「謹啓 昨年の8月に結婚しました」(その3,4)
23年前の10月9日
太一の生母イクの実家が舞台です。
祖父母と太一の父利輔と大日向親子が登場します。
赤子の太一の声も聞こえてきます。
太一は大日向太一になります。
『謹啓、昨年八月に結婚しました』
(その三)
作 葉 月 太 一
(二十三年前の一〇月九日)の舞台
太一の生母イクの実家。生まれてひと月もたたない太一は、
さっきからずーと泣き続けている。生母イクの四十九日の
法要の最中である。
舞台中央にいる和尚がお経と説法を終えて帰って行く。
イクの母(太一の祖母)が、参列の皆さんに挨拶する。
祖母「皆さん、すまねがったなは、今日は、忙しいのにわざわざ
イクの四十九日の法要に来てもろって、ありがとうござんした。
うまぐねえ料理だけんど、精進落としに用意しましたんで
、となりの部屋で、どんぞ食べてけれ。」
みんなは隣に移るが、泣きじゃくる太一と祖父母と、太一の
父利輔が残っている。そして、何故か下手の片隅に、
大日向トシとその子健司(八歳)が、黙って座って残っている。
大日向トシは、太一の生母イクと従姉妹同志である。
太一は、相変わらずなきじゃくっている。
祖母は、詰問調で利輔に話す。
恐らく法要の前からも話し合っていたんだろう。
祖母「利輔さん、ほんどさ、今日、帰るどか?
あんまりでねが?、、、、太一は、どうすんど?、、、
生まれたばっかしだじぇ、、、イクが死ぬ前に、ぼそっと言っ
てたけど、おめさん、やっぱスおなごの人が東京さいるん
でねが?、、、それはあんまりでねが、イクもかわいそうだっ
たけど、残された太一はもっとみじめでねが。
ほんとにそれでよがどが、、、」
祖父も言いたそうだが、祖母に言わせている。下手にいる大日向
親子は、じっと俯いて聞いている。
しかし、時々怒りをこらえて利輔を凝視している。
二人は、前の日に太一の事を話し合ってきていた。
大日向親子にスポットライトを当てる。
昨日の夜の話しである。
大日向トシ「健司、おめはほんとに大丈夫か?赤子はな、夜中も泣
くんだじぇ。」
大日向健司「うん、よが、夜中でも俺がおんぶして子守歌うだって
やる」
トシ「口ばっかしだべ」
健司「そったなごとなか、ちゃんとやっぺ」
トシ「なぬして、そんなに、、、おめ、おがしかよ、貰うのやめて
黙ってかっちゃんの言うこと聞かなきゃ、おらたち親子二人
まで大変なことになるじぇ、うんだから貰うのやめるべ。」
健司「かっちゃん、チョットつがうんでねが、
いつもは、人の役に立たんばいかんな、って言ってるくせに。
うづの下宿賃安いのはその為だじぇ、って言ってるくせに。」
トシ「ケンジ、いがど、生まれたばっかしの乳飲み子だじぇ、
かっちゃんは、おっぱいは出ないんだじぇ、どうやっておっ
ぱいを飲ませるんけ?下宿の仕事とは比べものにならないほ
どていへんだじぇ、あきらめっぺ。なぬしてそんなにまで?」
健司「タイっちゃんがかわいそうだ。俺も父さんはいねえけど、、、
タイっちゃんは、母さんは死んでしまって、父さんはいない
と一緒だろ、、、タイっちゃんがかわいそうだ、、、
タイっちゃんがかわいそうだ、、、
トシ「、、、かっちゃん、ケンジのこと解かったべ、弟も可愛だべか
、、うんじゃ、かっちゃんにまかせれば、、、そうすんべ。」
大日向親子のスポットライトはフェードアウトする。
利輔とイクの祖父母が、まだ言い合っている。
利輔「すまねです。どうすても明日は、仕事さ出ねばならねだ。」
祖父「利輔さん、俺は今まで黙ってたけど、、、、やっぱス、
俺にも言わせてけれ、、、仕事も大事だが、太一はどうすんだ?
