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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 PARTY WITH BORDER LINE 1946
82/285

第二章11

 昼前になっても息苦しく重い灰色の空に蓋をされたオーイシアの荒みきった街中には、火炎放射器で無残にも焼き殺されたゾンビの死体から放たれるフライドチキンの匂いじみた香ばしい臭気が漂っていた。

「すけ……ぅけ……」

 ゲル化ガソリンと可燃性ガスによって眉毛や髪を失い、全身の皮膚に衣服の切れ端を複雑に混ざり込めているのはゾンビだけではなかった。

「ぅけ……ぅけ……」

 ゾンビに襲撃されている最中、制止を振り切ってタスクフォース33から火炎放射器で焼き尽くされたハイスクール・エウレカの女子生徒は既に機能しなくなった声帯を震わせる。しかし、口内に重度の火傷を負った少女ができたのは、半分炭化した舌を振るわせて動物めいた唸りを上げることだけだった。

「俺達が何をしたっていうんだ」

 艶を失った頬を過度のストレスで引き攣らせて、亡霊のような姿に成り果てたタスクフォース33――名実共にもはや残党といえる規模のものでしかなかったが――の隊員達は自分達の本校校舎をゾンビから奪還するため、廃墟と化した市街地を進む。

 一人の隊員が焼け焦げた死体を誤って踏み付けてしまう。

「ああクソ……」

 直後、黒い破片を撒いて砕けた皮膚の間から猛烈な悪臭が立ち込め、隊員は皺だらけのシュマグを上げて顔の下半分を覆った。

 また別の隊員は、黒ずみ疲労を澱ませた半円の上にある目で側溝に片輪を落とし黒煙を上げる友軍のトラックを視認する。

「やっぱり神様はここを見捨てて出ていったんだな」

 少し歩いて穴だらけの肉袋と化した女子生徒が山積みされた荷台が見えると、甘い腐敗に鼻腔を突かれた隊員は諦観めいた口調で吐き捨てる。

『奴らが何をしているかわかりやすく話そう。価値ある絵画を模造して卑猥なものに描き換え、それを豚共に食わせて利益を得ていながら、公権力によってその行為が規制されようとすると、あたかも自分達が哀れな被害者であるかのように振舞う。何一つ自分で生み出してはいない、生み出せない奴らが』

 オーイシアのあちこちに立つ校内放送用のスピーカーから女の声が響き始めても、既にタスクフォース33の隊員達は毒づいたり不快感を露にする素振りすら見せなかった。あまりにも多くの地獄を二十四時間に満たない間に見過ぎてしまったのだ。

『奴らを批判すれば狂人というレッテルを貼られる。狂人による下劣な行為だと――自分達が正気で、ボクが狂気と決めたのは誰なのか。それを定義している奴は誰なのか。どんな理由があって正気や狂気と定義しているのか。そんな奴の決めた定義とやらに左右されなければならないのか。そんな奴の基準をクリアしたものだけが上に行けるというのか。そんなものはくそくらえだ。奴らの決めた定義など自分勝手な妄想に過ぎないのに』

 タスクフォース33の面々がうんざりした様子で歩を進めた時、一人の隊員が突然足元から起こった爆発に巻き込まれ、熱波の中で四散した。

「じ、地雷……!?」

「クソッタレ! 味方が仕掛けたやつだ!」

 顔を仲間の血液で汚した隊員達は何が起こったかを完全に理解する時間さえ与えられなかった。爆発音を聞きつけたゾンビが校舎のある西から大挙して押し寄せてきたからだ。

「なんてことだ……ああ、なんてことだ……」

 プロトタイプ特有の旺盛な闘争心さえすり潰す唸り声を上げて迫ってくる死者の群れを目にした隊員達は自分の胸に象が腰掛けたような感覚を覚えた。

「馬鹿な真似を。食い殺されるとわかっていながら……」

「しかし見習うべき部分もあります。あそこまでの愛国心は私でさえ抱いていません」

 青い光跡を残しながらオーイシアの上空を飛行するキャロラインとサブラは、太腿の肉を噛み千切られたタスクフォース33のヴァルキリーが悲痛な泣き声を上げながら迫り来るゾンビ達に拳銃を乱射する有様を目視した。ゾンビが必死で這いずるヴァルキリーの喉元に喰らい付くと、戦乙女は屠殺場で農夫が豚の頸動脈にナイフを突き立て、力一杯手前に引いた時と全く同じ叫びを上げた。

