第二章2
一九四六年九月十六日。
とあるハイスクール・エウレカのヴァルキリーが、白地の上で踊る赤いカンガルーの国籍マークを刻んだ濃いグレーの両翼を軋ませて降下した。
「絶対に抜かせない!」
高度を落とした彼女は鉛色の雲がぎっしりと詰め込まれた空から白いビルの壁面を掠めてアルカ北東部の学園都市オーイシアへと身を投じる。
「見つけた!」
風圧でアスファルト面から吹き上がった青い粒子混じりの砂煙を切り裂いて進む彼女は視界の中にアクセル全開で走行する一台の民間用トラックを捉えていた。
「警告する!」
トラックに追いついて並走するヴァルキリーは身体の正面を荷台に向け、
「今すぐ停止しなさい!」
ドラムマガジンを装着したMG42軽機関銃を掃射する。布を引き裂くかのような銃声と共に絶え間なく撃ち出される七・九二ミリ弾は高速回転するタイヤのすぐ横のコンクリート面に列状の弾痕を穿つが、トラックは全く止まる気配を見せない。
「駄目です。警告射撃に応じません」
「次の交差点を右に誘導しろ。その先で地上部隊が待機している」
「了解」
インカム越しに応じたヴァルキリーは先行し、トラックの行き先を防ぐように滞空して銃撃を浴びせた。黒々としたエジェクションポートから高速で排出された空薬莢は雨のように地上へと降り注ぎ、銃口先の道路舗装材が抉られて粉塵を巻き上げる。
「来たぞ」
浴びせられる弾雨を嫌がるようにして交差点を右折したトラックの先では、ハイスクール・エウレカのタスクフォース33が待ち構えていた。
冬にはオーストラリア本国では決して降ることのない白い雪で覆われるこの小さく狭い土地で、延々と報われない戦いを続けてきた年若いプロトタイプ達は指揮官の掛け声と共に一斉射撃を開始した。たった一台のトラックに向けて三十挺近い自動小銃と短機関銃が火を噴き、瞬く間にその車体を穴だらけの鉄塊へと変え横転に追い込んだ。
「死体を確認しろ」
タスクフォース33の隊員達は自動小銃を構え、激しい火花を散らして停止した正体不明のトラックにゆっくりと近付く。そして今や天を見上げる穴だらけのドアへよじ登り、慎重な動作で運転席に銃口を向けた。
「死んでる」
無残に割られた窓ガラスの奥で、大量の銃弾によって上半身を滅茶苦茶に破壊し尽された赤黒い塊がシートベルトで椅子に固定されていた。首は喉元から先が綺麗になくなっている。恐らく銃撃と横転の衝撃によって胴体から切り離されてしまったのだろう。
「運転手の死亡を確認。積荷を検めます」
切断された頭部の探索は後回しにして、隊員達はトラックの荷台側に移動する。
「いいか?」
一人の隊員がドアに肩をつけ、荷台のロックに手をかける。
「ああ」
もう一人の隊員は正面に立ってドアの向こう側に弾丸を送れる位置で銃を構えた。
大きな音を立てて荷台の扉が開かれるなり、オイルサーディン宜しく荷台に押し込まれていた『それ』が悪臭に後押しされて一斉に外界へ飛び出す。
「なんだありゃあ……」
仲間の銃声と絶叫の直後、自分達に向け雪崩れ込んでくる死の軍勢を目にしたタスクフォース33の隊員達は全身を未体験の不快感に襲われた。
「何をしてる! 撃て!」
銃弾によって身体中に穿った穴からどす黒い血を流して迫る『それ』を視認した瞬間、強烈な嘔吐感と共に隊員達の口内の潤いが一瞬にして渇きへと変わる。
「奴らはラミアーズだ!」
「ふざけるな!」
隊員達は全身に及ぶ鳥肌を立て、背筋に冷え冷えとしたものを走らせた。
「ゾンビが出てくるなんて聞いてないぞ!」




