそに、私は大好きなお兄ちゃんに振り向いてもらうべく、さらに決意を新たにするのだった。
***
次の仕事の打ち合わせがひと段落したところで、アカリさんがこんなことを言い出した。
「そういえば、またファンの人たちからたくさんプレゼントが届いてたけど、見る?なんだかとても大きなプレゼントもあったみたいだけど。」
「え!どこ!?」
私はその一言を聞いて、いてもたってもいられずアカリさんを連れて勢いよく楽屋を飛び出した。
「ちょ、ちょっとミクちゃん!?大きすぎるから事務所の倉庫に置いてあるわよ?ここには無いわ!」
それを聞いて急ブレーキをかける私。今更だけど、あんなに慌てて恥ずかしくなってきちゃった。
「...こほん。じゃあアカリさん、早く事務所に帰りましょう。」
「ふふふ。じゃあ車に乗って。こっちよ。」
私はほんのり赤い顔を隠しながら事務所へ向かった。アカリさん!ニヤニヤしないで!
***
「着いたわよ。倉庫に直行するのかしら?」
アカリさんがまたニヤニヤしながらこちらに問いかけてくる。私は少しムッとするけど、おとなしく倉庫の方に着いていく。
「ミクちゃんも大きなプレゼントにはあんなに興奮するのね。なんだか小さい時を思い出すわ。」
「ち、違うの!アレには理由があって...。」
「はいはい、分かりました。」
アカリさんにいなされてしまった。ますますムッとする私。違うのに。
しかめっ面ででも少しワクワクしながら事務所の倉庫に入ると、そこには明らかに異質な、私の背丈より大きいカラフルなプレゼントボックスが置いてあった。私はそれに飛びつくと、さっそく包装を剥がし始める。そこにあったのは、
「やっぱり!メガトロンだ!MALOも入ってる!」
「ミクちゃん、それって...。」
「そう!私が欲しかったゲームなの!シイッターで欲しいなーって呟いたらファンの誰かが送ってくれたみたい!」
「それってニュースですっごく値が張るって言ってたわよ?ミクちゃんの影響力に叔母さん、驚かされてばかりだわ。」
とても驚いたようで、アカリさんの一人称が昔に戻ってしまった。私もまさか本当に送ってくれる人がいるとは思ってなかったけど。
これでお兄ちゃんと一緒に遊べる!さっそく私の部屋に設置してもらわなくちゃ!
今からニヤニヤが止められない。
「じゃあアカリさん!私は帰ってこれをやらなきゃいけなくなったから!また明日ね!」
「あ!ちょっとアカリちゃん!明日も遅刻しないように夜更かしは控えめにね! ...まったく。あんなにうれしそうな顔して。包装紙もこんなに散らかしちゃって...ん?この送り主って...。」
***
「ただいまー!」
元気な声がして俺が玄関を覗くと、そこにいたのはミクだった。
「おう、おかえり、ミク。」
「あ!おにーちゃん!私もMALO手に入れたよ!今度一緒に遊ぼうね!」
何?昨日の今日だぞ?一体どんなツテを使ったんだ...。
まぁでも、久々にミクとゲームをするのも楽しそうだな。最近は仕事で忙しそうにしているし。ミクの息抜きの相手になれるならいくらでも手伝おう。
「ああ。じゃあ今度な。」
「やったー!ね、お母さんは?」
「母さんなら奥で晩御飯を作ってるよ。」
「ありがと!おかーさーーーん!今日の晩ご飯なにーー?」
ミクはそう叫びながらバタバタと台所の方へ走っていった。慌ただしい奴だな。
それから程なくして巨大なダンボール箱を抱えた業者が到着、無事にミクの部屋にメガトロンが設置された。
そろそろ我が家の床が本当に抜けないか心配である。
また騒がしくなりそうだ。
細々とした改稿を進めています。
ご了承ください。