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永遠に

 私が己の醜い心を自覚してから、さらに一ヶ月がたった。もはや元に戻る意欲も、以前ほどではない。

 むしろ私が戻った方が、この美しい顔の魅力がさがり、世界の損失なのではないかとすら思う。


 麻知を側に置いても文句がつけられないよう、私は以前にもまして次期当主として学ぶことに力をいれ、権力を持つよう努力した。そうして着々と、私は力を得ていっている。

 だけどそれは、現実逃避にも似ていた。二度と私に、あの頃と同じだけの美しさは戻らないのだと、理解することから逃げるように、私は日々を過ごしていた。


「麗美様、最近、お元気がないようですけど……大丈夫ですか?」


 夜、部屋のベッドにいて、ため息をつくと麻知が目ざとくそう声をかけてきた。小賢しく、私の心を気遣い、いまいましいほど、麻知の心は美しい。


「……大丈夫ではないわ。私を慰めなさい」

「は、はい」


 こんな情けないことも、負けを認めた麻知になら言える。ますます、情けないけれど、それ自体が私の心を慰める。こんな風に言って、普通に頷く麻知が、私のものなのだ。

 麻知はけれど私がどうしてこうもやるせないのか知るよしもない。何と言葉をかけるのか、悩むように視線を漂わせながらも、間をあけないようにと口を開く。


「えっと、まだ、何の進展もないから、ですよね。お力になれず、申し訳ありません。ですけど、えっと、大丈夫ですよ。いつか戻れます。それまで、私にできることなら、なんでもやりますから。一緒に頑張りましょう。麗美様は、お一人じゃありません」


 何もわかってない、てんで的はずれの慰めだ。麻知が努力しても、元に戻ることに何の影響もない。そもそも、戻れる戻れない以前のことに、私は悩んでいるのだ。

 だけど、私の心に、響いていく。麻知が純粋に私を思って言葉を出そうとしている。その事実だけで、私は慰められる。


 だけどそうなると、私の心に力が出ると同時に、麻知を困らせたいと、そんな悪い感情が出てくる。麻知を困らせ、その顔を歪ませたい。私の綺麗なだけの顔から、変えさせたくなる。


「麻知、それでも、戻れなかったらどうすればいいと言うの? 怒らないから、あなたの意見を聞かせなさい」

「え、戻れなかったら、ですか? それは、その……」


 こんなこと、聞かれたって困るとしか言えないだろう。私が麻知の立場も生活も何もかも、命じてやらせている。なのにどうすればいい、なんて、麻知に選択肢なんてないのに。

 ただ困らせたいだけの問いかけだ。だけど麻知は真剣に考えているようで、右手をその美しい頬にかけて、うーんと悩んでから、恐々と言った風に、私を見る。


 その視線に、ぞくぞくするほど、満足する。私が欲しかったのはこれだ。私の美しい顔では、けして見れなかった、弱さを全面にだした表情。これで、満ぞ


「で、でもほら、まだ、マシじゃないですかね? 顔が変わっても、この世界にとっては、今、麗美様は世界一美しいことに変わりはないのですから」

「……は?」


 マシ、だって? この醜い顔になった私が、その美しさを得た麻知より、マシ?


「ふっ、ふざけるなっ!!」


 怒らないから、なんて言ったことは吹っ飛んだ。あらゆるものが吹っ飛んで、怒りだけが私を支配していた。

 隣の麻知のベッドに乗り上がり、右手で麻知の胸ぐらを掴みあげ、左手で肩をつかんで押し倒した。


「マシ!? この、醜い私がマシですって!?」

「お、怒らないって仰ったのにっ」

「黙りなさい! どうマシなのか、説明なさい!」

「だ、だって、私は今も醜いと扱われて、麗美様は今も美しいと扱われるわけですし、その、自分の感覚さえ無視すれば、以前と同じわけですし」


 だん! と強く左手で麻知の顔の横、ベッドを叩いた。強くしすぎてベッド全体が揺れた。


「ふざけるな……っ。扱いがどうしたって言うのよ、世間からどう見られるかで、美しさが変わると言うの!?」


 そんな簡単なことだったら、最初から戻ろうとするはずがない!

