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Blanche -ブランシュ-  作者: 高山 由宇
【第1部】 路地裏の子供たち
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プロローグ

 かつて、小さくも強大な力を誇った国があった。

 国の名は、エルターナ。

 エルターナ国は、10年ほど前までは世界で最も栄えた帝国だった。当時、その国の支配者により世界は荒れ果て、混沌としていた。エルターナ国を中心に世界各地で戦争と犯罪が横行していたのだ。弱き者はさらに虐げられ強き者だけが甘い汁を啜り、殺人、窃盗、暴行、強姦など、ありとあらゆる犯罪が毎日のように起こっていた。まさに、地獄絵図のような光景がそこかしこに広がっていたのである。

 だが、それも昔の話…。現在のエルターナ国はネオ・エルターナ国と呼ばれ、世界中の国々とそこに住まう人々より、平和の象徴として深く愛される存在となっていた。


「失礼します」

 ノックの音とともに、すらりとした美しい女性が部屋に入ってきた。

「ボス、ヘリの準備ができました。いつでも出立できますよ」

 そう言って、女性は微笑んだ。

「ありがとうございます」

 ボスと呼ばれた青年は女性に答えながら、机に向かい何やら書類に目を向けている。

「この国も、すっかり変わりましたね」

 女性が言う。

「いえ、この国だけではありません。世界中が平和を取り戻しつつあります」

「ええ。でも、まだですよ」

 青年が書類から目を離し、女性を見据えた。

「確かに平和を取り戻しつつあります。だが、全世界が平和になったとは言い難い状況です。先ほども、リオで少年が射殺されたとの情報が入りました」

 リオとは、エルターナ国のほぼ裏側に位置するガーナ国にある街の名だ。世界最悪のスラム街である。

「はい、そうですね。盗みに入ったところを、店の主人に見つかって撃たれたとのことでした」

「盗みに入った少年も、武器を所持していない少年を撃った主人にも、どちらにも非はあります。しかし、彼らは加害者であるとともに被害者でもあると私は思うのです。少年は、盗みをやめたら生きていけない生活を強いられていました。主人も、商品を盗まれる危機に毎日さらされているのです。それが続けば、彼も生きてはいられなくなるでしょう」

「はい」

「私は、この世界から全てのスラム街、極貧国を消し去りたいのです。それが、かつて世界中に悪を撒き散らした、我々エルターナ国に生きる者がなすべきつとめではないでしょうか」

「仰る通りです。私たちのなすべきことはまだまだ残っておりますわ。私も、ボスの志を遂げられるよう、尽力させて頂く所存にございます」

 そこで、2人は顔を見合わせて笑い合った。

「さて、行きましょうか」

 青年が席を立つと、

「はい」

 女性は答えて扉を開けた。ボスを先に通すと、その背に続いて女性も部屋を後にする。

「ボス、さあお乗り下さい」

 屋上のヘリポートに着くと、パイロットがそう声をかけた。それにうなずき、ボスが搭乗する。秘書である女性もそれに続いた。

「では、出発します。西の砂漠に向けて」

 そうして、風を孕みながら浮遊したヘリコプターは、雲ひとつない青天を突き進んでいった。


「視察、お疲れ様でした」

 部屋に戻り、デスクに着いたボスに紅茶を差し出しながら秘書が声をかける。

「なかなか思うようには進みませんね」

 紅茶をひと口飲むと、ボスは重いため息とともに吐き出すようにそう言った。

「ですが、みな、精一杯やってくれています」

 秘書の言葉に、ボスはこくりとうなずく。

「あなたが組織を継ぐ前の半世紀に渡る傷痕は、いまだ世界各地に残っております。それをわずか10年足らずで解決できるなどというお考えは甘いですよ」

 ボスは苦笑をこぼした。

「相変わらず、手厳しいですね」

「ひとりくらい、厳しいことを言う者が傍にいても良いでしょう?」

「そうですね。その役目は、これからもあなたにお願いしますよ」

「それは光栄ですね」

 ボスが笑うと、女性もつられるように笑った。

「確かに、みなさんはよく働いてくれています。そして、世界も良い方向に向かっている。ですが、まだまだ、平和とは程遠い生活を送っている人々がたくさんいるのも事実です」

「でも、あと少しです」

 憂いの影をのぞかせるボスに、秘書が澄んだ声ではっきりと言い放つ。

「あと少しで、私たちは元の世界を取り戻すことができます」

 ボスは秘書に目を向けたあと、目の前に置かれたデスクトップのパソコンに目を落とした。そこには、先ほど視察してきた西の砂漠の画像が、画面いっぱいに広がっている。それを見つめていると、かつての情景がまるで昨日のことのように思い起こされた。


 -ああ、どこかで悲鳴が聞こえる…。

 -あ…銃声だ。

 -誰かが倒れた…。


 10年ほど前まで、エルターナ国近隣の国々に生きる人々にとって、死は身近なものだったのだ。

 いつ、唐突に命を奪われるかもしれない。

 先ほどまで隣で笑っていた者が、次の瞬間には人形のように道端に打ち捨てられていることも珍しくはなかった。

 誰もが被害者であり、そして加害者でもあった。

「あなたに出会っていなければ、私も先代と同じ道を歩くことになっていたかもしれません」

 ボスは静かに目を閉じる。そして、かつてブランシュと呼ばれていた少年時代に思いを馳せるのだった。

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