第二章6
地獄の大釜と化したオーイシアの建物という建物の入口には破れた砂袋が積み上げられていたが、木の板が乱雑に釘打ちされたビルの窓に人影は見えなかった。
「奴らをぶち殺す以外に道はないぞ!」
ゾンビに完全包囲された今なお円周陣を敷いて戦い続けるタスクフォース33の隊員達はありとあらゆる火器をもって抵抗していた。
「殺せ!」
眩い噴射を残してパンツァーファウスト44からロケット弾が撃ち出され、数体のゾンビが黒と黄色の爆炎に巻き込まれて四散する。
「殺せ!」
ステン短機関銃から撃ち出された銃弾が風を切って紫に変色した胴体に穴を穿った。
「殺せ!」
七十五発入りドラムマガジンの付いたMP44自動小銃が唸りを上げ、皮膚が裂けて剥き出しになったゾンビの黒い肉を更に深く抉る。
「殺せ!」
ピンを抜いてゾンビ達の足元に投げ込まれた手榴弾が炸裂、焔と爆風がバラバラになった手足をばら撒いた。
「弾がない!」
長時間に渡って一切の補給なく戦い続けたタスクフォース33の隊員達は血眼になって弾痕だらけになった仲間の死体を弄り、予備のマガジンや手榴弾を探し求めた。
「弾をよこせ! 誰か!」
既に少なくない数の隊員が手持ちの弾薬を使い果たし、可能な限り残弾を節約するか、普段は殆ど使うことのない拳銃で戦っている。
「このままここにいたら全滅するぞ! 強行突破して脱出するんだ!」
「脱出してどこに行くんだ!」
「知るかよ!」
とうとう隊員同士が醜悪な内輪揉めを始めたその直後、円周陣の中央のコンクリート面が崩れ、サブラ・グリンゴールドは空へと飛び上がった。
マナ・エネルギーの噴射によって頭を地面に向けたサブラは左手で黒いフォアグリップを掴み、PKM軽機関銃を構える。短い三連射が繰り返して行われ、射線上にいたゾンビの顎から上が最初から存在していなかったように綺麗な形で消滅した。
サブラは着地し、波の如く迫ってくるゾンビを左手で薙ぎ払うかのようにしてマナ・フィールドを展開する。青い光のカーテンに触れたそいつらは一瞬にして細やかな肉片と血の霧に変貌した。
「数の差はおよそ……」
淡々と呟くサブラは上半身を前へと倒し、ジェット戦闘機めいた背部飛行ユニットのノズルから青い潮流を噴射してアスファルト面ギリギリを滑走する。
「一対八十五」
そして軍用ブーツに覆われた爪先でスケートをするかのように高速で進みながら左手のマナ・フィールドを斜めに展開し直し、ゾンビに噛み付かれるリスクを最大限減らした上で、その脇からPKM軽機関銃による射撃を行う。
「現在の状況と私の能力から計算したところ――」
サブラは周囲に青い光を広げて真上に飛翔、上空で縦方向に一回転し、勢いをつけた左足の踵落としをゾンビに見舞う。瞬時に頭が砕け散り、飛び散った脳漿が鋼のようなサブラの腹部で弾け、発達して割れた腹筋を赤黒く汚した。
「八百五十体までは私一人で対応できます」
サブラが左足を地面に戻すなり、背後から破れた喉越しに唸り声を漏らすゾンビが迫ってきた。彼女は右足を前に出し、左足を軸にして回転、ゾンビとすれ違いざまに後頭部へ強烈な肘打ちを叩き込む。ゾンビの目や鼻、口から勢い良く血が噴き出し、後頭部が無定の形になって砕け散った。
「ありゃあまるで……」
回転し終えるなり機械的な動作でPKM軽機関銃を構え、耳を聾さんばかりの射撃音で鼓膜を打ち、骨が砕けてもおかしくない程の衝撃を木製ストック越しに肩で受け止めながらゾンビを一方的に虐殺するサブラを見て、まだ生き残っていたタスクフォース33の隊員が驚きの声を上げる。
「マリア・パステルナークだ」
