エピローグ
一九四六年九月二十日。
昼になって燦々と輝く太陽がアゴネシアの地面を照らし始めると、皮のついた骸骨にしか見えない痩せこけた子供達が汚い木の小屋から這い出してきた。
弱々しく両手を交互に動かし、栄養失調で既に動かなくなった足を引き摺る十歳にも満たない子供達はせめて陽の光の下で死のうとしていた。
「ハブナッツのガキなんてのは公衆便所みたいなものだ」
拳銃弾が子供の小さく狭い額から飛び出し、血と脳漿に濡れて地面を抉る。子供達の儚く悲惨な願いは、ロシア語訛りの英語を話す年若い傭兵達によって無残にも踏み躙られた。
「コロンビアからのネクタイを君達にプレゼントするよ」
一人の傭兵が子供の首根っこを無理やり掴んで膝立ちにさせ、弱々しく両手を動かす彼の喉を慎重にナイフで切り裂いた。そして夥しい流血が迸る傷口に手を突っ込むと、乾き切った舌を掴み、強引に傷口から外へと飛び出させた。喉から垂れ下がる舌――コロンビア・ネクタイと呼ばれる残虐極まりない殺害方法である。
「こちとら追い出されてイライラが溜まってんだ。誰一人ただで殺してやるものかよ」
度重なる残虐行為と任務遂行の不徹底によってとうとう学籍を抹消され、最初から存在していなかったという形でドラケンスバーグ学園を追い出された元タスクフォース・リガの傭兵達はまるで掃除でもするかのように子供達を惨殺していく。
「そうカリカリすんなって。来週には良い再就職先が俺達を待ってるぜ」
傭兵達はガムを噛みながら薄汚い木の小屋へと足を踏み入れ、壁に背を預けて咳き込むことしかできない子供達を一人一人射殺した。
ユダヤ人が見切りをつけてから既に三か月近く放置された少年兵の教育キャンプは今まさに終焉の日を迎えようとしていた。傭兵達は鼻唄を歌いながらアゴネシアにある施設のあちこちにガソリンをぶちまけ、事務所からダンボール入りの資料を何ダースも運び出してエア・ヤマガタのヘリに積み込む。
「さっさと運べ。これが終わったらパレスチナのアラブ人を絶滅させなきゃならん」
「そりゃまた夢のある話だが、なんでまたパレスチナになんかに?」
「ユダ公が国を作るんだとよ。ほら、口じゃなくて手を動かせ」
緊張感のないやり取りを行う傭兵達の後ろでは、アゴネシアと同じハブナッツであるアフリカのコンゴから強制的に連れて来られた黒人達が頬を涙で濡らしながら自分の腰辺りまでしかない少年少女達の死体を運んでいる。例外なく骨と皮に成り果て、共喰いの歯型がついた亡骸は全てこめかみに髪の毛と頭皮を焼いた痕があった。至近距離から銃殺された証拠だ。
フェルニゲシュ・コシュティの近郊でそうだったように、細く華奢で小さい子供達の死体がブルドーザーにより穴の中へ押し込まれた。
ハンマーダウン作戦で瓦礫の山と化したオーイシアでそうだったように、手足の飛び出した死体の山が火炎放射器で焼き尽くされた。
ザ・オーにある倉木マツリの聖域でそうだったように、地面は射殺され、斬殺され、撲殺され、あるいは自殺を強要された子供達の死体で埋め尽くされた。
「ほらほら走れ! 走れ!」
黒い布で目隠しをされ、無理矢理服を剥ぎ取られた全裸の子供達が楽しげな傭兵に追い立てられる。覚束ない足取りでふらふらと歩く彼らの両手の親指同士は針金で縛り付けられており、一度でも転んだり躓いたりすればすぐにMP44自動小銃のストックで後頭部を叩き潰されるか、マチェットで手足を斬り落とされた。
「お前らだっていつかはこうなるんだ」
喉に刺さったナイフのせいで虫の息になっている木に縛り付けられた子供の頭を銃口で突いていた傭兵が、ふと自分に向けられた怨嗟の声に気付く。
