第二章4
トラックの荷台が開いてから七分十二秒後――オーイシアには学園都市のあちこちで燃え盛る軍用車両やスクールバスから立ち昇った黒煙が立ち込めていた。その源の周囲には決まって手足を強引に引き千切られ、生きたまま内臓を無残に食い荒らされたハイスクール・エウレカの生徒達だった『何か』が転がっていた。
「こちら第二分隊。生存者は残り三名!」
オーイシアの一角では狭い路地に押し寄せてくるゾンビ達に圧倒され、二名のタスクフォース33隊員が発砲しつつ後退している。
「現在B7ストリートを後退中!」
その後ろでは、同じくタスクフォース33の隊員が無線機に大声で叫びながら頻繁に背後を振り返りつつ前進していた。
「司令部より第二分隊へ、そのまま西に向かい、その先の十字路で残存部隊と合流せよ」
三人が合流叶わずゾンビに貪り喰われている頃、彼らが向かう筈だった十字路では傷ついたタスクフォース33の生き残りが教室から持ち出した机や椅子、ボディーアーマーを着込んだ仲間の死体まで使ったバリケードで円周陣を作り、絶望的な抗戦を続けていた。
「畜生!」
ゾンビの腹部に鈍い音を立てて銃弾が入り込むと、その反対側で赤黒い血飛沫が弾ける。噴火口のような鮮やかな赤の大穴が背中に生まれるが、ただそれだけだった。
「どうして死なないんだ!?」
胴を撃ち抜かれた別のゾンビが肉の裂け目から腸を飛び出させてもなお前進する様子を見た隊員は驚愕の声を上げる。
「奴らの体は銃弾を全く受け付けないぞ!」
MG42軽機関銃の掃射で身体を真っ二つにされても。
至近距離からショットガンの一撃を受けても。
手榴弾の爆風で左半身を吹き飛ばされても。
ゾンビはただ唸りながら戦闘不能に陥るだけで完全に絶命はしなかった。
「グレネードランチャーを使え!」
隊員数名が南アフリカ共和国製のリボルバー式グレネードランチャーから相次いで軽快な音を立てる。連続して撃ち出された榴弾はコンクリートの舗装と激突するなり炸裂して濃い灰色の破片とその下にあった土を盛大に空へとぶちまける。青白く、凝固した血液がこびりついたゾンビの手足や臓物が高々と宙を舞い、湿った音を立てて落ちた。
「押し切られるぞ!」
後先構わず虎の子を撃ちまくったタスクフォース33の隊員達は次々にゾンビを倒すが、その処理能力を遥かに上回る数が押し寄せてくる。
「吹っ飛ばせ!」
一人の隊員が叫ぶと、円周陣の机の影に隠れていた別の隊員が震える手で対人地雷のスイッチを押した。
閃光と共に大きな爆発が起き、ゾンビは生きたまま貪り喰われていたタスクフォース33の隊員達ごと木っ端微塵に粉砕された。しかし、歪な骨と肉の塊に成り果てたゾンビ達は手足を失いながらも進軍を止めなかった。黒ずんだ腹の裂け目から飛び出た薄桃色の臓物を引き摺り、声にならない声を発しながら人肉を求めて前へ前へと進んでくる。
「神様はシエラレオネで有給休暇中って話は本当だったんだな」
オーイシアから我先にと飛び去る、教員と称して現地入りしていたオーストラリア本国の軍関係者や出稼ぎの民間人を詰め込んだC‐47輸送機と次々にすれ違いつつ、ヘリのキャノピー越しにエア・ヤマガタのパイロットは皮肉を口にした。
エア・ヤマガタ――中立の立場で民生品を補給するという建前で勢力を問わず金次第で非公式の秘密作戦を支援する、アメリカ人によって設立された航空会社――のヘリを数機のA‐1スカイレーダー(注1)が追い越す。後流で機体が揺れた。
スカイレーダーはそのまま高度を下げ、両翼の機関砲で地上を掃射しながら群れを成して地上を進むゾンビにナパーム弾を投下し、まだ悪戦苦闘し続けていたタスクフォース33の隊員達ごと火炎の海で焼き払う。
一瞬のうちに炎が空を焦がし、母国が同じ英連邦の加盟国であるハイスクール・エウレカの支援に駆け付けたドラケンスバーグ学園空軍の攻撃機は鋭いエンジン音を響かせながら黒煙の壁を突き抜けて飛び去っていく。
「オーストラリア政府はオーイシアにおける暴動の激化を受け……」
ヘリのパイロットはラジオの音量を上げる。
「先程学園都市の放棄を決定。アルカにおける代理戦争を英国のパブリック・スクール・オブ・ブリタニカを始めとする英連邦加盟国に一時委託することを発表しました」
やれやれと首を横に振り、パイロットは操縦席越しに背後を見る。
「エウレカはもうカンバンだな」
「そうですね」
キャビンから眼下の地獄絵図を見つめていたサブラは涼しい声で同意した。
「引き返すぞ。もうお前さん一人じゃどうにもなるまい」
パイロットは忌々しげに言い放ち、
「わざわざ死にに行くことなんて――」
また操縦席越しに機内を見た。
そこには誰もいなかった。
注1 米国製の高性能攻撃機。