誰が、乳飲ますとか?俺たち年寄りはできねな。」
利輔「おどさん、それは、、、また、俺の妹にたのもがな、、、」
祖父「それは、うな、あんまりだべ。イクがすんだ時は、太一が生ま
れて十日もたっていなかったし、丁度、妹さんも子供ができた
ばっかしだったから、、、タカちゃんが、双子が生まれたと
思って、タイっちゃんにもおっぱい飲ましてやると、言って
くれたけど、なんぼ、妹さんだって、また頼むなんて、、、
そんなごとはあんまりでねが、、、」
利輔「はあ、うんだば、どうすんがな、、、」
祖父「うんだがら、ゆっぐり、づかん掛げで、みんなに相談するしか
なかべ。、、、東京さかえるのを2,3日延ばしてけれ、、、
電話ならそこの使っていいがら」
利輔、黙って考えている。明日の事をどの程度話そうかと思い
あぐんでいる。
明日、どうしても戻らなければ行けない理由は、利輔にとっては
一生一大事のようでもある。
利輔は思い切って話して、解ってもらおうとした。
利輔「おどさん、おがさん、やっぱス今日中に東京さけえります。」
突然、赤子の太一にスポットライトが当たる。
いつの間にか太一は泣き止んでいる。さも、先程からの話を、
産着の中で聞いていたのかのように、、、。
そして、赤子の太一が話し出す。
赤子の太一の声「やっぱる、オラを捨てるんだ。とっちゃんなんか、
、、かっちゃんが、よくお腹の中の、オラに
に話しかけてた、、、とっちゃんが毎日遅いのは、
赤坂というところに、いい人ができたからだって、
、、明日もそこに行くんじゃ、、、
やっぱり、、、ボクを捨てるんだ、、、
釜石のおばちゃんのおっぱいも飲めなくなるし、
、、ボクはかっちゃんをを追っかける、、、
死んだかっちゃんのとこさいぐ、、、」
太一は、また泣きだした。祖父があやしだし、
今度は、祖母が利輔に話を切り出した。
祖母「利輔さんは、やっぱる、行くんだ。わがった、、、よがです、
、、もうこごには来ねえでけれ、、、
太一は、おら達みんなで、何とかするっぺ、、、」
利輔「おがさん、わけば聞いてくれねが、、、
落ち着いたら、すぐ戻ってくるがらさ、、、」
祖母「うなの口の達者なのは、、、。聞く耳はもたね。
わけなんか聞きたくね。」
下手の方で座っていた大日向親子が、二人で。
意を決したようにして三人の近くに膝を進み出してきた。
トシ「あのう、ナエ叔母ちゃん、チョットよがすか?」
祖母「ああ、トシちゃん、なんだべ、隣の部屋で食べてて
けれ、けんちゃんと一緒に、何にもねがけど、、、」
トシ「はい、あんがと、、、でも、タイっちゃんの事が気に
なって、、、」
祖母「なんぬも、心配せねでよが、なんとがすっから、、、
トシちゃんは、心配せんでよがどよ、、」、
祖父「うんだ、うんだ、、、」
トシ「わだしたち親子二人で、、、健司ともゆんべはなして、
、、タイっちゃんをもらっぺって、、、
話してみんべって、、、健司は、俺が世話するって
きかねもんで、、、タイっちゃんがかわいそだって、
泣いて、あだすに言うもんでねー、、、
ナエ叔母ちゃん、よがどやろか?」
祖母「なぬぬかすだ、そったなことできるわかなかべ、、、
おめさんは、下宿屋もあるべ、、、おなごの独り身で、
あれもこれもできるわけなかべ、、、
ましてや、太一は乳飲み子だべ、、、」
トシ「健司が大きくなったし、、、健司は、一生懸命手伝う
って言うし、、、」
祖母「健司が大きくなったッて言ったって、まだ小学校の
二年生だべ、、、それは無理だべ、、、」
