第二章1
一九四九年九月二十日。
砂煙を発して一台のジープがアルカ北東部にある丘の上で停車した。
「着きました」
運転手のS中佐がサイドブレーキを引くと、助手席側のドアが開く。
「ここがオーイシア……」
ジープを降りて数歩進むなり、クリスは眼前の光景に言葉を失った。
丘の下には大小様々なクレーターが数えきれない程の穴を地面に穿っている。黒々とした暗闇のすぐ近くには錆び付いた建造物の残骸や破壊し尽された戦車の成れの果てが乱雑に転がり、かつて学園都市から伸びていた道路は一切の例外なく滅茶苦茶になって検問で封鎖されていた。そのゲートの周囲にはガスマスクと分厚い化学戦用防護服で全身を覆い、手に火炎放射器を携えたUO(注1)が何名も闊歩している。
「三年前、ここには何十万というプロトタイプがいました」
クリスの頭頂部のラインとS中佐の肩のラインが並ぶ。
「しかし今ではただの廃墟です」
「これもトラック戦争に関係が?」
「はい。もちろん関係しています。倉木マツリの軍勢がここを襲撃したのです」
「なるほど……ところでS中佐、どうしてグレン&グレンダ社は代理戦争を行う場所としてこの山形県を選んだんでしょうね」
手にしたカメラで何枚か目の前の光景を写真に収めたクリスは、唐突に会話を遮ってS中佐に問いを投げかけた。
いつも通りの穏やかな表情を崩さないS中佐は静かに「存じません」と答え、プロトタイプやヴァルキリーのニード・トゥ・ノウ――任務に必要な場合のみ、その情報を知る権限が与えられる――について語り始める。
「その件については我々が理解したり、真実を知るべきことではないでしょう。少なくとも私はそう思います」
まるでサブラ・グリンゴールドのような冷淡かつ客観的な口ぶりでS中佐は話す。
「プロトタイプ及びヴァルキリーは母国の国益のため戦う歯車に過ぎません。それ以外のことは行う必要も」
S中佐は右手の小指を折り、
「考える必要も」
薬指を折り、
「知る必要もありません」
最後に中指を折った。プロトタイプと差別化するためにプログラムされたヴァルキリー特有の指の折り方だった。
「それこそ『何故グレン&グレンダ社がこの山形県を選んだか』についての知識など我々が持ったところで何の得にもなりません」
「そう……ですよね。誰も本当のことなんて知る必要ないんですよね」
自分に言い聞かせるように頷いたクリスの瞳の中を走るどす黒いものは、その濃さをより強いものへと変えつつあった。
注1 アンノウンオペレーター。所属部隊不明の隊員を指す。




