1-12 乙女の洗礼
お久しぶりです。いとうです。
最近は変な気温と天気ですね。
みなさん体調にはお気をつけて。
「ただいまー」
「あ、おかえりなさい!おにーちゃん!」
「お、ミクか。今日は早いんだな」
「うん!今日は撮影もないし、早く帰ってきちゃった!おにーちゃん!一緒に遊ぼ!」
帰宅した俺に飛びついてきたこの娘は一ノ瀬 ミク。
俺の一つ下の妹である。高校一年生にしてすでにモデルとして活動しており、身内びいきを差し引いてもかなり容姿は優れていると思う。多少ブラコン気質なところがあるが、それも兄としてはやぶさかではない。
「あー、悪い。今日はヤナギと香月さんとゲームで遊ぶ予定なんだ。お前とも遊んでやりたいんだが...。また今度な」
「ええぇぇ!!折角おにーちゃんと遊べると思ったのに!なんてゲームなの?私も一緒にやりたい!」
駄々をこねるミク。外ではこんな事してないだろうな?不安である。
「MALOってゲームなんだが...今は中々手に入らないみたいだからなぁ...」
「あー、あの最近話題のやつ?......分かった。なんとか手に入れてみる!そしたら一緒に遊んでね!おにーちゃん!」
「わかったわかった」
そんな簡単に手に入るものでもないと思うが...何かツテがありそうな言い方だったな。ま、気長に待つとするか。
ミクをいなして部屋に戻った俺は、さっそくMALOにログインした。
***
「リョーちん!こっちこっち!」
あそこか。やはり美男美女の組み合わせは目立つな。あんなにブンブン手を振ってなければもっといいな。うん。あれ?香月さんはどうしたんだ?
「メグミ、そんな微妙な表情をしてどうしたんだ?やはりヤナギのゲーム友達のことか?」
ちなみに、俺が香月さんをMALO内で呼ぶときはプレイヤー名である。マナー的にもな。
「えっ...えぇ、そのことで間違いはないわよ。女の子ね。そう、女の子よね。」
...どうしたんだろう?何かこう、学校で会った時とは別のショックを受けているように見えるな。何か自分に言い聞かせているようだ。
「ヤナギ、お前のゲーム友達はどうしたんだ?」
「さっきまでメグミンと三人でいたんだけどな。いまお腹が空いたとかで屋台に何か買いに行ったよ」
「そうか」
そのとき、遠くから声がした。
「ヤナギちゃぁ~~ん!おまたせぇ~~!!」
「お!ベリ美ちゃーん!こっちこっち!」
何やら野太い声がした方を振り向いた俺は、自分の目を疑った。一瞬幻覚かとも思ったが周りのプレイヤーの反応を見るに、現実(ゲーム内だが)の出来事のようだ。
それはなんというか...そう、違和感の塊だった。
化粧の濃いムキムキの筋肉だるまがゴスロリドレスを着て走ってきているというのが正しい状況説明になるだろう。俺の冷静な状況説明能力を自分で称賛したいレベルだ。
などと俺が現実逃避していると、その筋肉は目の前で急停止し、
「あら、この子がヤナギちゃんとメグミちゃんの言ってたリョーちゃんねぇぃ!かわいい顔してるじゃなぁぃ!うふっ」
なるほどな。俺は香月さんの表情の意味を完全に理解した。これは女の子だな。うん。俺は空気が読めるのでベリ美とやらのセリフについて考えるのをやめ、ヤナギに向き直った。
「じゃあヤナギ、俺は用事があるからこれで」
「待ってよリョーちん!さっきのメグミンと同じ反応してどうしたんだよ!なんか変だぞ!」
「あぁ~~ん!無視しないでよぉん!!」
なかなか騒がしい空間である。香月さんに何とかしてもらいたいのだが...。
「ヤナギくん、もしかしてそういう趣味が?それにあれは女の子...?落ち着くのよメグミ、冷静になって」
何やらブツブツ言っているな。ヤナギにそういう趣味はないと思うぞ。こういうアクの強い相手ともすぐに仲良くなれるのがヤナギの長所だな。うんうん(現実逃避)。
「そこのベリ美?は今日からログインしたのか?」
意を決して話しかける俺。コミュ力の塊ではなかろうか。
「そうよぉん!ちょっと昨日は用事でログインできなかったのよぉん!改めて、ワタシはベリ美!ヤナギちゃんのゲーム仲間よぉ!」
「そうか。俺はリョー。ヤナギとはリアルでの友達で、パーティメンバーにもなる予定だ。よろしくな」
俺は努めて冷静に対処する。最早コミュ力の神と言っても過言ではあるまい。
「わ、私はメグミよ!リアルでのヤナギくんのこともたくさん知ってるわ!よろしく!」
香月さんがベリ美に謎の対抗意識を燃やしているな。
「あらぁん?メグミちゃんは...うふふぅぅん。そういうことなのねぇん?大丈夫よ、安心してぇ。ワタシは恋する乙女の味方なんだからぁん」
「そ、そんなんじゃないわよ!と、とにかく、よろしく!」
香月さんがちょっとだけほっとした顔をしているな。それにベリ美もすぐパーティに馴染めそうだ。
「ヤナギちゃん、ありがとねぇ。ワタシこんなんだから友達少ないのよぉん。このパーティでならうまくやっていけそうだわぁん!」
「おう!俺もよかったぜ!!ところで、ベリ美ちゃんの武器はどこにあるんだ?」
「あらぁ、ヤナギちゃん。乙女は敵を自らの拳でなぎ倒すものよおぉん」
それは絶対に違うと思うが、ベリ美の武器はどうやら拳らしいな。ヤナギは片手剣、香月さんは弓か。そして俺は、糸。浮いてないぞ!糸も立派な武器だろ!
