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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 PARTY WITH BORDER LINE 1946
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第二章9

 一九四六年九月十七日。

 早朝……小雨が鬱々と降り注ぐ世界が太陽によって青白く照らし出されると、ガソリンの虹膜が浮かぶオーイシアの排水路ではプロトタイプ用の食料として持ち込まれたアメリカザリガニ達が泥の隠れ家から出て、頭をハンマーで粉砕された女子生徒の死体に集り始めた。大きな鋏を持つ赤い石灰質の甲羅の中に汚水でふやけた白い人肉が消えていく。

 学園都市の別の場所では焼け跡からゆらゆらと黒煙が立ち昇り、どこからかやってきた野犬がビルの入口脇でご丁寧に頭を拳銃で撃ち抜かれた死体に群がっている。死体の味を覚えた犬共は腐肉を骨から剥ぎ取り、荒い息を立てながら咀嚼していた。

「もう十秒過ぎてるぞ! 急げ!」

 手に包帯を巻いた女子生徒が髪の毛を掴まれてそのビルの三階へと引き摺られている。

「お願いやめて!」

 銃のストックで殴り折られた鼻から大量の血を流す女子生徒は死人のように青白い顔をしたタスクフォース33の隊員達に懇願した。

「自分の手をよく見てみろ!」

 隊員が指差した女子生徒の手には包帯が巻かれていた。ゾンビに噛まれたのだ。

「軍曹、ちょっと待ってください。自校の生徒ですよ」

 一人の隊員が軍曹を制止する。

「奴らに噛まれたらゾンビになると誰が言ったんです?」

「俺だ!」

 軍曹は躊躇なく部下の頭を拳銃で撃ち抜く。そして別の隊員達に女子生徒の両肩を掴ませ、いつゾンビ化しても良いように頭に銃を突きつけろと命じた。

「やめて……お願いだから……」

 結果的に女子生徒は落下の衝撃によって全身の骨を徹底的に打ち砕かれ、目も鼻も口も全て皮膚の上に描かれたような――つまりは二次元的な――有様に変貌させられて隊員達よりも早くビルの下に到着することとなった。

 やがて外壁が剥がれ落ち、大小様々な穴が穿たれたビルの前に山積みされた死体の横を通ってタスクフォース33の隊員達が尿、糞、汗などの混じり合った異様な臭いが立ち込める地下壕へ戻ると、空腹を刺激する焼けた牛肉の香りが漂ってきた。

「お前……」

 黄ばみが苔のようにこびりついた重い鉄製のドアを開けるなり、隊員達は欠けた皿の上に乗った分厚いステーキにナイフを通すサブラの姿を見て絶句した。

「どうしました?」

 硬化したパンと冷たいマッシュ・ポテトしか食べていない隊員達の前でサブラはフォークに刺した牛肉を口元に近付ける。肉に白い歯が当たると、断面から鮮やかな肉汁が迸って顎から彼女の胸へと流れた。

「私はヴァルキリーです。任務の重要性や心身への負担を考えた場合、一般のプロトタイプよりも高タンパクな食事を取らなければなりません」

 サブラは死ぬには多過ぎ生きるには少な過ぎる食料しか与えられていない隊員達の前で平然とまたステーキを切り、口へと運ぶ。

「あまり好みの焼き加減ではありませんね……」

 首を傾げたサブラは残りを別の皿の上に置くと、近くにいた軍用犬を呼び寄せた。

「いつもご苦労様です」

 席を立ち、膝を折ったサブラは優しく軍用犬の頭を撫で、

「皆さんも色々と大変ですが、これで元気をつけてください」

 労いの言葉を送り、脂ぎった肉汁を滴らせるステーキを彼らに与える。黒く引き締まった肢体の軍用犬は嬉しそうに尻尾を振って牛肉に喰らい付いた。

「ところでタスクフォース33は再度の撤退命令を無視してハイスクール・エウレカの本校奪還作戦を行うそうですが、私も『微力ながら』お手伝いさせて頂きましょうか?」

「ユダ公のお前には関係ないことだろう。大きなお世話だ」

 立て続けに舌打ちをした隊員達が濡れた床で靴底をべたつかせながら退出すると、今度は入れ違いでキャロラインが部屋に入ってくる。

「ミス・キャロラインは行かないのですか?」

「アタシはパス」

 キャロラインは机に書類の束を投げ出す。その一枚目にはDISAVOWED――権限剥奪済みの印が押されたタスクフォース33のマークがある。

「危険を冒す者が勝利する……がSASのモットーでは?」

「勇気と無謀は違うの」

 キャロラインは肩を竦め、

「愛国心っていうのは自分が生まれたという理由でその国が他より優れているとする信念であって、自己犠牲って名前の精神的マスターベーションじゃないのよ」

 腰のポーチから取り出したフォートナム・アンド・メイソン(注1)のクッキーの箱を開けて口に放り込んだ。

「世界中の面倒事を一か所に集め、丸っきり滅茶苦茶な足し算でエゴにエゴが重なった結果生み出された地獄でなーにが愛国心だか」

「いいえ違います。昨晩も申し上げたようにアルカは国際協調の場ではなく、代理勢力である学園が母国の国益のために戦う永久戦争地帯です」

 サブラは全く洗っていないのに艶のある髪を揺らして立ち上がる。

「では行きましょうか」

「行くってどこに?」

 自分で訊いておきながら、キャロラインは苦笑いする。

「ま、知ってるけどさ。付き合うわよ」

 そして立ち上がり、彼女は黒い戦闘服の上からでもわかるくびれた腰に両手を当てた。

「成熟したジェファーソン式の民主主義が突然芽生えてもくれなさそうだしね」


 注1 英国の老舗百貨店。

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