第一章1
一九四八年九月一日。
アラスカの米軍基地に亡命した新型戦闘機を巡る米国とソ連の軍事衝突がそのまま持ち込まれてしまった結果、アルカ始まって以来の大規模な激戦が陸海空で繰り広げられることとなったエルメンドルフ戦争は終息の兆しが全く見えないまま今なお続いていた。
「前世紀の終わり……」
泥沼化した地上戦が今日も行われているアルカ北西部のショナイ平原にグレン&グレンダ社のラジオ放送が流れる中、英語で罵詈雑言を撒き散らす女性兵士がヴォルクグラード学園軍のJSU‐152重自走砲のキャタピラに巻き込まれ粉砕されていく。
「巨大隕石の落下と……」
本来ならばBFにおける国家間代理戦争の勝利条件や敗北条件を伝える役割を持つ大型モニターが上から半分綺麗に吹き飛んでしまっているその前で華奢な少女の肢体が枯れ木の折れるような音を立てて正視に耐えない無残な血塗れの肉塊へと変わった。
「それがきっかけになって始まった十五年間にも及ぶ世界規模の戦争が人類に歴史上類を見ない未曾有の被害をもたらしました」
無意味に響き渡るラジオ放送で鼓膜を叩かれつつ濃密な対空砲火を掻い潜って急降下したガーランド・ハイスクールのヴァルキリー達はその途中で仲間を失いながらも他校からアニマルハンターと呼ばれるソ連製重自走砲へ肉薄、装甲の比較的薄い車体上面や白ペンキでスローガンの描かれた側面に向けて肩に担いだM1バズーカの連撃を放つ。
「混乱はグレン&グレンダ社によって収められました」
大爆発を起こした車体から舞い上がった戦車兵がバラバラになって黒ずんだ地面に落ちるよりも早く濃緑色のマナ・ローブを纏うヴァルキリー達は右上方から七・六二ミリトカレフ弾の掃射を浴びた。口々にファック、サノバビッチ、マザーファッカーと聞くに堪えない言葉を漏らした彼女らは六十ミリロケット弾を発射するという役割を終えた携帯式対戦車火器を躊躇なく投げ捨て、得物をM3グリースガンやフォアグリップが無理矢理取り付けられたM1919重機関銃に切り替えて応戦する。
「そして同社は今後一切、人々が争わずに済む世界を作ろうと考えます」
右上方から青い粒子の尾を引いて降下してきたヴォルクグラード学園軍のヴァルキリーは一旦とあるガーランド・ハイスクールのヴァルキリーの眼前を急降下で素通りしたあと、彼女の左下から反転上昇し距離を詰めた。そしてお互いがそれぞれ手にしたマチェットとスぺツナズナイフが接触して眩く激しい火花が散る。
「それが戦闘用の人造人間『プロトタイプ』を教育し」
およそ二秒半の鍔迫り合いを経て、頭のバンダナに煙草の箱を挟み込んだガーランド・ハイスクールのヴァルキリーは無線機のインカム越しにとある声を聞く。戦乙女は相手の腹部を引き締まった右足で思い切り蹴り飛ばして距離を取った。
「世界各国の代理勢力である『学園』に所属させ」
その直後――対地攻撃という本業を終えたガーランド・ハイスクールのP‐47サンダーボルト戦闘爆撃機からの猛烈な機銃掃射によってロシア製ヴァルキリーは瞬時に蜂の巣へと変えられ、黒ずんだ穴だらけの無残な姿で地面に吸い込まれていった。
「アルカという永久戦争地帯でそれぞれの母国の代わりに戦わせるシステムなのです」
不本意ながら獲物を奪われてしまったものの親指を立てて感謝の意を表したヴァルキリーに対しヤーボと呼ばれ恐れられる戦闘爆撃機は両翼を振りその礼に応じるが、左翼が元の位置に戻った瞬間、高速で駆け抜けた赤い輝きに貫かれて爆散した。
「そして今や民族対立、資源の利権争いといった国家間の問題は全てアルカにおける代理戦争で処理され、人類にとって永遠に過去のものとなりました」
眼前に広がった光景が理解できず「えっ」と思わず素っ頓狂な声を上げてしまったガーランド・ハイスクールのヴァルキリーの右手が木っ端微塵になって吹き飛ぶ。
「あれ、手……」
顔に赤黒い液体を浴びた仲間達が皆一様に茫然とした直後、七・六二ミリ弾が右肘から先を失ったヴァルキリーの胸を四連続で貫き、彼女の口から血を大量に吐き出させた。
「やっぱり茶番劇の舞台でこそ!」
恐怖と驚愕によって大きく見開かれたヴァルキリー達の目が、先程千切れて放り出された仲間の右腕をキャッチするなり左回転しつつ投げ捨てる味方ではない同族の姿を捉え、そいつが眼鏡の奥にある爬虫類じみた縦スリットの赤い瞳で自分らを見つけるなり興奮の度合いを加速度的に高めていく絶望的光景を視認する。
「全力で踊るに相応しい!」
ショナイ平原上空に馳せ参じた百八十センチを超える長身のヴァルキリーはショートカットの金髪を揺らして後方に展開する部下達が持つ四連装ロケットランチャーから撃ち出されたロケット弾をなぞるようにして半球形の右回転――ロールを打つ。
