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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 FALLING OF LAST HERO 1943
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第二章1

 全てが始まったのは一九四一年の六月二十二日だった。

「母校への土産話にいい場所があるぞ。お前に見せたい店がある」

 その当時はまだ将来有望な若手ヴァルキリーに過ぎなかった少尉時代のマリア・パステルナークはそう言って、交換留学生としてヴォルクグラード人民学園に通っていたエーリヒ・シュヴァンクマイエルを夜の街へと連れ出した。彼の階級も同じく少尉だった。

「いいな、この店ではロシア語を使うなよ」

 ネオンを輝かせるメンバーシップ制の超高級クラブの前でマリアはそう念を押した。

 クラブ『No Russian』の無愛想な守衛はマリアの生徒手帳を検めはしたが、エーリヒが懐から同じものを出そうとすると「いえ、結構です」と笑顔を見せた。

 マリアが隣にいる少年を自分の大切な友人であると紹介したためだった。

 そして重い扉が守衛によって開かれるなり煌びやかな世界が二人の眼前に広がった。

 分厚い絨毯は靴がめり込んでしまいそうで、豪華なシャンデリアが煙草と酒の臭いが立ち込めた店内を過剰なまでに照らしている。テーブルの上にはキャビアやステーキがはみ出さんばかりに並んでいた。ソ連本国でもなかなか手に入らないであろう高級品のシャンパンやワインも数え切れないほど置かれている。

「凄い……」

 学園軍という禁欲的な世界しか知らないエーリヒは感嘆の言葉を口にした。

「ああ……」

 感嘆しているのはエーリヒだけではなくマリアも同じだった。

「じ、常連じゃないんですか?」

「実を言うと初めて来たんだ」

 目に入るもの全てに驚く二人は店内を歩き、一つのテーブルの前で立ち止まった。そこには校内放送や新聞部の記事でよく見た人民生徒会の役員がいた。まだ十代後半の彼は両脇に露出の多い服を着た女子生徒を侍らせ、未成年にも関わらず酒を楽しんでいた。

「おや」

 生徒会役員は見慣れない軍服に身を包んだエーリヒの姿に気付いた。

「シュネーヴァルト学園の方ですね。これはこれは珍しい」

 人好きのする笑顔を浮かべる生徒会役員は立ち上がってエーリヒと握手を交わす。

「ドイツ人さん、ここでは本名は禁止ですよ」

 自己紹介しようとする少年の前で生徒会役員は自分の唇の前に指を立て、次に良く言えば分け隔てない、悪く言えば馴れ馴れしい様子でエーリヒの肩に手を回した。

「私はかねがねドイツには行ってみたいと考えておりました。ここでお会いしたのも何かの縁でしょう。さあどうぞ。ドイツでは飲めない酒ばかりですよ」

「汚い手でエーリヒに触るな!」

 その直後マリアの怒鳴り声が店内に響き渡り、一気に店内の空気が凍りついた。

「なんだ君は?」

 エーリヒの肩から手を外した生徒会役員が不快に目を細めてマリアを睨む。

「その汚い手でエーリヒに触るなと言ったんだ。ゴキブリめ」

 マリアは燃え盛るような瞳から伸びる怒りの視線を生徒会役員に向けていた。

「私達が命を賭して戦っている裏で貴様らはこんなことをしているのか!」

「落ち着いて下さい。マリアさん、失礼ですよ」

 エーリヒは慌てて制止に入るがマリアは止まらない。

「ゴキブリ呼ばわりするのはゴキブリに失礼だな。お前達はヴォルクグラードの養分を吸い取って肥える汚らしい寄生虫だ」

「君が我が校の生徒であることを心から恥じなければならない。名前と階級を答えろ!」

「マリア・パステルナーク! 栄えあるヴォルクグラード学園軍の少尉だ!」

 マリアは生徒会役員に堂々と答えた。

「覚悟しておけ。客人の前で侮辱されたと上官に報告してやる」

「侮辱? 馬鹿も休み休み言え。侮辱されているのはヴォルクグラードそのものだ!」

 こうしてマリアとエーリヒは店を『丁重に』追い出された。

「口止め料か……」

 サカタグラードの一角にある学生寮のベッドで「不快な思いをさせて申し訳ない」と謝罪した生徒会役員にいつの間にかポケットに滑り込まされていた小切手――片手では数え切れないほどのゼロが付いている――をエーリヒは眺める。

 一方のマリアは椅子に腰掛けて足を組み、部屋に戻ってきてからずっと月明かりに照らされた窓外を見つめていた。彼女の引き締まった身体は怒りで酷く緊張している。

 マリアがここまで怒りを露にした姿をエーリヒが見るのは初めてだった。

 元々マリア・パステルナークは交換留学生であるエーリヒを世話役という名目で監視する役割を持っていた。しかし何故か二人は馬が合い、今の関係は決して恋人同士と言える間柄ではなかったが、かといって単なる友人という間柄でもなかった。

「エーリヒ、すまなかった。あんなところにお前を連れて行ってしまって」

 学生寮に戻ってから、初めてマリアが口を開いた。

「だが、私自身は行って良かったと思っている。あれはアルカの真実の姿だ。崇高な理念を抱いて戦う戦士達の血でマスをかくクズ共め……!」

 明確で力強い怒りがマリアの言葉に込められていた。だがその顔には、エーリヒが今まで見たこともないような悲しみもまた溢れていた。

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