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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 PARTY WITH BORDER LINE 1946
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第三章3

 至る所に見受けられる砲弾の落下孔が大小様々な口を開け、濁った水の中でボウフラが何匹も蠢く道を進んだサブラは山道の奥に寺を見つけた。

「ここですね」

 サブラはギシギシと軋んだ音を立てる木の階段を一段また一段と登り、かび臭く湿っぽい寺の中に足を踏み入れる。

「やあ」

 堂内に入るなり、金色の瞳が暗闇の中に輝くのが見えた。

「ついに会えたね」

 まるで世界の深淵に触れて色を抜かれてしまったかのように、巨大な仏像の前で椅子に座る第二世代ヴァルキリーの髪と肌は白かった。

「待っていたよ」

 堂内を照らす蝋燭の僅かな光でサブラの整った目鼻立ちが浮かび上がると、

「サブラ・グリンゴールド中佐……」

 恐らくはここにやってくる以前、BFで溜め込んだであろう過剰なストレスによりこれもまた真っ白になった髪を揺らして倉木マツリは立ち上がる。

「さあ、ボクを殺すんだ。ボクは証明した。完全なる安定なんて存在しない――この世界に存在する事象の全てが、危ういバランスの上で絶えず揺れていると」

 半袖にして胸のラインまで丈を切り詰めたマナ・ローブの上着を羽織り、その下に同じく胸のラインまでに改造した黒いタンクトップを着込むマツリは両手を広げる。

「ボクだって例外じゃない。さあ、早く終わらせてくれないか? サブラ・グリンゴールド……キミも証明する時が来たんだ」

 胸元の認識票と、大きく露出した腹部の臍に開けられたマツリのピアスが鈍い光を放つ。

「私は貴方を殺しません」

 改造されている短いズボンと迷彩柄のニーソックスで覆われた太腿から視線を上げ、

「貴方は我々が独断かつ秘密裏に進めていた計画の上澄みだけを使って一定の成果を上げました。これは特筆に値する出来事です」

 サブラはマツリの両肩――錆び付いた第二世代ヴァルキリー特有のレイルとすっかり輝きを失った右手首のマナ・クリスタルを見やる。

「アゴネシアで製造していた『我々』のゾンビを掠め取り、大規模なテロを成功させた貴方は実に優秀な存在です。X生徒会は貴方を高く評価し、是非来たるべきアリヤーに備えてディアスポラ計画の一部になってもらいたいと考えています。全ての経歴を抹消、最下級の立場から将来的に作られるユダヤ人国家の学園のため戦いませんか?」

「ちょっと待ってくれないか」

 マツリは人差し指と中指を立てて額に当てる。

「ボクがどうしてこう成り果ててしまったのか、あちこちに立てた拡声器が教えてくれなかったのかい?」

「教えて頂きました」

「じゃあなんで、ボクに三年間やってきたことを全て水の泡にしろと言うのかな」

「いえ、私は――失礼、X生徒会は貴方が三年間やってきたことを評価して今回の決断を下しました。貴方がアルカ学園大戦におけるシステム上のバグであろうと、イレギュラーであろうと関係ありません。我々は貴方の能力を高く評価し、目的を遂行する上で必要だと判断したからオファーを出しただけです」

 みるみるうちにマツリの整った顔が憎悪で歪み、青白い肌が赤く色付いていく。

「ボクを失望させるな!」

 大声を上げてマツリは足元の生首を拾い、サブラへと投げつける。異臭を放つ軽く小さい頭部は少女の黒い長髪を僅かに薙いで神社の床木を汚した。

「貴方が使える存在かどうかを判断するのは貴方自身ではありません。それに、かつて老子は『足るを知る者は富む』と言いました」

 淡々と客観的な口調でサブラは続けた。

「人の欲望には際限がありません。しかし『自分はこれで満足だ』と考えることができれば、例え物理的、精神的に貧しくとも幸福になれます」

「流石、自分は歯車だと思考停止してる人は違うね……だけどその言葉には『強めて行う者は志有り』って続きがあるんだよ。努力している者は志がある者って意味さ。だからボクはおかしくなったんだ。自分を志があり、他とは違う存在だと思っているから、決して満足しない。上を見て、上を見て、上を見て、気付いたら首がもげてしまっていた」

「そうですね。客観的に見て貴方は異常です」

「異常だって?」

 倉木は噴き出しそうになる。

「それなら自己意思を捨て、自分を消耗品の歯車と規定しているキミの方がよっぽど異常者じゃないか。ボクはまだ正常な人間だ」

「そもそも我々は人間ではありません。我々は母体となる国家のため消耗され、使い捨てられるプロトタイプでありヴァルキリーです」

「それはキミの考えだ。ボクにまで押し付けないでくれないか」

「何も押し付けてはいません。単に『現実はこうだ』と言っているだけです」

 サブラはPKM軽機関銃のセーフティーレバーを射撃可能な状態に動かし、軽々と十キロ近くある分隊支援火器の銃口をマツリへと向ける。

「記録に残しておくためにお聞きします。何故貴方はここに聖域を作ったのですか?」

 マツリは悲しげな様子で首を横に振り、両手を広げた。

「たっぷりと蜜を滴らせる花を見つけた蜜蜂は、永遠にそこを離れられないからだよ……」

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