赤子の太一「えっ?おら、もらわれて行ぐんだ、、、?」
そばで黙って聞いていた健司が、恐る恐る祖母に頼みこむ。
健司「ナエ叔母ちゃん、健司です、、、」
祖母「わがってる、、、大きくなったな、、、」
健司「タイっちゃんをけろって言ったのは、おれだす。
かっちゃんは、わがね、無理だって、聞かなかったども、
おれが無理やり頼んだど、、、弟が欲しかど、、、」
祖母「ケンちゃん、太一は、犬ねっこと違うぞ。夜中泣いたら、
起きてあやしてやらんばいけんとぞ。そんなことできる
か?おめの母さんは、おめと下宿人八人がいるんだぞ、
、、太一には手が回らねえ、、、誰が考えたって
すぐ解ることだ、、、太一は、おめたちにはやらね、、、
三人とも共倒れになる、、、」
健司「おばちゃんの言うことも、、、ゆんべ、かっちゃんと
夜中まで話した、、、タイっちゃんをけれ、、、
おら、頑張るから、、、
なんじょすてでも、頑張るから、、、」
トシ「おばちゃん、わだすからも頼むじぇ、、、
もう、二人で決めたから、、、」
しばらく、五人は黙り込む。
赤子の太一「お兄ちゃんのとこの方がいいなー、、、
とっちゃんとこは、いやだ、、、」
隣の間から声が掛かる。「ばあちゃんもトシちゃんも、
早ぐこっちさ来て、、御馳走が冷めるべ。」
利輔「みんなが待ってるけ、行きましょか」
祖母「あんたって人は、、、、大事な話で、、、
なんじょすとね、、、大地を置いたまんまにして、
東京さ行ぐつもりけ?」
トシ「おばちゃん、あたしたちの話を最後まで聞いてけれ、、
、あたしたちは、みんなが良いって言うなら、
タイっちゃんをもらってちゃんと育てるけ、、、
ただ、頼みが一つだけあるんだけど、、、
聞いでけれ、、、」
利輔と祖父は乗り出す。祖母は半身である(反対である)。
トシ「頼みって言うのは、、、
タイっちゃんを『もらいっ子』にしたくね、、、
タイっちゃんが『もらいっ子』、『もらいっ子』と
言われないようにすんべ、って健司と決めただ。
、、、つまり、戸籍もけれ、タイっちゃんの戸籍もけれ、
、、葉月から籍を抜いて、大日向の席に入れさしてけれ、
、、そうすれば、タイっちゃんは大日向太一となって、
大日向健司の弟になる。正真正銘の大日向家の次男坊に
なえるべ。わだすも健司も、それが一番と、
ゆんべ話しただ、、、なんじょがな?」
健司はトシの顔を見て得心する。祖母と祖父は驚きの顔を
見合わせる。利輔は一人俯いて考えこむ。
(フェードアウト)
赤子の太一にスポットライトが当たる。
赤子の太一「ボク、大日向大地になるのけ?」
(幕)
(その四)
(一年前の三月三日)
三月三日、太一とミコは、
「わかりやすい日だね。お雛様の日は女の子の節句、
五月五日は男の子の節句、どっちも解りやすいけど、
間を取って四月四日もいいね。四月四日の方が
ユニークね。」
「ううん、どれもいいが、早く入籍しよう。」
太一とミコは、三月三日に練馬区役所に婚姻届を出した。
婚姻届には、保証人二人の署名押印欄がある。
通常はそれぞれの父親の署名が多いが、成人の署名押印であれば、
誰でも受け付けてもらえる。続柄欄は「知人」でも良いのだ。
ミコの保証人欄は、父親の武田誠の署名と押印があった。
しかし、太一の保証人欄には、相場幸恵という名前だった。
父親の葉月利輔ではなかった。
太一の職場の先輩の相場さんが署名してくれたのだった。
「葉月君、あたしでもいいの?」
「はい、是非お願いします。」