「んじゃ、お互いやること済ませちゃいますか」

「了解」

 耳にした者全てを凍り付かせる恐ろしい絶叫で鼓膜を叩かれつつ、胃袋に溢れ返る程テトレー(注1)の紅茶を流し込んだキャロラインと、胃袋に結局全部は犬も喰わなかった牛肉をみっしりと詰めたサブラは共に靴下を脱ぐような冷静さでそれぞれ左右に展開する。

「ゾンビを視認。十時の方向」

 サブラは高度を下げ、敵味方識別用の黄色い三角形が描かれた前進翼から鈍い銀色の光を放ちながら降下する。彼女は低いビルの背後へと回り込み、尽く窓が割れ、弾痕だらけになった壁面を舐めるように急上昇、屋上の上で滞空した。

 彼女が長い黒髪を死臭混じりの風でたゆたわせながらPKM軽機関銃を連射すると、銃身先端のフラッシュハイダーから絶え間ない閃光が迸り、クロアチアで生産された七・六二ミリ弾が一直線に伸びて射線上にいたゾンビの上腕三頭筋を引き裂く。

 たちまち漂い始めたコルダイト火薬の刺激的な臭気の中、サブラは大きく輪を描いて旋回、地上へ真鍮の空薬莢を振り撒いてゾンビに更なる連射を浴びせた。

 右肩に銃弾を受けたゾンビが大きく仰け反り、湿った音を立てて尻餅をついた。間髪入れずに紫に変色した皮脂を数十の銃弾が貫き、内部の筋肉をズタズタに引き裂く。

 飛行するサブラが射撃のため上半身を捻っても、緩やかな縁を描く光跡が曲がることはない。ヴァルキリーの背部飛行ユニットは腰から伸びる支持架で固定されているからだ。

「ロケット弾?」

 ビルの外壁を舐めるように降下するサブラに地上から幾筋もの白煙が迫る。彼女は壁面を蹴ってロケット弾の軌道から逸脱し、紫の瞳を動かして白煙の源を探す。

「赤外線誘導もなしにヴァルキリーを撃墜することはできません」

 空中で体勢を立て直したサブラは身体を右に翻し、直撃コースで迫ってくるロケット弾を左手で振り下ろしたトマホークによって両断する。爆炎を切り裂いた彼女はこれもまた接近するロケット弾を左の一閃で、その次は左回転からの右回し蹴りで破壊した。

 僅か二秒の間に三発のロケット弾を無力化したサブラは廃墟の中に着地するなり、パンツァーファウスト44の砲身を無理矢理腕にワイヤーで縛り付けられたゾンビが数体、自分にその弾頭を向けていることに気付く。

 バックブラストや反動で自らの頭や腕を吹き飛ばすゾンビから放たれたロケット弾を上体を反らして回避した時、鋼鉄で出来た大きく硬い爪がコンクリートの地面を削って進む音がサブラの耳を震わせた。

「ん」

 音は巨大な芋虫のようにゆっくりとサブラのいる場所へと近付いてくる。途端、予防線として背面に展開したマナ・フィールド越しに強い衝撃が走った。ある程度は何が起きるかを予測していた彼女は地面へと叩きつけられ、思い切り肺から血液混じりの空気を吐き出す。世界が暗転し、直後に白い闇――粉塵と煙が視界を埋め尽くした。

