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苦難の生活

 意識が覚醒する。見慣れた天蓋が目に映る。起き上がり、日が差し込む窓に目をやる。


「!?」


 そこには醜い化け物が映っていて、私は悲鳴をあげるのをこらえて、両手で口を抑えた。麻知の顔だ。

 頭ではわかっている。寝て目が覚めて夢だったんだ、と忘れるほど私の頭は記憶容量が少なくもないし能天気でもない。それでも、この醜い顔が私だと思うと、吐き気がした。

 我慢できなくて、一昨日から置いたままの枕元の本を窓ガラスに投げつけた。窓ガラスは防弾で丈夫なので、割れることもなく、本は落ちた。腹立たしくて、私はボタンを押して全てのカーテンを閉めて、代わりに電気をつけた。


「……」


 隣を見ると、麻知は今だ寝ていた。いらっとしたが、美しい私の体を傷つけるわけにはいかない。普通に起こしてやることにする。

 隣のベットに近寄ると、ベットの上で麻知がぐっすりと、この世の天国にいるかのような安らかな顔で寝ている。そりゃあ、私の顔なのだ。これ以上なく幸せだろう。いまいましい反面、それだけ喜んでいるなら、と、どうにもならない現実に少しだけ溜飲が下がる気もしなくはない。


「……」


 しかし、私の寝顔はこんな顔なのか。もちろん中身が違うことで、見え方は違ってきていると思う。けれど寝顔となれば、かなり元の私に近いだろう。

 考えれば私は世界一美しい私の顔を持っているという幸運の元生まれたけれど、それはこうして客観的に美しい私の顔を楽しめない不運を背負っているのと同じことなのだ。今まで気づけなかった。


 もちろん、私の顔でなくなったことは大きすぎるマイナスで、それだけですべて許されないけれど、もし私がそのままで麻知が私と同じ顔になったなら、それは逆にこの上ないプラスだったろう。絶対にもとに戻すけれど、仮にできるなら麻知はこのままでもいい。無理でも、戻るまではこの私でない私の美しさを堪能していこう。


 私の美しさに、私は朝からすさんだ心を癒して、そっと麻知の肩に手をかけた。


「麻知、起きなさい」

「ん、うう……ひぃっ!」


 揺らされて目を開けた麻知は、醜い麻知の顔に焦点を合わせると目を見開いて悲鳴を上げた。


「あ、ああ……れ、麗美様?」


 起き上がってから、置かれている状況を把握したらしい。目を瞬いて、私に恐れながら確認してきた。気持ちはわかる。頭で理解していても、この醜い顔を麗美と私の名前で呼ぶのは信じられないのだろう。


「そうよ。起きなさい」

「は、はい、起きるのが遅くて申し訳ありません。ありがとうございます」

「いいわよ。別にまだ早いもの」


 時間は6時前だ。6時半に身の回りの世話をする侍女が起こしに来るので、今起きる必要はない。

 私の指摘に麻知は目をぱちくりさせて、時計を見て、首を傾げた。


「そうなんですか。わざわざ起こしてくださりありがとうございます。麗美様に起こされて光栄です」

「そう」


 6時半にくると言っても、もう私も子供ではないのだから、その時間まで実際に寝ていることはない。それでも精々10分前に起きて着替えを済ませて置くくらいだ。

 まぁ、今回は初回だし、麻知にこれからのことについて話す時間としておこう。


 それから着替えさせ、今後、具体的に過ごさせる予定を話す。

 当然のこととして、麻知はこれから私からトイレ等を除いて一歩も離れさせない。常に私の隣に控えさせる。もちろん紙袋をかぶるなんて許されない。みすぼらしい格好もさせたくないので、汚くはないけど、使い古した感じのある麻知の制服も持ち物もすべて新しいものにさせた。

 全ての費用を私が持つし、全て私の言う通りに過ごすよう命じた。麻知からすれば、いくら私と言っても四六時中自分以外の人間と共に過ごすのは、息苦しいこともあるだろう。しかし私の視界からこの美しいものを消すなんて許されないので、これは厳命しておく。