「テウルギスト!? スピリットウルフ社か!」
「戦争の犬共が!」
「よくそう言われるけど、これは完全にビジネスでやっていることさ!」
ノエルは自分の前に出たロケット弾を手にした自動小銃のセミオート射撃で爆発させ、
「私達はプロフェッショナルとして顧客の要望に応え、他にはない無上の満足を与える!」
回避が間に合わず炸裂と閃光に巻き込まれた数体のヴァルキリーを絶命に追い込む。
「どんな学園にも安定が必要なのさ」
間一髪でロケット弾の爆発から逃れたヴァルキリー達は煤塗れになって黒煙から飛び出すなり突如現れたヴォルクグラード学園軍の恐るべき援軍に対して銃弾を浴びせる。
「安定なくして国家の代理人という役割は果たせないからね!」
しかし彼女達の銃口から撃ち出された弾丸はジグザグの機動で空を駆けるノエルの肢体を一発たりとも捉えることができず、ただ一刻後に残る赤い粒子の輝きを貫くに留まった。
「安定の実現のためには訓練された強い学園軍が不確定要素に対する自浄作用を持つべきなんだ。それが代理戦争の勝利に結び付き、母体国家とその国民の幸福にも繋がる」
現在ヴォルクグラード人民学園と契約している『業界最大手』の民間軍事企業SW社に身を置くヴァルキリーは自分に放たれ続ける弾雨から余裕綽々で逃れるなり左手のイスラエル製自動小銃で左上の敵を撃ち抜くと、そのまま右手に携えた同国製ウージー短機関銃を連射しつつ右旋回して右上から迫っていた三体の敵を矢継ぎ早に撃破した。
「アルカでは今までの戦争の常識は通用しない!」
四十発の九ミリ弾を放ち終えたウージー短機関銃を投げ捨てたノエルは更に一回転して左下から迫るヴァルキリーをガリル自動小銃で撃墜し、銃口の先で手足に続いて胸部を撃ち抜かれ絶命した敵から放り出されたPPSh‐41短機関銃を手隙な右手で掴んだ。
「イレギュラーな武装勢力を極めて短時間の内に交渉の場に連れ出すこともできない!」
続いて空を踊り続けるノエルは右上から自分を狙っていたヴァルキリーに奪ってからまだ七秒と経過していないソ連製短機関銃からの猛射を浴びせる。
「アルカ各校の学園軍に対する高度な専門技術と部外秘軍事顧問提供!」
仲間達を殺された怒りに身を任せてノエルに向けBAR自動小銃を連射していたヴァルキリーの右腕が殺到してきた七・六二ミリトカレフ弾によって付け根から鮮血と共に切り離され、断面から生暖かい飛沫をぶちまけて四散した。直後に悲鳴を上げたヴァルキリー本人も頭部をガリル自動小銃からの弾丸で吹き飛ばされ絶命する。
「同、適切な軍事および戦略的アドバイスの提供!」
「減らず口を叩いて!」
実際のところ自分でもあまりよく理解していない文言を大声で口にしながら縦横無尽に飛び回り死と破壊を振り撒くノエルに対し、まだ生き残っているガーランド・ハイスクールのヴァルキリーが虎の子として温存していたM1バズーカを後先構わずぶっ放す。
「同、陸海空の全戦争局面で現時点における……えーっと何だっけ……まあいいや次!」
背部飛行ユニットから左右に伸びる後退翼に狼を模したSW社のロゴを描くノエルは縦方向に回転して易々と六十ミリロケット弾を回避し右下にいるヴァルキリーを撃つ。脳漿と頭蓋骨を四散させて少女の頭が吹き飛ぶ様を目の当たりにした彼女は続いて頭を失った戦乙女の右腕を狙おうとするが、黒いオープンフィンガーグローブから覗く人差し指がトリガーを引く前に左からの銃弾を浴びた。
「同、国軍に対する武器とその土台選択についてのアドバイスの提供!」
反射的に真紅のマナ・フィールドを展開しM3グリースガンからの弾丸を防いでなおも話し続けるノエルにまた別のヴァルキリーが肉薄した。ノエルと同じ飛行ユニットを背負うヴァルキリーは彼女が放出したダミーバルーンを易々と切り裂いて接近、左手で右下から左上にかけて鉈を振るいPPSh‐41短機関銃の銃身を両断する。
「同、守秘義務・プロ意識・専心に基づく百%非政治的な業務の提供!」
ヴァルキリーは続いて左下から右上への斬撃を繰り出さんとするが、数年前はポニーテールだった髪を今は短く切り詰めているノエルが右手に展開した分厚い光の障壁でそれを防ぎ、彼女から強烈な左膝蹴りを鳩尾に叩き込まれてしまう方が遥かに早かった。
「それらがアルカ最高にして最大の民間軍事企業、SW社の社是であり!」
吐血――肺から一気に酸素を奪われたヴァルキリーは思わず口を開く。
「君達を殺す者の正体さ!」
すぐに銃口が薄桃色の舌を押し潰して少女の口内に突っ込まれた。
そして微笑んだノエルは躊躇なくガリル自動小銃のトリガーを引いた。




