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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 FALLING OF LAST HERO 1943
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第一章7

 サカタグラードの学園地区とグリャーズヌイ特別区を分かつのはスナイパー・ストリートと呼ばれるヴォルクグラード学園軍の狙撃兵が警備する通りだ。

 学園地区側は安全圏ではあるが、通りは異臭に包まれている。何故なら食料を求めて学園地区に入り込もうとする旧人民生徒会側の人間が後を絶たない上、マリア派の死体はすぐ片付けられても人民生徒会派の死体は放置されて腐るからだ。最もグリャーズヌイ特別区は数時間前にマリア派によって灰と死体の山に変えられたのではあるが……。

「あの高度は規則違反だわ」

 学生寮への帰路につくヴィールカ・シュレメンコは、低空で駆け抜けたヴォルクグラード人民学園空軍のYak‐9戦闘機が響かせる爆音に目を細めた。

「一体何の意味があるの?」

 苛立ちを抱えたまま学生寮の自室に戻ったヴィールカは鞄をベッドの上に放り投げ、栗色の髪をスプレーで薄緑色に変える。そして顔の下半分をガスマスクで覆い、右手に使い慣れたマナ・クリスタルを装着しヴァルキリーへと変身した。

 七分十二秒後――ヴィールカは不正規クライムファイターというもう一つの姿でサカタグラードの地下にあるマリア派の物資集積所を襲撃していた。

 電気の落ちた部屋の中に自動小銃のマズルフラッシュだけが煌き、高速で壁を疾走するヴィールカの姿を浮かび上がらせる。直後、彼女の肘が兵士のチタン製ヘルメットを激しく殴打した。砕け散ったバイザーの破片が床を叩き、兵士は鼻血を出しながら倒れ込む。

「お願い! ここから出して!」

 ヴィールカがお互いの背中を合わせて撃ちまくっていた兵士の頭を掴み、二人のヘルメット同士を叩き付けて失神させると檻の中から悲痛な叫び声が聞こえた。

 排泄物で汚れた檻の中にはマリア派が外貨獲得に使う貴重な『観光資源』こと、本国で売春を強要させられる人身売買用の女子生徒達がいた。勿論旧人民生徒会派の生徒であり、公式記録では既に学園のどこにも存在しない者達だった。

 マリア派が『アルカの春』で人民生徒会を打倒できたのは、非合法な手段を用いて正規のルートでは手に入らない量の兵器や軍需物資を本国から手に入れたからだった。麻薬密輸、人身売買……他にも、口に出すのも憚られるような悪事をマリアはあの時働いた。

 今、アルカでマリアを処罰できる誰も者はいない。何故なら彼女は英雄だからだ。誰もがマリアを信じているし、彼女が白だと話せば黒も白になる。事実上グリャーズヌイ特別区への侵攻宣言となった追悼演説でもそうだった。彼女は生徒達の死を悼みながらそれを利用して更なる死を生み出すと宣言し、生徒達も満場の拍手喝采でそれを受け入れた。

 生徒会役員であり、かつてマリアと共に戦ったヴィールカは彼女が行った数々の非合法行為が『アルカの春』を完遂するために必要なものだとは考えていた。そうでもしなければマリア派は到底人民生徒会に勝てはしなかったからだ。だが、人民生徒会の打倒後もマリアが非合法行為に味を占め私腹を肥やし始めたとき、心の中に疑念が生まれた。

 これは違う。間違っている――と。

 ヴィールカがそう思ったときにはもう遅かった。マリアは生徒会役員の大半を自分のイエスマンに置き換え、自分に意見する者を排除した。ヴィールカが残されたのは、ただヴァルキリーとしてマリアと苦楽を共にした過去があるという理由だけだった。

 最近になってマリアは事あるたびに自分に突っかかるヴィールカを登用したことを軽く後悔しあわよくば排除できないかと考え始めているらしい。しかし自分がいなくなれば誰もマリアに異を唱える者はいなくなる。だからヴィールカは命の危険を賭してまで彼女に意見を言い続けるし、こうして一人闇に紛れながら戦い続けるのだ。

「急いでここから逃げるんだ」

 ヴィールカが鍵を破壊して檻の扉を開けると汚物まみれの女子生徒が一人、まだ生きている兵士の前で足を止めた。

「こいつ……」

 女子生徒の顔がみるみるうちに憎悪で歪む。彼女は落ちていたTKB‐408自動小銃を拾い上げるとその硬い木製ストックを振り上げた。

「やめろ!」

 ヴィールカは慌てて二人の間に割り込み背中にストックの強烈な一撃を受けた。苦痛の声が本来の目的には使われていないガスマスクで隠れた唇の間から漏れる。

「何を……」

 理解できない事態に困惑する女子生徒にヴィールカは「復讐は何も生まない」と返す。

「だってこいつ、私達を動物みたいに!」

「今はそうかもしれない……」

 ヴィールカは諭すような口調で話した。

「だが人の本質は善だ。どんな悪人であろうと変わることができる」

 ヴィールカが不正規のクライムファイターとして戦う理由がこれだった。人は正しい心を持っているから悪に染まってもまた善を取り戻せる。マリア・パステルナークだって例外なく同じだ。今は一見すると救い難い悪に見えるが、ヴィールカは手を差し伸べさえすればかつての『英雄』に戻ると頑なに――言い方を変えれば病的に信じていた。

「言ってることが理解できないわよ……」

「今はそうかもしれない。だがいずれわかる日が来る」

 女子生徒は「わかりたくもないわ」と兵士に唾を吐いて立ち去っていく。

「実に面白いね。君みたいな人がいるからアルカはやめられない」

「誰だ!?」

 突然の声にヴィールカが振り向くと、いきなり手足のなくなったマリア派兵士の死体が彼女の足元に投げ飛ばされてきた。

 血に濡れたビニールの垂れ幕が両手で広げられ、マナ・ローブに身を包んだ金髪の少女が女子生徒と入れ違いの形で物資集積所に足を踏み入れる。

「君を待っていたんだよ。私の愚妹、マリア・パステルナークと戦うダークナイト!」

 ノエル・フォルテンマイヤーの口元が緩み白い歯が覗く。

「またの名をヴォルクグラード人民学園生徒会役員、ヴィールカ・シュレメンコ」

 続いて眼鏡の奥で彼女の爬虫類じみた瞳が妖しい光を放った。

「テウルギストが何の用だ?」

「君はどこまで捧げられる? 心? 体? それとも尊厳?」

 ノエルは質問に質問を返した。ヴィールカの話を聞くつもりは毛頭ないらしい。

 それでもヴィールカが「全てだ」と真実を話したので、

「素晴らしいね!」

 人の形をした悪魔は大きく両手を広げて満面の笑みを浮かべた。

「私が見込んだ通りだ!」

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