「はい、わかりました。ずっと、麗美様のおそばにいます」


 麻知は嬉しそうにそう答えた。ふむ。

 私は思うより、昨日よりさらにもう少しだけ、麻知のことを評価してもいいのかも知れない。とは言えすべてを信じるわけにもいかないし、確認は必ず必要になるけれど。


 こんこん、と扉がノックされる。


「麗美様、失礼いたします」

「入りなさい」

「はい」


 見慣れていない侍女が入ってくる。声が同じなので、私の世話係の3人のうち一番年若い綾辻八子だろう。

 八子は私に微笑みかけ、そして振り向いて綾辻に顔を見せた麻知をみて、顔をひきつらせた。振り向いたのは、麻知だ。だけどそれは、私の顔だ。


「八子」

「はい、麗美様」

「出て行きなさい」

「え?」

「この顔を見て、顔をしかめる人間はいらないわ。出なさい」

「も、申し訳ございません。以後」

「聞こえないの? 出なさい」

「っ……申し訳ございませんでした」


 八子は部屋を出た。

 これがこの世界において、当然のことだとしても、私の顔を見て顔をしかめ嫌悪を感じるなんて、許されない。美醜感覚は元の世界でも個人差があるし、全ての人類が私を称えられなくても仕方ないと理解はしている。それでも、私に仕える人間が対外的には私の愛人である者の顔を見て顔をしかめるなんて、あまりにも教育がなっていない。


「麗美様、申し訳ございません。その……」

「麻知、あなたが謝る必要が、今あって? 私が理解できるよう、説明しなさい」

「! 私の元の顔が、もう少しでもましなら、顔をしかめられ、麗美様がご不快に思うことはなかったと、思いました」


 ふむ。なるほど。その思考経路は理解した。


「その仮定は無意味だわ。あなたの顔が醜いのは、理解して傍に置いた私の落ち度でもある。少なくとも私の顔を使用している以上、その間、自身の顔について謝罪するのはやめなさい。その方が不快だわ」

「も、申し訳ございません」

「いいわ。自意識はそう簡単にかわらないし、私の為を思っての謝罪だもの。許しましょう。さて、それではあなたに、今からもう一つしてもらうことが増えたわ」

「はい。なんでしょうか。何でもいたします」

「世話係を下げたのだから、あなたが私の身支度を整えなさい」

「! は、はい! 喜んで!」


 やってもらうのは決まっているので、それをどんな感情でしようと自由だけど、己の醜い容姿を整えるのに喜ぶなんて、この子本当は自分の顔嫌いではないのかもしれない。どんなに醜くても自分の顔なので、多少愛着があるとしても理解できるけど。


 なお、麻知の身支度は私が整えた。

 この部屋から鏡は昨日になくしたし、美しい私がいい加減な身支度でいるわけにはいかないので、当然だ。









 学園の方は、大した問題はなかった。私の意見が通らない訳がないのだから、私がこれからは麻知を傍に置き、寵愛すると宣言し、麻知を下に置かないよう指示すれば、それに否と言うものはいない。

 不思議そうな、不快そうな顔をされることはるが、突然の変化だと受け取っているのだから、理解できないのは当然だ。関係ない人間にはどう反応されても重要ではない。


「麻知」

「は、はい。麗美様」

「どうして私から離れているのか、その理由を述べなさい」


 関係ない人間が、現状をどう認識しようと、重要ではない。けれどそれはもちろん、不快な行動に起こさないことが前提だ。


 例えば私がお手洗いをしている間に、前で待たせた麻知の身柄を連れて行くなんて、許せることではない。


「麗美様! どうされたのですか!? こんな醜い者を、そのままにして傍におくなんて! あまりにもお戯れがすぎます!」

「志保子、あなたのことは、嫌いではなかったわ。よく私にしていたと思うわ」

「麗美様……っ!」


 今まで志保子は私のそばにいた。特に選んだわけではないけど、それを許す程度にはよく気を付けて私に仕えてくれた。どのような感情の元であっても、私に仕えるものを嫌いにはならない。