「五十二口径七十六・二ミリ戦車砲。M18ヘルキャット駆逐戦車ですね」

 サブラは鉄臭い液体ですぐ目の前にある地面を汚す、自らの前髪の生え際から滴り落ちる赤黒い滴を視認しながら、淡々と自分達に死と破壊を浴びせた存在の型式番号を口走る。

 周囲には先程まで人間の形をしていたゾンビが迷彩服と人肉の切れ端になって散らばっていた。ボルトや金具といったロケットランチャーの部品もあちこちに転がっている。

「……たい……」

 声が聞こえたので、サブラはすぐ隣へ汚れた眼鏡のレンズ越しの視線を向ける。

「いたい……」

 濃緑色のマナ・ローブに生まれた黒い裂け目から飛び出す薄桃色の腸をチェストリグの上に乗せながら、瀕死のヴァルキリー――キャロラインではない――が声にならない声を喉から発している。両脚の膝から下が千切れてなくなり、赤い上塗りが施された骨が剥き出しになっていた。

「大丈夫ですか?」

 声をかけると、昨晩地下壕で「みんなで力を合わせてグーク共からエウレカを奪還しましょう!」と馴れ馴れしくサブラの手を握ったタスクフォース33のヴァルキリーは顔をその方向へと向ける。粘性の糸を引いて両目の窪みからどろりとした眼球の成れの果てが零れ落ちた。

「戦えますか?」

 とりあえず視線のようなものは感じたのでサブラは訊いてみたが、ヴァルキリーは唸りにも似た低い声で「いたい……いたい……」と繰り返すだけだった。

 サブラは「人に訊かれたらちゃんと答えましょう。社会の常識です」と言いつつヴァルキリーの頭部を軍用ブーツで踏み潰し、次にインカム越しに先程自分を撃ったハイスクール・エウレカの米国製M18ヘルキャット駆逐戦車に呼びかけた。

「私は味方です。そこの駆逐戦車、聞こえますか?」

「誰が味方だって!?」

 金切り声にも似た男性隊員の声が無線機から返ってくる。

「味方っていうのはあんただろ!」

 モーターの駆動音を響かせてM18ヘルキャット駆逐戦車の砲塔が旋回、また強力な七十六・二ミリ戦車砲が火を噴く。

「錯乱状態にあるようですね」

 サブラは易々と鋼鉄の殴打を回避すると、凄まじい砂煙を上げながら超低空を滑走する。青いマナ・フィールドの障壁で砲塔上面から火を噴くM2重機関銃の掃射を弾き飛ばし、再装填と共に満を持して放たれた戦車砲弾を振り払う。軌道を逸らされた砲弾がビルに突き刺さって外壁を崩壊させ、その瓦礫が地面に到達する前にサブラは斧の刃を今や眼前にあるM18ヘルキャット駆逐戦車の砲塔と車体の間に火花を散らして滑り込ませていた。

「アゴネシアのクソガキ共が!」

 大爆発と共に空中へ放り出されたM18ヘルキャット駆逐戦車の砲塔を一瞬視界の隅に収めつつ、マナ・ローブ姿のキャロラインは迫り来るゾンビ達を次々にMP44自動小銃のセミオート射撃で撃ち倒していた

「SASに入ったのは子供を殺すためじゃないのよ!」

 給弾不良を防ぐため三十発中二十八発装填されていたマガジン内の弾丸が底を突くと、キャロラインはスリングでドイツ製の自動小銃を背中側へと回し、ギリギリのところで腰のホルスターから抜いた拳銃を連射、目の前をゾンビを撃ち倒した。

 ほんの僅かだけ時間的余裕が生まれるなり、キャロラインは拳銃をホルスターに戻し、スリングを引っ張ってMP44自動小銃を前に戻す。空になった古いマガジンを捨て、濃緑色の上着の上に羽織ったチェストリグから抜いた新しいマガジンを差し込み、銃本体左側のチャージングハンドルを引いて弾を薬室に送る。