 世間からどう見られても、世界中から称賛されても、私はこの顔を美しいとは思わない。世間から反対されて、世界中から批判されても、私は今目の前で震える麻知の顔がもっとも美しいとしか思えない。


 だからこんなに苦しいのに、だからこんなに、憎らしいのに! なのにその美しさを持つ麻知が、そんな馬鹿げたことを言うのか! この醜い顔を持っていた麻知が、そんなハズレたことを言うのか!


「この顔を世間が美しいと言うから、なによ! あなたの感覚まで変わると言うの!? だったらあなた、今の私のこの顔と、キスができて!? 愛し合えて!? 無理でしょう!」


 この世界で、唯一私と同じ美醜感覚を持つ、たった一人の味方のはずの、麻知。だからどうか、私の美しさを否定しないで。


 そう願いさえこめて、私は怒号と共に脅迫的に尋ねたのに、麻知は恐怖で戦きながら、それでも私の目をみて応えた。


「で、できます。私は、麗美様を、愛しています」


 その言葉に、私の感情は振り切れた。

 弾ける感情のまま、その美しい顔に口づけた。美しかった私は純潔性も保っていたので、もちろん私も初めてだけど、そんなことは関係がなかった。


「れ、麗美様……」


 麻知は、顔を赤く染めて、涙を浮かべて、その美しい、麻知の美しい顔に、私は怒りと興奮と、少しの喜びをもって犯した。









 その翌日も、さらに翌日も、私は学園を休んだ。麻知が嫌になるくらい、醜い感情でその顔を歪めるくらい、滅茶苦茶にしてやった。


「れ、麗美様……愛してます」


 だけど、それでも、麻知が嫌がることをわざとさせても、麻知はその顔に絶望も嫌悪も浮かべなかった。ただ、私の行為に喜んだ。

 その顔は、いつも、どの瞬間も、とびきり美しかった。その美しさが私の腕の中で私にだけむけられていると思うと、喜びすら感じた。


「麻知……どうして、そんな顔ができるの? 私はこんなに、醜いのに」

「……麗美様は、私のことを憎んでおられるのは、わかってます。ですけど、それでも、私は、麗美様が好きなんです。ずっと、好きなんです。愛しています」


 その言葉を、どう受け止めればいいのか、戸惑った。

 私の美しさを理解して、あの目を向けているのだと思っていた。だけど、ずっと好き? あの美しい私を愛しても何の疑問もない。だけど今の私も好きだって? 今の私に、どこに美しさがあるのか。憎しみと八つ当たりで、感情をぶつけるままに、麻知を傷つけようとしたのに。


「……あ、そう」


 私は麻知を美しいと感じている。だけど、好きではない。愛してない。

 断じてこの気持ちは、愛じゃない。私の美しさを奪って、ある意味私の美しさ否定されて、この告白を単純に嬉しいとは思わない。


 だけど、その表情は、自分の顔では絶対に見ることができない、柔らかく照れた可愛らしい微笑みの、神憑り的な美しさには、心が震えた。


 この美しさを、見ることができるなら、麻知と容姿が入れ替わったのも、満更ではない、と思った。

 もちろんこんな顔になりたくなかったし、それは今でも嫌だ。私も元のまま、麻知が私の顔になればよかったのに。


「麻知、私はあなたを愛してないわ」


 だけどそれでも


「! わ、わかってます。ただ、思う心だけは、お許しください」

「いいわ。許しましょう。むしろ、私以外を思うなんて、許されないわ」


 私はそっと、麻知に顔を寄せる。ぽっと赤くなる麻知に、私は心からの思いを伝える。


「私だけを、愛し続けなさい」


 この、声だけは、可愛いから、悪くない。私の感情を伝える、私の口から出る音として、この声が私のものになった。それだけは、悪くない。そう、思った。


「そうすれば、可愛がってあげるから」

「はいっ、はい! 愛してます、麗美様」


 幸せでとろけそうな美しいこの顔に、私はそっと口づけた。


 私がどんなに醜くても、この美しさは私のものだ。永遠に、私のものだ。


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