 けれどそれはあくまで、私の意思をくんで私に仕えているからだ。私を好きだからと言ってそれを免罪符のようにして、私の意に沿わないことをするなんて、許されない。


「だけどそれは昨日までの話よ。今日から、私は麻知にすると言ったわね。余計なちょっかいをかけないように、クラスに向けて言ったわ。他クラスならまだしも、目の前にいたあなたが破るなんて、自分なら許されると思ったのかしら?」

「れ、麗美、様。それは、だって、おかしいじゃないですか、急に。こんなの、山田さんが、麗美様に何かしたとしか思えません! だったら私はそれを許せません!」


 ふむ。


「あなたの考えはわかったわ。そのうえで、もう一度だけ、わかりやすく言ってあげる。私は私の意思により、麻知を共にすることを決めたわ。麻知は私の為に存在しているのだから、それを妨げることは許さないわ」

「そ、そんな」

「そして、このことを他のクラスのものにも伝えなさい。二度と私が不快にならないように。一度目は、あなたの私への忠心だと許します。ただし二度目はないわ。他の人間であってもね。理解したなら、立ち去りなさい」

「っ……わかりました」


 志保子は唇をかんで血を出しながら、お辞儀をして立ち去った。


「麗美様、ありがとうございます」

「何を寝ぼけているの? それよりあなた、まだ私の問いかけに答えていないけど、どういうつもり?」

「え? と、問いかけって」

「もう一度だけ、言いましょう。どうして私から離れていたのか、その理由を述べなさい」

「え、それはだって、志保子さんが」

「つまり、あなたにとって志保子の言葉は私より重いと、そう言いたいのね」

「ち、違います! そんなつもりは」

「じゃあどういうつもりで私から離れたのよ!」


 トイレを出て、麻知がいないと分かった瞬間、どんなに気が狂いそうだったか。

 トイレには鏡があり、嫌が応にもその醜い姿が目に入るのだ。その状態をけれど一生避けるなんて不可能だから、美しい私の姿だけを見て誤魔化そうとしているのに、どうして肝心の麻知がいないのか。

 トイレの鏡はすべて割ったし、気持ち悪くて吐いてしまった。すぐに近くにいた生徒に聞いて、少し離れた空き教室のここに麻知が志保子に連れられてきたのはわかり、その姿を見て落ち着いたけど、そういう問題ではない。


 麻知の姿を見た瞬間、ようやく息ができたようだった。自分でも間違いないと大変だと思っていたけど、こうして実際に、不用意にその姿が離れてしまうと、あんなに不安定になるなんて思わなかった。それは麻知も分かっていなかったとは思う。だけど、そうだとしても私の命令に逆らったのは事実だ。


 私は麻知を壁際に追い詰め、壁に手をついてとらえてその返答を待つ。麻知はおびえるように、その美しい顔を曇らせる。


 くっ。私の顔はどんな顔でも美しい。それだけで、もういいと言いたくなる。だけど、けじめはつけなくてはいけない。美しい顔を今持っているからと言って、私と麻知の立場が入れ替わったわけではないのだ。


「申し訳ございません。麗美様を不快にさせるつもりはなくて、でも、志保子さんも、十分に恐くて、逆らえなくて」

「……」


 恐ければ、何をしてもいいと思っているのか? なんて弱い精神だ。麻知の忠心のみを取り出せば美しさを見出せるとは思ったけど、この臆病でか弱い精神を鑑みて、やはり麻知は中身が美しいとは言えない。

 怒鳴りつけて見限りたい。だけど、現状そうすることはできない。罰を与えるにも、美しい私を傷つけることはできないし、私がともにいることは麻知の幸福なのだから、何をしようにも罰にならない。


「麻知……まだ、初日だもの。今回は許しましょう。だけど、今後は絶対に、許可なく私から離れることは許さないわ。誰に何を言われても、私に命じられているから、許可を得てからしか離れられないと言いなさい。それが例えば先生等目上であっても、絶対よ」

「わ、わかりました。本当に、この度は、軽薄な行動をして、申し訳ございませんでした」

「いいわ。あなたは私の美しさを保持している、いわば保管庫だわ。特別であることを許しましょう」

「! あ、ありがとうございます!」


 麻知は嬉しそうに微笑んで礼を言う。その喜びに嘘はない。それを元に、今回は許そう。


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