第一章4
ソ連の代理勢力ヴォルクグラード人民学園が校舎を構えるアルカ北西部の港町サカタグラードは今や学園都市ではなく要塞都市の趣が強い有様になっていた。大小様々な弾痕が穿たれた建物の屋上にはZPU‐4対空機関砲やドイツ製の二段推進式地対空ミサイルが設置され、街のあちこちにチェコのハリネズミと呼ばれる対戦車障害物や空挺部隊の降下を防ぐため縦に突き立てられた鉄道レールの異形がある。
「ここモスクワの町中では市民が配給に長蛇の列を作っています」
時刻が午前十二時を回った頃、旧ロイヤリストの生徒達が慌ただしく行き交うヴォルクグラード人民学園の生徒会オフィスに校内放送のラジオが流れ始めた。
「次のニュースです。ニューヨークでは失業者が街に溢れ……」
一人の生徒会役員が連日続く暗いニュースに辟易して日本製ラジオの周波数を変えようと試みるが、その一方で部長然としてオフィスの最奥部の机に収まる赤髪のヴァルキリーは顔色一つ変えずに次々と書類にサインを記していく。
「こいつは除去しちゃっていいわよ」
「宜しいのですか? 彼女も旧ロイヤリストですが……」
かつてPSOB‐SASのC中隊長としてアルカ各地を転戦した英国訛りのロシア語を話す少女に書類を渡した男子生徒は彼女の即答を受けて不安げな表情を浮かべた。
「マイハニー……じゃなくてエーリヒ・シュヴァンクマイエルはBFでの代理戦争を国家同士の諸問題解決に用いる今まで通りの方法を維持したままでラミアーズやSACSのような不確定要素が絶対に発生しない清く正しいアルカを作ろうとしているわ」
第一線を退いてなお引き締まった肢体を崩さないスーツ姿のキャロライン・ダークホームは青い瞳を男子生徒に向けたまま右手で書類へのサインを続ける。
「だからこそ私はSW社からこの学園の中枢に派遣されてこのようにイレギュラーなテロリストや武装勢力の芽を事前に摘み取る尊い仕事をしているの」
事実上の死刑執行書にサインを済ませたキャロラインは有無を言わさず男子生徒を次の仕事に向かわせて新たな書類を手に取ろうとしたが、人差し指が紙面まであと数センチというところで電話の着信ベルを耳にした。
「もしもし?」
「キャロ? 私だよ」
「アルカに輝く一等星にして偉大なる無敵のヴァルキリー! プロトタイプの母たる人類の太陽であり慈愛と信頼に溢れた永遠の胸を持つ我らがノエル・フォルテンマイヤー!」
電話口からの声で鼓膜を叩かれたキャロラインは喜びと興奮のあまり飛び上がりそうになってしまったが、瞬時にその感情を理性で押さえ込んだ。
「勿論把握してるわ」
エーリヒとほぼ同等の敬愛を寄せるノエル・フォルテンマイヤーからの質問に答えつつキャロラインは立ち上がり、防弾ガラスで作られた窓の外に体を向ける。
「エレナ・ヴィレンスカヤはイレギュラー監視リストの上位に入っていたもの」
キャロラインは窓外に見える、凄惨なリンチの末に殺害され今は黒焦げの状態で街路樹に吊るされているガーランド・ハイスクールのヴァルキリーを見やった。
「でも彼女はもう」
多くの狂気と地獄を目の当たりにしてきた見てきた瞳は次に、今や地面に横たわり下品な落書きだらけになったマリア・パステルナークの銅像へと移った。
「過去の人よ」