「あたしは、歳は十分過ぎる位だけど、独身なのよ。
入籍保証人の資格はあるの?」
「はい、区役所で聞いてきました。仲人じゃないから、
結婚してなくても良いそうです。成人であれば、男の人でも女の人でも
いいそうです。判子も、三文判でもいいそうですから、、、。」
「ふーん、案外軽いのね。あたし結婚してないから、知らなかった。」
「よろしくお願いします。」
そうして、太一とミコは翌日三月三日に、
婚姻届けを出しに行った。
太一の父は、依然として反対していた。
また、太一は本籍の件でも父と喧嘩した。
婚姻届の時に、区役所で本籍を尋ねられたので、「文京区真砂町、、、」
と答えたら、区役所の係りは
「文京区は、今般の行政改革で町名変更がありました。
真砂町は本郷一丁目か三丁目になりました。
どちらにしますか?」
と尋ねられたので、太一は、一丁目のほうが解りやすいので
「一丁目にします。」と答えた。これが原因で喧嘩になった。
後日、太一に父利輔からの怒りの電話があった。
「お前は勝手に本籍を抜いたのか?結婚に賛成しないからと
言って、
あてつけか!」と。
太一の父は、町名変更では、「三丁目」を選んだらしい。
新しい戸籍謄本を見たら、太一の名前がない。
調べてもらったら、太一は「文京区本郷一丁目」で、
新しい戸籍をミコと二人で作っていたのだ。
「親の許可も無く、勝手に籍を抜いて、新しい戸籍を二人で
作っていいと思っているのか!」
と、怒り心頭だったのだ。太一はめんどくさいと思ったが、
説明した。
「今の時代は、本籍なんてそんなに大事じゃないんだよ。
それに、元々結婚したら誰でも新戸籍になるんだから、
新しい戸籍法ではそう決まってるんだから、仕方ないだろう。
籍を抜いたとは意味が違うんだよ」
と言っても、父の怒りはおさまらなかった。
父利輔は、三丁目じゃなく、自分に相談せずに
勝手に一丁目にしたのも気にいらなかったようだ。
(五月二十六日)
新婚旅行は、千葉県九十九里浜の国民宿舎に二泊三日で行った。
婚姻届けは出したが、結婚式を挙げてないのだから、
婚前旅行とでもいうのだろうか?
いずれにしても質素な新婚旅行であった。
しかし二人にとっては、誰の世話にもならずに、自由奔放な
楽しい二人だけの初めての旅行であった。
婚姻届け保証人の相場さんが、千葉県の大原出身だった。
「葉月君、新婚旅行はあたしの田舎に言ったら、どう?」
「相場さんの田舎ですか?」
「九十九里浜の南の方の大原漁協の友達を紹介するは、、。」
「ありがとうございます。」
その夜、太一はミコにそのことを話して、即決した。
二人っきりだと何でもすぐに決められる心地よさを、二人は味わった。
そして見つめあって、どちらからともなく微笑んだ。
生憎、旅行の一日目雨模様だったが、
大原漁港名物の伊勢海老をたらふく満喫できた。
国民宿舎の人もびっくりするくらいの、立派な伊勢海老だった。
相場さんが、漁協の友達に頼んでいた。
質素に思えた旅行も、この豪華な伊勢海老で、俄然派手になった。
勿論二人は、大喜びだった。
そして、東京に帰ったら、二人で、相場さんのアパートにお礼の挨拶に行こうと決めた。
作者注 この小説は、後日「大地とミコ」と改題して書き直します。
8
舞台仕立ての話しから、
23年後、太一とミコは、
千葉県大原の九十九里浜の国民宿舎に新婚旅行します。
ここで、この話はいったん閉じますが、
後刻、改題して再度「筆を執る」事を記ます。
タイトルは「大地とミコ」、、、、。