 だが再び高速のセミオート射撃を再開した時、突如焼け焦げた軍用車両の中からゾンビが飛び出してキャロラインの右手に喰らい付いた。

「離れなさい……よッ!」

 キャロラインは頭突きでゾンビの顔面を粉砕、破れた生地の間から血を流す右手をだらりとぶら下げ、左手を小さく折り、ストックを左肩に押し付けて前方の敵勢を撃つ。

「お疲れ様です。このあたりの掃討は……」

「こっちに来んな!」

 戦闘開始から四十分が経過して一通り動いているゾンビの姿が見えなくなったことを確認したサブラがキャロラインに近付くと、赤毛の少女は目尻に涙を溜めて叫んだ。

「どうかされましたか?」

「ほら」

 無神経極まりない質問を投げかけるサブラに対し、キャロラインは先程ゾンビに噛まれた右手の傷跡を見せつける。

「もう私も奴らの仲間よ……」

 荒く短い間隔の呼吸で肩を上下させ、

「殺して。お願い……ゾンビとして殺さないで」

 臓腑を抉られるような絶望によって声を震わせ、

「キャロライン・ダークホームとして、一万人の中から選ばれたヴァルキリーとして、十万人の中から選ばれたPSOB‐SASのC中隊長として殺して!」

 キャロラインは訴えた。

 だがサブラは携えたPKM軽機関銃を構えもしなかったし、セーフティーのレバーも射撃できない状態のまま動かさなかった。

「なんでよ!」

 キャロラインは悲痛な声を漏らし、自分でこめかみに拳銃を向ける。

「それはいけません」

 キャロラインの震える指先が自らの脳天に銃弾を叩き込むよりもサブラからの銃弾でジャンクと化した拳銃が地面へ弾き飛ばされる方が早かった。

「死なせてもくれないの!? 私に……私にゾンビになれっていうの……?」

 青い双眸から大粒の涙を頬に滴らせてキャロラインは力なく崩れ落ち、頭を垂れる。

「出回っている出所不明の情報によると、噛まれた人間は約十秒でゾンビ化します。しかし四十分が経過しても貴方は一向にゾンビ化しない」

「……それ、どういうことよ」

 困惑の表情で顔を上げたキャロラインに対しサブラは続ける。

「噛まれたらゾンビ化するというのはデマに過ぎません。彼らはウィルスや細胞変異によって蘇った死体ではなく、単に薬物で廃人化したアゴネシア人なのですから」

「つまり私はゾンビにならないってこと?」

 サブラは肯定の頷きをキャロラインに返した。

「ミス・キャロライン……貴方は『我々』の良いビジネスパートナーになれるでしょう。だからこそ忠告します。一つの情報を真実と思ってはいけません。人は基本的に自分で調べようとはしない生き物です。だからこそ普遍的な存在で終わるか、より高い場所へ至るかはこのことを知った上で行動するかにより変わってくるのです」

 狐につままれたような表情のキャロラインに対し、サブラは付け加える。

「それはさておき経口感染症の恐れがありますので、後程軍医に診てもらった方が良いでしょう。差し当たり今は応急処置を施しますね」

 サブラは膝を折り、黒焦げになって地面に横たわり臭い煙を燻らせていたヴァルキリーの医療キットに手を伸ばす。

「どこでも教えることは同じなのね」

「と、言いますと?」

「アタシもヘレフォードで血の小便を流してた頃、『誰かがテメェの包帯をテメェの手当てに使うかもしれないから、BFで怪我したら死人か負傷者の包帯を使え。絶対に自分の包帯を他人に使うな』って口を酸っぱくして怒られたものよ」

「もしかすると学園同士で情報の共有が行われているのかもしれませんね」

 サブラは医療キットのカバーを開けて消毒薬と止血帯及び包帯を取り出す。

「あのさ……さっき言ったこと……誰にも言わないでくれると嬉しい」

 傷口をサブラの水筒の水で洗われながら、キャロラインは言い辛そうに頼んだ。

「誰かに話したところで一笑に伏されて終わりです」

「だから誰にも話してほしくないのよ……」

「いえ、『そんなことは起こる筈がない。いい加減な嘘を言うな』と笑われるのです」

 サブラは丁寧な手つきでキャロラインの傷口を消毒し、ガーゼで覆い包帯を巻く。

「なるほど……人は基本的に自分で調べようとしない生き物ってそういう意味なのね」

「流石にご理解が早い。敬意を表します」

 轟音が聞こえて二人が空を見上げると、大型爆撃機の編隊が白い飛行機雲を残して高空を進んでいるのが伺えた。

 キャロラインは少しだけ悲しげに細い眉を顰めた。

「ハンマーダウン作戦……」

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