「お前らはいつか必ず報いを受けるんだ」
水溜りの前に並んで跪かされていた子供達のうち一人が強い眼光で傭兵を睨み付ける。
健康そうで、他の子供達よりも若干年上に見える男の子だった。
「報いは受けるだろうな」
傭兵は死んだ子供の肉を口にして生き残った男の子の前で膝立ちになり、
「だが今じゃない」
両手を後ろで縛られた彼の右眼窩にスプーンを捻じ込んだ。絶叫が木霊し、激しく震える頬を血が伝って顎から滴り落ちた。
「お前を解放する! どこにでも好きな所へ行って良いぞ!」
蹴り飛ばした男の子のズボンを脱がせ、傭兵は満面の笑みを浮かべて空にMP44自動小銃を乱射した。
男の子は悲鳴を上げ、右眼窩から視神経で繋がった眼球を垂れ下げて走り出す。それを見た別の傭兵達は彼の股間を指差し、腹を抱えてげらげらと笑い始めた。うっすらと生えた毛の茂みの中に巻貝の殻宜しく皮を被った一物が縮んでいたからだ。
「お前達は人間ではない」
哀れな男の子が明らかに過剰な量の銃弾で射殺されるのを見たコンゴ人が怒りに震えた様子で声を上げた。コンゴ人は掴みかからんばかりの勢いで傭兵に近付く。
「お前達は悪魔だ」
「おいおい、ハブナッツの連中は常識を知らないのか?」
部下にコンゴ人の両肩を掴ませた上で、傭兵は黒い鼻っ柱に顔を近付ける。
「俺達は人間じゃない。プロトタイプだ。三度のメシより人殺しが大好きで、人殺ししかできない世界最低の屑野郎共だよ」
傭兵が腰の鞘から通信販売で買った米国製のナイフを抜き、コンゴ人に見せた。
「だからこういうことだって平気でやれる。よく見てろ」
傭兵は口笛を吹いてナイフを弄びながら、倒れた全裸の少女を取り囲んで腹部に軍用ブーツの爪先を何度もめり込ませる仲間達の所へ歩いていく。
「やめろ!」
コンゴ人の制止に笑みを返し、傭兵は全身切り傷と痣だらけになった少女の左耳を引っ張ると、躊躇なくそれをナイフの刃で削ぎ落とす。
少女は甲高い悲鳴を上げてエビのように仰け反り、頭の左側を血塗れにしながら地面の上でのた打ち回った。
「助けて……助けて……」
自らの血と砂埃に塗れた少女はコンゴ人に救いを求めた。この場所で自分を殺そうとしていない存在が彼だけであることに気付いたのだ。
「助けに行かないのか?」
しかしコンゴ人に視線を向けていたのは、アルカという檻から解き放たれた猛獣の群れである元タスクフォース・リガの傭兵達も同じだった。
「あの子はお前に助けてくれって言ってるぞ?」
彼らは期待に胸を膨らませながらコンゴ人が助けに飛び出すのを今か今かと待ち構え、MP44自動小銃のトリガーに指をかけている。
「すまない……許してくれ……」
圧倒的な無力感に苛まれつつ、コンゴ人は後ずさりしながら目を逸らす。
「助け……たす……」
背後から少女の髪の毛を掴み、傭兵は彼女の頭を仰け反らせる。
「お願い……やめ……」
大きく目を見開き、底知れぬ恐怖を瞳の奥に宿らせた少女の哀願も空しく、肌を切り裂いたナイフはすぐに大動脈へと到達した。
泥で汚れた少女の頬を涙が滴り落ちた瞬間、真っ赤な鮮血が勢い良く噴き出す。激しく震える唇の間から弱々しい息を吐き出して彼女は地面にゆっくりと前のめり、何度も華奢な体を痙攣させて息絶えた。
この凄惨な虐殺はクリスティーナ・ラスコワが執筆し、スレッジハンマーブックスからノンフィクション小説として出版された『トラック戦争の真実』には載っていない。
彼女は同書の巻末においてこうコメントしている。
「私は嘘偽りのない、戦争のありのままの『真実』を書きました。多くの人がこの本を通して、地球の裏側で何が起きているかを考えるきっかけになれば幸いです」
終劇