更に別の隊員が感嘆の溜め息を漏らすも、スプリングボックがあしらわれた国籍マークをカナード翼が付いたユニットから伸びる前進翼の左右に描く少女はただひたすらに緋色の銃口炎を眼鏡のレンズに反射させながら凄まじい銃声を響かせて敵を殺し続けていた。
「へぇ」
いつの間にかタスクフォース33の隊員達の横に立っていた黒ずくめの特殊部隊員がガスマスク越しに呟き、
「面白いじゃん」
右手首に装着したマナ・クリスタルに妖しい光を迸らせた。
悪臭の中を飛ぶぼやけた機関銃弾が四十体程ゾンビを肉塊に変えた時、サブラが手にしていたPKM軽機関銃の撃鉄が遊底にあたって乾いた金属音を立てた。
弾切れだ。
サブラが予備の弾薬ボックスが入った腰のポーチにそっと手を伸ばすと、突然の爆発音と共に背部飛行ユニットに衝撃が走り、肺から息が叩き出された。歯茎が切れ、口内に金属めいた血の味が広がる。
「サプラーイズ」
スターリング短機関銃の銃身下部に取り付けたグレネードランチャーから白煙を漂わせ、
「物事を円滑に進めるのは投票ではなく銃弾なのよ」
両肩と両腰に各種アタッチメントを取り付けられるレイルを装備した濃緑色のマナ・ローブに身を包むキャロライン・ダークホームは瓦礫の上で口笛を吹く。
「PSOB‐SAS――パブリック・スクール・オブ・ブリタニカの特殊部隊ですね」
地面から起き上がったサブラは超低空を飛行し、浴びせられる弾丸を左右に回避しながら距離を詰め、真上に急上昇しながら回転、勢いを乗せた左のハイキックを放つ。
「ご明察!」
廃墟に肉と肉と激突する音が鳴り響く。
「アルカ最強にして最高の!」
第二世代ヴァルキリーのキャロラインは同じく第二世代ヴァルキリーであるサブラの蹴りを易々と右手で受け止め、口元を歪める。
「スペシャル・フォースよ!」
キャロラインが腰のレイルから外したマナ・ダガーで空間を薙ぐよりも早くサブラは後退する。しかし、キャロラインはマナ・エネルギーの力を借りて勢い良くジャンプし、サブラを飛び越えて彼女の背中側に着地した。
「――ッ」
サブラが振り向いてPKM軽機関銃の銃口を向けるのと、
「――ッ」
向き直ったキャロラインがマナ・ダガーによる恐るべき右の一閃を浴びせるため、手を振り上げたのはほぼ同じタイミングだった。
手から得物を弾き飛ばされたサブラは突如相手に背を向けて逆立ちになる。
「なっ……」
キャロラインが一瞬戸惑って動きを止めた隙にサブラは両手をバネのように使って飛び上がり、今度は逆に彼女の背後へと着地する。
「馬鹿にして!」
しかしキャロラインはサブラが拾ったMP44自動小銃を構える前にマナ・フィールドを展開してのタックルを浴びせる。そしてスターリング短機関銃を掃射するが、サブラは地面に弾丸が食い込んだ時にはビルの壁面に、ビルの壁面に弾丸が食い込んだ時は地面に飛び移っていた。
「バケモノなのアンタは……!?」
「いえ、貴方よりも優秀なヴァルキリーです」
サブラは土を蹴り上げ、ビルの側面を削り取りながら今まで見たことのない狂気じみた機動に絶句するキャロラインに迫る。
「私が負けるなんて……」
キャロラインはサブラの右回し蹴りを両手で防ぐが、そのまま吹き飛ばされてしまう。巨大な丸太で思い切り殴られたかのような衝撃が彼女を襲った。
「絶対に認めないわよ!」
だが、赤毛のヴァルキリーは最後に意地を見せた。吹き飛ばされながらも、渾身の力を振り絞ってスターリング短機関銃に取り付けられたグレネードランチャーを放ったのだ。
榴弾はサブラの右上方を爆発で抉り、濛々たる土煙を上げてビルの一部を崩落させる。
サブラの姿はすぐに瓦礫と白煙で見えなくなった。




