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学園大戦ヴァルキリーズ  作者: 名無しの東北県人
学園大戦ヴァルキリーズ新小説版 PARTY WITH BORDER LINE 1946
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第一章10

 あっという間に取り囲まれてゾンビの餌となった七人の傭兵の末路を見終えることなく、サブラはその上空から後退、後方のタスクフォース・リガ本隊へと連絡した。

「こちらリーパー2‐1、偵察班は私を残して全滅しました」

「また貴方『だけ』ですか中佐……了解です」

 少々呆れ気味の声がサブラのインカムから響いたあと、完全武装の傭兵を満載し、荷台にM2重機関銃を搭載した三台のピックアップトラックが五十m間隔で移動を開始する。アルカにおいても最も信頼性の高い戦闘車両として愛される日本製車両の窓ガラスには、歩兵が羽織って着る防弾プレートが入ったボディアーマーが掛けられていた。

 ピックアップトラックは濛々たる土煙を上げて着陸したサブラの横を通り過ぎ、

「ズールー1‐1と1‐2は右翼へ」

 二台はゾンビ達から見て右前方に停車、

「ズールー1‐3は正面」

 一台は前進してくるゾンビの正面で停車した。

「歩兵部隊は降車して周囲に展開してください」

 サブラの指示通りに傭兵達はピックアップトラックの荷台から飛び降り、等間隔で車体を囲むように布陣する。

「敵は今までのプロトタイプやヴァルキリーではありません。重機関銃は弾幕射撃を行ってください。小火器は単一目標への集中運用でお願いします」

 丁寧な口調でサブラは部下達にそう伝え、

「射撃用意」

 オープンフィンガーグローブで覆われた右手を肩の線まで上げた。

「あの女、つい数分前に部下を失ってるのに眉間に皺一つ寄せやしない。大したもんだ」

 地面に伏せた一人の傭兵がバイポッドを立てたDP28軽機関銃を構えながら、すぐ横で同じように伏せて銃を構える戦友に声をかける。

「一度部下を死なせた指揮官はその後もずっとそいつと一緒に戦い続ける」

「死者の魂が一生涯纏わりついてくると?」

「そういうことだ」

 力を込めてDP28軽機関銃のチャージングハンドルを引きながら傭兵は頷く。

「だけどあのサブラって中佐は違う。何百人何千人という死者の魂に纏わりつかれながら、何一つ気にしちゃいない。さしずめ死の王――いや、死神リーパーだな」

 返事がなかったので傭兵が怪訝な顔で隣に顔を向けると、そこには唖然とした表情で口をぽっかりと開ける戦友の顔があった。

「なんてこった……」

 サブラが右手を前に倒して射撃開始を命令するのと、初体験のとてつもない恐怖に心臓を鷲掴みにされた傭兵達が叫びながらトリガーを引いたのは全く同じタイミングだった。

 重なり合う銃声と共に大気は夥しい埃と硝煙で満たされた。凄まじい量の空薬莢が地面に転がり、焼けた鉄が空間を矢継ぎ早に切り裂いた。だが、それでも白目を剥いたゾンビ達は低い唸り声を上げて前へ前へと進む。まるで死臭を放ちながら獲物を探し続けることが、死してなおこの世に存在する唯一の目的であると考えているかのようだった。

「たんと喰え!」

 悪態と共に手榴弾がゾンビの足元に投げ込まれる。閃光と爆風が迸り、燃えるように熱い金属片がその鋭利な切っ先で腐臭の源をズタズタに切り裂いた。何体かは爆風で完膚なきまでに叩き壊され絶命したが、ふらふらと立ち上がり、腹部の裂け目から悪臭を放つ内臓を零して進んでくる数の方が遥かに多かった。

「中佐! 一時撤退を!」

「許可しません」

 サブラは真横で訴える傭兵を一瞥すらせず、PKM軽機関銃のセミオート射撃で肩を揺らす。彼女が銃身下部のガスシリンダーを覆うようにして取り付けられたレイル――そこにボルト止めになったフォアグリップを左手で握って発砲する度、同じくレイルにボルト留めされた特注品のバイポッドが激しく震えた。

「ここで撤退したところで、南アフリカの面汚しと言われている我々は一切の支援や増強を受けられないままより過酷な任務に更に悪い状態で向かわせられるだけです」

「確かにそれは……そうですが……」

「他に何か撤退すべき正当な理由がありますか?」

 ソ連で開発され、ポーランドでライセンス生産後にアルカへと運び込まれた分隊支援火器のエジェクションポートから排出される真鍮製の熱い空薬莢が軽やかに回りながら彼女の眼鏡のレンズに当たって跳ね返り、地面に落ちた。