「じゃあ今度こそ俺はこれで」
「あらぁん?リョーちゃんは別行動なのん?」
ベリ美が首をコテン、と傾ける。お、周りの男が何人か倒れたな。ハートを射抜かれたか?
「ああ、俺はまだこのパーティのメンバーじゃないんだ。ちょっと特殊なプレイスタイルでな。今度また一緒に行動しよう。」
「うふ、ワタシも特殊なプレイは嫌いじゃないわぁん。ま・た・ね、リョーちゃん❤」
会話に若干の齟齬を感じたが、俺は務めて無視をすることにした。
余談だが、最後のウインクでさらに数人が倒れた。
***
俺はヤナギたちと別れて街を歩いていた。向かうのはパウロさんのお店だ。昨日に比べて、表通りを歩いている人はだいぶ少なくなった気がするな。
以前パウロさんのステータスを見たときに思ったのだが、もしパウロさんに武器や防具を作ってもらえたら相当な戦力アップになるのではと考えたのだ。
ちなみに、ベリ美とヤナギは数年来のネトゲ仲間らしい。ヤナギから警戒心を感じないので信用してもよさそうだな。
ヤナギはあっけらかんとしているように見えて人を見る目は確かなのだ。実際俺も話してみて悪い奴じゃなかったしな。おっ、着いた。
「おーい!パウロさん!いるか?」
「なんじゃ!おお、リョーか!二日ぶりじゃの!今日は何の用じゃ?」
二日?......そうか、ゲーム内時間と現実の時間の流れが違うからか。
「今日はちょっと頼みがあってな。俺には他に仲間がいるんだが、全員来訪者だから俺も含めて初期装備に毛が生えた程度でな。パウロさんに装備を作ってほしいんだ。前にスキルを見せてもらったときに分かったが、鍛冶も裁縫も出来るんだろ?しかも相当な高レベルで。」
なんてったってパウロさんのスキルは裁縫、鍛冶、建築がすべてランクⅡだったからな。俺の見立てでは、パウロさんはこの世界の住人の中でも相当な力を持っていると思われる。あんな高ステータスの住人がゴロゴロいるわけもないだろうしな。
「そういうことじゃったか......ワシの本職は一応服屋なんじゃがのぅ。まぁリョーの頼みじゃしな、いいじゃろ!素材さえあればワシが武器も防具も作っちゃるわい!客もいないしのぅ!がははは!」
なんとも気持ちのいい爺さんである。そしてやっぱり客はいないらしい。
「じゃあ今度俺の仲間たちも連れてくるよ」
「あー、それは待ってもらってもええかの?ワシの事情がちーーっと込み合っておっての、この店にはあんまりたくさんの人が来られても困るんじゃ。リョーはマチルダの紹介だったから問題ないがの。」
ふむ。やっぱりこの店が廃墟同然なのには理由があったのか。パウロさんの事情はよく分からないが、この店については言いふらさない方がいいだろうな。恩を仇で返すつもりも無いし。
ヤナギたちの装備についても俺が仲介することになりそうだ。
俺が昨日マチルダさんにあそこで出会ったのは相当幸運な出会いだったんだろう。紫神にも感謝しなければ。今度また祈りにいこうか。
「お前らの装備はオーダーメイドで作っちゃるわい。使えそうな素材を見つけたら持ってくるといいじゃろ。あとは装備の要望があったら言っとくれ。」
「ありがとう。じゃあ仲間たちにもそう伝えておくよ。いい素材が手に入ったらまた来る。じゃあな。」
俺はそう言ってパウロさんの店を出た。
次はヤナギ達から聞いた、探索者協会とやらに行ってみるか。忘れてないぞ!
また間が空くかもしれないです。
申し訳ない。