「マッド・ミニットですね。皆さんに伝えてください」

 一旦十キロ近いPKM軽機関銃を降ろすと、サブラは撤退する正当な理由を必死で考える傭兵に淡々と言い放った。

「マッド・ミニット!」

「マッド・ミニットだ!」

 鼻腔をコルダイト火薬の悪臭で完全に麻痺させた傭兵達は待ってましたとばかりに危機的状況の到来を叫び、MP44自動小銃のセレクターレバーをセミオートからロックンロール――フルオートに切り替え、敵の強力な攻撃をより強力な攻撃で打ち砕く最終防衛射撃としてありったけの弾丸を鋼鉄の雨に変えて迫り来る臭い軍勢に叩き込んだ。

「ズールー1‐2、敵の退却予想進路に弾幕射撃を」

 激しい弾雨を浴びせられたゾンビ達がまるで何者かに指揮されているかのように後退を始めると、サブラはインカム越しに無線で右翼のピックアップトラックへ連絡した。右翼に布陣した二台のうち、並んで右側にいたピックアップトラックの荷台上で思い切りM2重機関銃のチャージングハンドルを引いた射手が歯を食い縛って全身の骨が砕けるような反動を味わいつつ射撃を開始する。爆発音にも似た凄まじい発射音が鳴り響き、射線上にいたゾンビが次々に木っ端微塵になって手足や大きい肉片を周囲に転がした。

「ズールー1‐1、射撃開始」

 双眼鏡越しに弾幕で足止めを食ったゾンビと後続が衝突し揉みくちゃになっていることを確認したサブラは、次に並んで左側にいたピックアップトラックにも射撃を命じた。

「いいぞ!」

 連続して肉塊に変わるゾンビを目にした傭兵達はMP44自動小銃の木製ストックを肩に強く押し当てながら歓喜の声を上げる。

「ズールー1‐3、射撃を開始してください」

 最後に正面に布陣したピックアップトラックが射撃を開始する。ゾンビ達は十字砲火の中に封じ込められる格好になった。

 右翼と正面からずしりと腹に響く重い射撃音と共に放たれた灰色の塊が湿気に満ちた空気を切り裂き、濃い硝煙と土煙の中に肉や骨が破断する響きが混じる。

「トドメです。対戦車班、前へ」

 まだ動いているゾンビの数が大幅に減ると、今度は背負ったリュックに予備弾の先端を何本も突き出し、鼓膜を引き裂かんばかりの発射音を防ぐためソ連製の戦車帽を被った傭兵が横一列に並んでパンツァーファウスト44を構えた。

 猛烈なバックブラスト(注1)と共に放たれたロケット弾はゾンビのすぐ横を高速で通過して湿った地面に突き刺さり、炸裂と同時に黒く変色した臓物や目玉のなくなった頭部を乱雑に混ぜ込んだ土片と草を空に舞い上げる。

「連続射撃をお願いします」

 サブラは一切声色を変えずに命令し、額に脂汗を浮かべた対戦車班の傭兵達は鉄パイプめいた発射機に新しいロケット弾を突っ込み、すぐに担ぎ直して撃ち続ける。爆発の度にゾンビはバラバラの肉と骨の塊に成り果てた。

「こいつらは一体……」

 攻撃開始から七分十二秒後、結果的に一方的な包囲攻撃でゾンビを全滅させた傭兵達は、自分達の眼前で周囲三十m四方にぶつ切りになって飛び散った人間の手足や人体の一部を目にして困惑を露にした。

「俺は悪い夢でも見ていたのか?」

 一人の傭兵は何発撃たれても前に進んできたゾンビの姿を思い出して頭を抱え、

「そうあって欲しいと思ったが……」

 また別の傭兵は硝煙のせいで痛む目を抉り出したい衝動を必死で抑え、何とかしてこの異常極まりない事態を呑み込もうと努めた。

「殺害できることがわかった以上、この敵の正体については問題ではありません」

 一方のサブラは足元に転がるゾンビの頭を軍用ブーツの靴底で踏み潰し、汗一つかかずに涼しい表情を端正な顔に張り付けている。

 やがて剃刀の刃のように鋭く長いローターを爆音と共に回転させながら一機のヘリが近くで高度を落とし始めると、サブラは傭兵達に背を向けた。

「中佐、どこへ!?」

「私は別件で少し任務を離れます。司令部には報告済みですので」

 サブラは制止しようとする傭兵を完全に無視し、軽い衝撃でタイヤを軋ませて着陸したドイツ製のヘリ――Fa223ドラッヘに近付いていく。

 二つのメインローターを持つ白いヘリの胴体にはピンク色で大きくこう書かれていた。

 LOVE FROM ABOVE(愛は空から舞い降りる)と。


 注1 ロケット弾を発射する際に出る後方噴射。

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